ある夏の日の依頼
1
夏休み。
――読書!
――ゲーム!
――アニメ観賞!
最高だ。この幸せを皆に伝えたい。特にリア充に……と思ったがダメだ。あいつらは一人で楽しむということが出来ない。
……ていうか、俺には伝えるような人いないし。
そんなことを考えながら、クーラーの効いた部屋で一人ゴロゴロしている。
夏休みに入り、早くも三日が経った。この三日間、俺は一度も外に出ていない。このまま引きこもろうかしら。
さっきまで読んでいた文豪の小説を本棚に戻す。
時刻は正午。そろそろ昼飯にするか。
親は出張で家にいないので飯は自分で作る。腕は小学生の世界大会で優勝できるレベルだ。
適当に冷蔵庫にあった物を使ってチャーハンを作る。
それを掻き込んでいるとスマホが鳴った。千代さんからだった。
「もしもし」
『今から私の家に来れるかい?』
「大丈夫ですよ」
『そうか、では待ってるよ』
手短なやり取りが終わる。夏休み四日目で外に出ることになった。
四日ぶりの直射日光は体に堪える。
自転車を走らせて屋敷に向かうと、千代さんは水撒きをしていた。
「いらっしゃい」
純白のワンピース、初めて会った時にもしていた麦藁帽子。水を浴びて煌めく濃緑の芝、水撒きのせいで出来た小さな虹。
その虹の向こうには笑顔が咲いている。
絵になり過ぎる光景に少しだけ息が止まった。
すると、立ち尽くす俺に誰かが後ろから目隠ししてきた。
「だ~れだ?」
声で一発で分かる。
「手をどけてください、竜胆先生」
俺がそう抗議するとあっさりと光が戻ってきた。
「こんにちは~」
緩やかに波打った髪をサイドテールにした彼女は、ほんわかとした雰囲気で挨拶してくる。
上は白の半袖のブラウス、下はライムグリーンの短めのスカートでその雰囲気に拍車をかけていた。
「こんにちは、何で先生がいるんですか?」
「ちーちゃんと依頼について話し合っていたのよ」
「それで君にも手伝ってもらえないかと思ってね。詳しくは中で話そう」
先生は暑い暑い言いながら、千代さんはホースを片づけて屋敷に入っていく。
玄関ではポチが暑さでのびていた。
「今回の依頼は宿の手伝いだ」
開口一番、千代さんが言った。
「なんでも山奥にある宿で、夏休みはとても忙しいんですって」
先生が補足する。
「正直、私たちだけでは力不足だ。だから君にも手伝ってほしいんだが、どうだろう?」
首を傾げて尋ねてくる。そんな風に尋ねられて、断れる人はいないだろう。
「分かりました。手伝います」
「そうか、それは良かった。では明日の午前九時に集合だ。三泊四日になると思うからよろしく頼むよ」
千代さんは嬉しい――というよりは、安心した表情をした。
「夏休みはどうだい?」
「どうと言われても……昼に起きてテレビ見て、ゲームやって飽きたら読書してますね」
宿題は夏休みが始まる前に終わしたから大丈夫だ。
「高校生らしくないわね~」
「高校生らしいってどんなのですか?」
「そうね~、花火をしたり肝試しとか?」
「それなら俺だってやりますよ……一人でね!」
花火なら家の庭で出来るし、肝試しだって部屋を暗くして幽霊番組でも見ればいい。
「言ってて悲しくならないか?」
「何言ってんですか、俺は一人が楽しいんです。一人でいいです。暑いし」
「まぁ、陽介くんらしいわね」
「そうだな」
窓から見える樹には蝉が止まって鳴いていた。
俺は適当に日数分の着替えをカバンに詰め込む。やだ、手際良くてカッコいい。
他に持ってくものもないだろうし、これで大丈夫だろ。
それにしても、山奥の宿か……。一体どんな所なのだろう。
少しだけ心躍りながら眠りについた。
集合時間の少し前に行くと、屋敷の前には白のワンボックスカーが停まっていた。
「おはよう、陽介くん」
「おはようございます」
車に寄りかかっていた竜胆先生と挨拶を交わす。
「陽介おはよー」
「おはようなのじゃ!」
「おーす」
茜、石蕗、草太郎が順に挨拶してくる。
「おはよう……って何でいるんだ?」
「人数は多い方がいいから、私が皆に連絡したのよ~」
そうだったのか……騒がしくなりそうだな。
「これで揃ったかな? では出発しようか」
千代さんがそう声を出る掛けると俺たちは車へ乗り込んだ。
運転席には先生、助手席には千代さん。その後ろには俺と草太郎。そのまた後ろに茜と石蕗。
茜と石蕗はさっきからトランプで盛り上がっている。俺も混ざりたい……。
なんで草太郎と妹について語らなきゃならないんだ……。
「陽介、妹はいいぞ。妹にとって身近な異性ってのは兄な訳だ。思春期ともなれば手取り足取り教えることもあるだろう」
「うるさい、キモい」
「そうなると……」
「まだ続けるのか!?」
怖い、怖すぎる。
「もうそろそろね~」
先生がそう言う。外を見ると山の中だった。
前にも言ったが、俺が住むこの県は海無し県だ。つまり山は見慣れている。
それでも驚くくらい山深い。
「ここからは道が悪いから気を付けてね~」
六人乗りの車はでこぼこ道を進む。
ガッコンガッコン上下に揺さぶられるので、会話もままならない。
揺れがおさまると舗装されていないが平らな道になった。
「いやー、やっぱり上は涼しいね」
窓を開けた茜が髪をたなびかせながら言う。
道の下には川が流れていた。
「は~い到着~。みんなお疲れ様」
先生が車を道の端に停める。車から降りると目の前には石で出来た大きな鳥居があった。
「んー、空気がおいしいのじゃ」
「なんか緑の匂いが濃いなー」
石蕗と草太郎がノビをしながら言う。
確かに、深呼吸すると濃密な緑の匂いがした。
木漏れ日と山の涼しい風が気持ちいい。遠くから聴こえる川のせせらぎも涼しさを感じさせた。
「ここからは少し歩くぞ」
千代さんがそう言うと俺らは各自、自分の荷物を持つ。
山奥にぽつんとある鳥居。別世界への入口のようなそれをくぐって歩いていく。
三泊四日の手伝い。無事に終わることを祈って俺は歩いていった。
今回もお読みくださり、ありがとうございます。
夏休み編がスタートしました。
次回もよろしくお願いします。




