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春の徒花  作者: たい
第一章 一学期編
25/40

詭弁

25

 俺の心とは裏腹に、今日の天気は快晴だ。

 今日は十年に一度の猛暑日だとテレビで聞いた。十年に一度って何故か毎年聞くよな……。

 俺は自転車をのんびり漕ぐ。

 早朝の涼しい風を受けながらそんなことを考えた。


◆◇◆◇

 

 学校にはまだほとんどの生徒が登校していない。

 だが、役員は七時半に集合となっている。

 会議室には八割ほどの役員が登校していた。


「陽介ー、おはよー」


 茜がツインテールをぴょんぴょんさせながら近づいてきた。


「ああ、おはよう」

「あれ? 今日は機嫌いい?」


 今の挨拶を思い返してみても特に違和感は無いと思うが……。


「そんなことないぞ」

「そっか、今日は頑張ろうね」


 ムンッと拳を握って言う。


「……そうだな」


 俺と茜が会話をしていると生徒会長が入ってきた。

 会議室が一気に静かになる。


「おはようございます。今日が本番です。よろしくお願いします」


 生徒会長が頭を下げると他の人もつられて頭を下げた。


「では今から会場の最終準備、テント設営を行います。各自グラウンドに行ってください」


 めいめい出ていく中、俺も会議室をあとにしようとする。


紫花しばなくん、少しいいですか?」

「はい? 何すか?」


 だが、生徒会長に呼び止められた。


「本来は私がすべきことですが……よろしくお願いします」


 不甲斐なさと悔しさが同居した瞳には俺が映っていた。


「生徒会長は三年なんですから、後輩に任せてください。ただ、少し荒れるかもしれないですけど……」

「……?」

「それと、開式の言葉、俺がやってもいいですか?」

「いいですけど……?」

「ありがとうございます。それじゃ俺も行きます」

 

 そう言って会議室を出る。

 窓から見えるグラウンドでは役員たちが騒ぎながらテントを建てていた。


◆◇◆◇

 

 八時。それぞれのクラスでHRホームルームをやるため役員は教室に戻ることになった。

 俺と茜も二組に向かっている。

 途中、階段の踊り場の掲示板にトーナメント表が貼られているのを見つけた。

 石蕗はしっかり仕事をしてくれたみたいだ。

 教室に着き、クラスメートの間をヌルヌルと抜けて自分の席に座る。夏休み前の最後の行事ということもあってか教室内はとても騒がしい。

 やはりとでも言うべきか、苧環のグループは際立ってうるさかった。

 だが担任の小山おやまが入ってくるとそれも静かになる。

 小山は段ボール箱を抱えていた。


「おーし、全員いるかー。今日はそれなりに楽しめ。あと、クラスTシャツ届いたからな」

 

 ゆるーい出欠をとると小山は教室から出ていった。

 このクラスもクラスTシャツ作ったのか。

 クラスTシャツとは、今回の球技大会や文化祭で着るTシャツのことだ。

 それぞれのクラスでデザインを考えたり、背中に名前をプリントしたりする。

 一年の時、俺がクラスメートとして数えてられてないことをクラスTシャツで知ったのはいい思い出だ。

 自分の席で遠い目をしてたら茜が俺の分を持って来てくれた。


「はい、陽介の。今年は大丈夫だよ」

 

 去年の俺の惨事を知っている茜は苦笑いしながら渡してきた。


「どーも。んじゃHRホームルームも終わったし、そろそろ行くか」


 俺はその場でYシャツを脱いで着替える。誰も俺を見てないから、別に恥ずかしくない。


「そ、そうだね」


 何故か茜の顔が紅い。

 ……そろそろ勝負の時だ。緊張か、興奮か。

 それとも暑さのせいか。

 いづれにしても、少しだけ体温が高くなったように感じた。


◆◇◆◇


 グラウンドには千人近い生徒が集まっている。

 下はハーフパンツ、上はそれぞれのクラスTシャツ。なかなかカラフルな光景だ。

 それでも開会式のため、クラス毎に整列しているのでカオスさはない。

 役員はクラスの方には行かず、前に集まる。グラウンドより一段高いので後ろまで見渡せた。

 逆に役員は衆目にさらされることになる。だが、その視線の大半は苧環おだまきと茜に集中していた。

 学校内でも名高い二人だ。注目されて当然だろう。

 俺も横目で茜を見る。

 野暮ったいジャージの紺、形の良い脚を包むニーハイの黒、そしてその間にある白い太もも。

 黒を基調として、ピンクの線が入ったTシャツを適度に押し上げる二つの山。

 その名の通り茜色をした髪は、太陽に照らされて眩しい。

 いやぁ……眼福、眼福。

 そんな俺の意識をマイクの声が現実に引き戻す。


「球技大会、開会式を始めます」


 さーて……仕事の時間だ。


「開式の言葉」


 俺はここ数日の事を思い出しながら朝礼台に向かう。

 生徒会長――桔梗ききょう麗香れいかは公平にしてほしいと依頼した。

 それはつまり、苧環たちの策略を阻止する事と等しい。

 楽しみたくて公平性を欠いたなら、楽しめなければいい。

 昨日の苧環との会話を脳内で再生する。

 どうすれば阻止できるか――簡単な事だ。

 そのためには俺が注目を集めなければならない。

 だが、開会式なんて形骸的なものだ。どうすれば耳目を集める事が出来るか……。

 俺は朝礼台に上がり、マイクのスイッチを入れる。


「えー、これより球技大会を始め――」


 誰もこちらを見ていない。それでこそ不意打ちが出来るってもんだ。


「――たいんですが、中止にしてもいいですか?」


 マイクを通した俺の言葉の余韻が残る。

 それが消えると、グラウンドは静寂に包まれた。

 そして昨日、俺は保険を掛けた。草太郎だ。


「は……」


 草太郎でないにしても、誰か一人が声を上げれば波紋の様に広がるだろう。

 そしてその予想は的中した。


「「「はぁあああ!?」」」


 ここまで声が揃うのか……。少しビックリした。


「どういう事だ!」「説明しろ!」「茜ちゃん好きだー!」


 次々に抗議の声が上がる。


「実は今回のトーナメント、くじ引きなんてしてないんですよ」


 さらに爆弾を投下。


「なんだよそれ!」「ふざけんな!」「茜ちゃん結婚しよー!」


 ちゃんと反応してくれて、陽介うれしい。それと誰だ、さっきから茜にラブコールを送ってる奴は。

 役員の方をチラと見ると、この事態にどうしたらいいか分からないでいるようだ。

 だが、俺が火をつけたなら俺が火を消すべきである。


「一部の役員だけが楽しむ為に、くじ引きをしなかったんです。こんなの不公平ですよね。だから今回の球技大会は中止です」


 我ながら、すごい詭弁だと思う。俺一人にそこまでの力は無い。

 だが今はこの場のペースを握り、集団を混乱させればいい。

 そしてこの混乱が布石となる。


「でもさすがに中止は嫌ですよね」


 ドア・イン・ザ・フェイスを意識する。

 そこかしこで首を縦に振っていた。


「だから――役員だけ不参加にするってのはどうですか?」


 役員は上位カーストの奴が多い。だから役員以外の生徒は上位カーストの連中を恐れてこの案には反対するだろう。

 けれども集団になれば話は別だ。

 いつだかの千代さんの言葉が脳裏をよぎる。

 人は集まると

 ――思考能力が低下する。

 ――パニックに陥りやすくなる。

 ――周りに流されやすくなる。

 今の状況も例外ではない。


「賛成!」「そうしろ!」「役員は不参加だ!」


 ここまで来れば、あとは大丈夫だな。


「それじゃ、そういうことで。ただいまより球技大会を開会します」


 そう言って俺は朝礼台を降りる。いやぁ役員の視線が刺さる刺さる。

 その後は簡単なルール説明や、注意事項を聞いて開会式は終わった。

 これからが大変だなぁ……。


◆◇◆◇


 開会式が終わると、役員は会議室に召集された。

 が、俺は生徒会長にどこかに隠れていてほしいと言われた。恐らく俺が居ると収拾がつかなくなると判断したからだろう。

 そんな訳で俺は新館の屋上に来ている。

 日陰にゴロリと寝転ぶ。くぁと欠伸が出た。

 上には抜けるように蒼い空。段々まぶたが重くなってきた。思いの外、疲れたのだろうか。

 どうせ暇だし、昼寝でもするか……。

今回もお読みくださり、ありがとうございました


ご意見、ご感想、頂けたら幸いです。


では次回もよろしくお願いします。

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