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春の徒花  作者: たい
第一章 一学期編
26/40

疑念

26

 ……腹に何かが乗っている。

 覚醒しきらない意識の中でそう感じた。


「……すけ……ようすけ」


 誰かが俺を呼んでいる。


「……じゃ……起きるのじゃ」


 その声につられて瞼が少し開く。俺の腹に乗っていたのは


「……小学生?」

「誰が小学生じゃあ!」


 いきなりの大声で目が覚めた。


石蕗つわぶき?」


 そうだ、俺は暇だから昼寝をして……ぐっすり眠ってしまったらしい。


「こんな所で寝てたら風邪ひくのじゃ」

「さすがにそれはないだろ」


 で、何で石蕗はここにいるんだ? この場所は俺しか知らないはずなのに。


「咲はこれでも新聞部じゃぞ? このくらいは知ってて当たり前なのじゃ」


 俺の疑問が顔に出ていたのか、石蕗が説明してくれた。


「でも何でここに来たんだ?」

「陽介に会いたかったからに決まってるじゃろ」


 ……何でそういうこと言うの? 危うく勘違いするところだった。


「お、陽介が赤くなったのじゃ」

「暑いんだよ。それより俺の上から降りてくんない?」


 石蕗はいまだ俺の腹に乗っているので、石蕗が動くと純白の布が見えてしまう。ていうか、石蕗も少しは気にしろよ……。


「それにしても、陽介は頭が良いのかバカなのか分からないのぅ」


 俺から降りながら言う。


「役員はみんなカンカンじゃ」

「だろうな。ていうより怒ってくれなきゃ困る」


 怒れば判断力だって鈍くなるし、俺だけに矛先が向く。

 間違っても俺以外を巻き込んじゃいけない。


「それと生徒会長が探してたぞ。午後は遊びじゃから会議室にも行きやすいじゃろ」


 大会は午前で終わる。午後は自由だ。

 遊んでもいいし、帰ってもいい。ただ役員は後片付けがあるから、残らなければいけないが……。


「そうか、ありがとな」

「うむ、また話そうぞ」


 そう言って石蕗は屋上を出ていく。

 いつの間にか、青空の端に黒い雲が横たわっていた。


◆◇◆◇


 屋上から階段を降り、新館の中を歩く。電気がついてないから薄暗い。


「陽介く~ん」


 渡り廊下を進んでいると、突然後ろから声をかけられた。


竜胆りんどう先生、何か用ですか?」

「少しお話しましょ?」


 先生はそう言うと俺に近づき、外を見ながら欄干に寄りかかる。


「今日も陽介くんには楽しませてもらったわ」

「見てたんすか」

「えぇ、優しい解決方法ね」


 優しい? そんなことはないだろう。


「役員を全員不参加にしたのは陽介の優しさよ。元凶の役員だけを不参加にしたら、その人たちが攻撃を受けるもの」

「深読みしすぎです」

「そうかしら?」


 俺の顔を覗きこんでくる。瞳には温度がないように感じた。


「でも、ちょっとうまく行き過ぎね」


 ゾッとした。底冷えのする声。普段のイメージとかけ離れた声だった。


「なんてね~冗談よ冗談」


 あははと笑いながら背中を叩いてくる。……本当に冗談なのだろうか。


「先生、あんたは苧環たちに何か吹き込んだんじゃないですか?」


 ずっと気になっていたことをぶつける。


「聞かれて答えると思う? でも吹き込むなんて事はしないわよ」


 だいたい、今回の依頼はおかしかった。

 苧環たちにしてみても今思えば計画的だったように感じる。


「でも残念だわ~。ま、次のお楽しみかしらね」

「どういう……」

「それじゃまたね、陽介くん」


 先生はクルリと背を向け新館に戻っていく。その背中が一瞬、よく知った人と重なったように見えた。

 ……っと、生徒会長に会わなきゃ。


◆◇◆◇

 

 会議室のドアに手を掛ける。手が止まったのは何故だろう。

 ドアを開けると会議室には一人の女子がいた。生徒会長だ。


「あ、紫花くん。探しましたよ」


 やっと名前を覚えてもらえた……。


「えっと……すみません」

「何で謝るんですか?」

「怒ってないんですか?」


 生徒会長が俺に悪印象を持っているのは当然だ。最後の球技大会をぶち壊したんだから。


「怒ってなんかないですよ。最低な人だなと思っただけです」


 ……あれ? 怒ってる?


「でも……助かりました。ありがとうございます」


 俺を真っ直ぐに見て伝えてくる。


「い、いえ。俺がやったのは感謝されるような事じゃないです」


 そうだ。俺がやった方法では誰も救われてない。

 平等な世界なんてない。あるのは平等に傷を押し付ける世界だけ。

 

「それでも言わせてください……ありがとうございました」


 ガバッと頭を下げて言った。その動きを黒髪が追う。


「ですが、あんな危険なやり方は関心しません。もっと自分を大切にしてください」

「ありがとうございます。そんじゃ、俺は行きます」


 そう言って俺は会議室を出る。

 俺は何に対して『ありがとう』と言ったのか。

 感謝されたから? 俺を心配してくれたから?

 たぶんどちらも違う。けれど律儀な彼女にも矛先が向いてはいけないと、改めて認識した。


◆◇◆◇


 役員の後片付けも終わり、球技大会は幕を閉じた。そもそも幕が開いていたか怪しいが……。

 会議室はアンチ紫花の空気だった。怒り、敵意を隠そうともしない視線が向けられる。

 この手の視線には慣れているから何とも思わない。


「球技大会、お疲れ様でした」


 生徒会長が号令をかける。

 雰囲気が緩み、これから打ち上げ行こうぜーなどと聞こえてくる。

 俺はその声を背にして会議室を出た。どうせ誘われないし、誘われても行かない。長居するだけ無駄だ。

 茜には俺に話しかけないように言っておいた。怒りが冷めるまでは、俺に近づかない方が賢明だろう。

 昇降口で靴を履き、千代さんに報告しに行かなければと考える。

 夕立が来そうな空だった。


◆◇◆◇


 灰色の空だと屋敷の雰囲気も暗く見える。千代さんにはあらかじめ連絡しておいたから、門は開いていた。

 いつもの部屋に入ると、千代さんは足を組んで待っていた。


「さて、今回はどんな方法で解決したのかな?」


 俺は端的に説明する。話しを進めると、段々と千代さんの表情が曇っていく。


「実に君らしい解決方法だ。だが、手放しで褒めることはできないな」


 千代さんはニヒルな笑みを浮かべる。


「もう少し自分を大切にしたらどうだい?」

「……善処します。それじゃ、俺はこれで」


 そう言って部屋を出る。

 ダメだ。何故か今日は気が立っている。早めに家に帰ろう。

 だが外はバケツをひっくり返したような夕立だった。

 濡れることもいとわず自転車を漕ぎだす。

 雨が当たって痛い。体温は奪われているはずなのに、心は熱を帯びていった。


◆◇◆◇


 ……だりぃ。昨日の雨で風邪を引いたかもしれない。取り合えず薬を飲んで登校する。

 特に変わった事もなく校舎に入る。明日が終業式。周りの奴らの声も明るい。

 誰とも挨拶せず下駄箱へ向かう。

 ――ゴミが入っていた。

 まぁ、そう来るだろうな。特にこれといった動揺はない。むしろ想定内すぎて滑稽ですらある。

 俺はゴミを取り出すことなく靴を履き替える。

 夏休みも間近だ。エスカレートする前に休みに入る。

 そこは良かったかもしれない。

 さて、机にはどんなイタズラがしてあるかな。俺は少しだけウキウキしながら教室へ向かった。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。


今回で「1学期編」は終了です。改めて感謝します。


物語はまだまだ続きますので、これからもよろしくお願いいたします。


「1学期編」の終了に際して、感想、評価など頂けたら嬉しいです。


ではこの辺りで失礼します。

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