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春の徒花  作者: たい
第二章 夏休み編
28/40

天雄 茜は大胆に迫る

2

 曲がりくねった坂道を登ると建物が視界に入る。

 その建物は寂れた宿だった。

 屋根は錆びたトタン。玄関の戸は木とガラスで出来ている。壁には木目が見えた。

 二階の窓枠はアルミサッシで、中は障子が隠している。

 玄関の上には、達筆過ぎて読めない文字が書いてある木の板が掲げてあった。


「ごめんください」


 千代さんが立て付けの悪い戸を開けながら言う。


「あら、ようこそ。来てくれてありがとうね」


 そう言いながら出てきたのは初老の女性だった。割烹着姿でTHE・お袋って感じだ。


「移動も大変だったでしょ。案内しますね」


 靴を脱いで上がる。廊下も木で出来ていた。

 少し広い畳の部屋に案内される。

 座布団にそれぞれ座るが、自然と男女は別れた。


「長時間の移動、お疲れ様。私のことはおばさんとでも呼んでください。」


 目尻にしわを寄せながら挨拶する。


「依頼についてだが、詳しく説明してくれるかい?」

「そうだね。この宿はほとんどお客が来ないんだ。なんせ山奥だからね。でもお盆を過ぎると急に客が増えるんだよ」


 おばさんは人前で話すことに慣れているのか、噛むこともなく話す。


「それで去年、夫が他界してね。それまで二人で乗りきって来たんだけど……それに私も足が悪くてね」


 それで今年は不安だから手伝いを頼んだってことか。


「そうでしたか。では四日間、手伝わせて頂きます」

「助かるよ。でも客が来るのは明日からです。今日はゆっくりしてください」


 おばさんはそう言うと立ち上がり、それぞれの二階の部屋に案内してくれた。



「結構広いんだなー」


 草太郎が部屋に入って言う。


「おぉー、テレビがブラウン管だ」


 少し古びた部屋に興奮しているみたいだ。

 部屋は俺と草太郎、茜と石蕗つわぶき、千代さんと竜胆先生に分かれている。

 夕飯には早いし、時間を持て余していると茜が部屋に来た。


「陽介ー、みんなで散歩しよー」


 宿の外に出て見渡すと周りは山に囲まれている。東側の山は夕暮れに染まっていた。


「なんか情緒があるわね~」

「なんか懐かしいけど、寂しい気持ちになるのじゃ」

「宿の周りも見てみようか」


 宿の後ろに行くと墓地があった。

 彫ってある字が読めないほどに風化した墓石は夕陽を照り返している。

 彼岸に逝った人達が眠る場所なのに、どこか美しい。涼しい風が肌を、髪を撫でた。


「ここは無縁仏の墓です」


 後ろを見るとおばさんが立っていた。


「昔からここに眠っているんです」


 おばさんは感慨深そうに説明する。

 ヒグラシのカナカナという声が墓地に響いていた。



 山の幸をふんだんに使った夕飯を食べた後、おばさんから風呂は一階にあると教えてくれた。

 さっさと入ってゆっくりしよう。

 一回部屋に戻り、着替えを掴んで風呂に向かった。

 男湯と書かれた暖簾のれんをくぐって脱衣場に入る。女湯は隣みたいだ。

 パパッと脱いで入ろうとすると『タオルを必ずしてください』と書いてある。ふーん、珍しいな。

 腰にタオルを巻いてカラカラとドアを開けると、岩で出来た露天風呂があった。薄く立ち昇る湯気が少し視界を悪くしている。

 体を流して湯に浸かると


「「はぁ~ぎもぢいぃ」」


 草太郎と揃って声が出た。互いに苦笑いする。


「なぁ、陽介。この隣は女湯だよな」


 その言葉で草太郎が何を考えているのか分かってしまった。悲しいかな、男子高校生は単純なのだ。


「お前は三次元に興味ないんじゃないのか?」

「確かに三次元よりは二次元の方がいいけど、みんなレベル高いじゃん」


 そんなくだらない会話をしていると誰かが入ってきた。

 ……あれ? 俺ら以外に客はいないんじゃ?


「わぁー広いねー」

「大きいのぅ」

「あら~いいじゃない」

「ゆっくりできそうだ」


 ……え? 茜たちの声に体も思考も固まる。草太郎も怪訝な顔をしていた。

 ギギギと首を動かして声のした方を向く。茜とバッチリ目が合った。

 大きく口が開く。


「「キャぁああああ」」

「なんで男が叫んでんのよ!」

「あら~? なんでここにいるのかしら?」


 竜胆先生がゆらりと殺気を放ちながら言う。


「陽介、俺は先に上がるぞ」

「おま、逃げるな!」


 言うが早いか草太郎は風呂から出てしまう。俺も出ようと思ったが、あることに気づく。

 草太郎が逃げる時に俺のタオルを取っていったのだ。あの野郎……。

 これじゃ出られない。


「ふむ、どうやら入口が別なだけで風呂は一つだけみたいだな」

「だからタオルの着用が義務づけられてたのね」


 千代さんは、その長い髪を一つにまとめているせいか、いつもと雰囲気が違う。

 先生はタオルを巻かずに体の前で持っているだけだ。それがかえって扇情的に見えてしまう。

 茜は髪をお団子にしている。石蕗は暑いのか、頬が上気していた。

 なんでこんな時でも観察しちまうんだよ……。


「陽介ー、せっかくだからゆっくりするのじゃ」

「つ、石蕗つわぶき、ち、近づくな!」


 俺が項垂うなだれていると石蕗がジャブジャブと近づいてくる。立ち上がることもできないので、結局隣に座られてしまった。


「みんなの前で……陽介と……」

「茜! 頼むからここで発症しないでくれ!」

「陽介く~ん、外っていうのも一興じゃない?」

「あんたはなに言ってんだ!」

「咲も混ぜるのじゃ!」

「来るな、来るなぁああ」



 その後、茜たちが出るまで俺も出られなかった。もう少しでぶっ倒れるとこだった……。

 もちろん、部屋に戻ってから草太郎に天誅を加えた。

どーも、「たい」です。


今回もお読みください、ありがとうございました。


次回もよろしくお願いします。

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