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春の徒花  作者: たい
第二章 夏休み編
27/40

ある夏の日の依頼

1

 夏休み。

 ――読書!

 ――ゲーム!

 ――アニメ観賞!

 最高だ。この幸せを皆に伝えたい。特にリア充に……と思ったがダメだ。あいつらは一人で楽しむということが出来ない。

 ……ていうか、俺には伝えるような人いないし。

 そんなことを考えながら、クーラーの効いた部屋で一人ゴロゴロしている。

 夏休みに入り、早くも三日が経った。この三日間、俺は一度も外に出ていない。このまま引きこもろうかしら。

 さっきまで読んでいた文豪の小説を本棚に戻す。

 時刻は正午。そろそろ昼飯にするか。

 親は出張で家にいないので飯は自分で作る。腕は小学生の世界大会で優勝できるレベルだ。

 適当に冷蔵庫にあった物を使ってチャーハンを作る。

 それを掻き込んでいるとスマホが鳴った。千代さんからだった。


「もしもし」

『今から私の家に来れるかい?』

「大丈夫ですよ」

『そうか、では待ってるよ』


 手短なやり取りが終わる。夏休み四日目で外に出ることになった。



 四日ぶりの直射日光は体にこたえる。

 自転車を走らせて屋敷に向かうと、千代さんは水撒きをしていた。


「いらっしゃい」


 純白のワンピース、初めて会った時にもしていた麦藁帽子。水を浴びて煌めく濃緑の芝、水撒きのせいで出来た小さな虹。

 その虹の向こうには笑顔が咲いている。

 絵になり過ぎる光景に少しだけ息が止まった。

 すると、立ち尽くす俺に誰かが後ろから目隠ししてきた。


「だ~れだ?」


 声で一発で分かる。


「手をどけてください、竜胆りんどう先生」


 俺がそう抗議するとあっさりと光が戻ってきた。


「こんにちは~」


 緩やかに波打った髪をサイドテールにした彼女は、ほんわかとした雰囲気で挨拶してくる。

 上は白の半袖のブラウス、下はライムグリーンの短めのスカートでその雰囲気に拍車をかけていた。


「こんにちは、何で先生がいるんですか?」

「ちーちゃんと依頼について話し合っていたのよ」

「それで君にも手伝ってもらえないかと思ってね。詳しくは中で話そう」


 先生は暑い暑い言いながら、千代さんはホースを片づけて屋敷に入っていく。

 玄関ではポチが暑さでのびていた。



「今回の依頼は宿の手伝いだ」


 開口一番、千代さんが言った。


「なんでも山奥にある宿で、夏休みはとても忙しいんですって」


 先生が補足する。


「正直、私たちだけでは力不足だ。だから君にも手伝ってほしいんだが、どうだろう?」


 首を傾げて尋ねてくる。そんな風に尋ねられて、断れる人はいないだろう。


「分かりました。手伝います」

「そうか、それは良かった。では明日の午前九時に集合だ。三泊四日になると思うからよろしく頼むよ」


 千代さんは嬉しい――というよりは、安心した表情をした。


「夏休みはどうだい?」

「どうと言われても……昼に起きてテレビ見て、ゲームやって飽きたら読書してますね」


 宿題は夏休みが始まる前に終わしたから大丈夫だ。


「高校生らしくないわね~」

「高校生らしいってどんなのですか?」

「そうね~、花火をしたり肝試しとか?」

「それなら俺だってやりますよ……一人でね!」


 花火なら家の庭で出来るし、肝試しだって部屋を暗くして幽霊番組でも見ればいい。


「言ってて悲しくならないか?」

「何言ってんですか、俺は一人が楽しいんです。一人でいいです。暑いし」

「まぁ、陽介くんらしいわね」

「そうだな」


 窓から見える樹には蝉が止まって鳴いていた。



 俺は適当に日数分の着替えをカバンに詰め込む。やだ、手際良くてカッコいい。

 他に持ってくものもないだろうし、これで大丈夫だろ。

 それにしても、山奥の宿か……。一体どんな所なのだろう。

 少しだけ心躍りながら眠りについた。



 集合時間の少し前に行くと、屋敷の前には白のワンボックスカーが停まっていた。


「おはよう、陽介くん」

「おはようございます」


 車に寄りかかっていた竜胆先生と挨拶を交わす。


「陽介おはよー」

「おはようなのじゃ!」

「おーす」


 茜、石蕗つわぶき、草太郎が順に挨拶してくる。


「おはよう……って何でいるんだ?」

「人数は多い方がいいから、私が皆に連絡したのよ~」


 そうだったのか……騒がしくなりそうだな。


「これで揃ったかな? では出発しようか」


 千代さんがそう声を出る掛けると俺たちは車へ乗り込んだ。



 運転席には先生、助手席には千代さん。その後ろには俺と草太郎。そのまた後ろに茜と石蕗。

 茜と石蕗はさっきからトランプで盛り上がっている。俺も混ざりたい……。

 なんで草太郎と妹について語らなきゃならないんだ……。


「陽介、妹はいいぞ。妹にとって身近な異性ってのは兄な訳だ。思春期ともなれば手取り足取り教えることもあるだろう」

「うるさい、キモい」

「そうなると……」

「まだ続けるのか!?」


 怖い、怖すぎる。


「もうそろそろね~」


 先生がそう言う。外を見ると山の中だった。

 前にも言ったが、俺が住むこの県は海無し県だ。つまり山は見慣れている。

 それでも驚くくらい山深い。


「ここからは道が悪いから気を付けてね~」


 六人乗りの車はでこぼこ道を進む。

 ガッコンガッコン上下に揺さぶられるので、会話もままならない。

 揺れがおさまると舗装されていないが平らな道になった。


「いやー、やっぱり上は涼しいね」


 窓を開けた茜が髪をたなびかせながら言う。

 道の下には川が流れていた。


「は~い到着~。みんなお疲れ様」


 先生が車を道の端に停める。車から降りると目の前には石で出来た大きな鳥居があった。


「んー、空気がおいしいのじゃ」

「なんか緑の匂いが濃いなー」


 石蕗と草太郎がノビをしながら言う。

 確かに、深呼吸すると濃密な緑の匂いがした。

 木漏れ日と山の涼しい風が気持ちいい。遠くから聴こえる川のせせらぎも涼しさを感じさせた。


「ここからは少し歩くぞ」


 千代さんがそう言うと俺らは各自、自分の荷物を持つ。

 山奥にぽつんとある鳥居。別世界への入口のようなそれをくぐって歩いていく。

 三泊四日の手伝い。無事に終わることを祈って俺は歩いていった。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。


夏休み編がスタートしました。


次回もよろしくお願いします。

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