表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春の徒花  作者: たい
第一章 一学期編
23/40

急な依頼

23

 今日は日曜日だ。普段なら本を読み漁るか、本屋で新しい本を発掘しているが、千代さんからバイトに関して連絡があったので屋敷へと自転車を走らせている。

 今週は一学期最後の週だ。火曜に球技大会、木曜が終業式となっている。

 いつだか、猫を探した神社がある並木通りは夏でも涼しい。風が吹けば、緑の葉が音を立て、火照った身体を冷ましてくれる。

 並木通りを抜けると屋敷が見える。小高い丘の上に建つ木造のそれは、夏の陽射しの中、涼しげにたたずんでいた。



依頼主クライアントの名前は桔梗ききょう麗香れいか。君の高校の生徒会長だ。名前くらいは知っているだろう?」


 名前どころか性格も知ってるよ。それどころか怒ると口調が変わるのも知ってる。


「一応、面識はあります」

「そうか、なら話は早い。彼女の手助け。これが今回の依頼だ」


 手助け? 球技大会関係だろうか……。


「具体的にはどんな感じですか?」

「なんでも、学校行事の一部の運営役員が勝手な行動をして、公平性が保てない……だったかな」


 苧環おだまき達のことか……。生徒会長も気づいたんだな。


「実は俺も役員なんで、状況は分かっています。ホント、やりたい放題ですよ」

「そうだったのか。すまないが、これも私が出ることが出来なさそうだ。……頼めるか?」


 こちらの顔色を伺うように聞いてくる。


「高くつきますよ?」

「ふふっ、君も言うようになったね」


 その笑顔は夏の陽射しの様で、いまだに目を反らしてしまう。


「解決方法は何でもいいそうだ。公平性が保てれば、それでいいらしい」

「準備するとしたら明日だけですけど、何とかやってみます」


 いやー、今回は難しいな……。なんたって多対一だからな。今までは個人個人だったから何とかなったけど……。


「では頼んだよ」


 千代さんがそう言うと、俺の腹が返事をした。


「……すみません」


 自分でも耳が熱くなったのを感じた。太陽はすでに高く昇っている。腹が減る時間としては適当だが、ここで鳴らなくてもいいじゃん……。


「男子高校生だ。恥ずかしがることはないよ。どうだい、一緒に昼ごはん食べるかい?」

「いいんですか」

「もちろんだ。味は保証しないがね」


 パチッとウインクされた。千代さんは立ち上がると下に降りていく。俺も彼女に付いて行くことにした。

 味は保証しないって言ったけど、たぶん千代さんは料理上手だよな……。



「座って待っててくれ」


 千代さんはエプロンを付けると台所に立ち、料理を始める。

 前にこの部屋で唐揚げ食べた時にも思ったが、この部屋は大きい。前に住んでいたのは大家族なのか、それとも金持ちはこういうのがデフォなのか……。


「千代さんって、料理出来るんですね」


 料理は出来ないか下手。家事は他の人にやらせるってのが、俺の中のお嬢様のイメージだ。

 だから千代さんが料理をするのは意外だった。


「料理くらい私でも出来る。なんせ一人暮らしだ。家事も一人で出来なければいけないしね」


 背を向けたまま会話をする。


「掃除とか大変じゃないですか?」

「よく使う部屋はこまめに掃除するが、それ以外はしないな。一日あっても終わらないよ」


 じゅぅうと何かを焼く音がする。香ばしい匂いがしてきた。


「高校生はどれくらい食べるのだろうか……」


 千代さんは小声で何やら考えている。



 ほどなくして料理が運ばれてきた。日本昔話の様な大盛りのご飯、もやしと豚バラ肉の炒め物。


「やはり高校生ともなれば、このくらいは食べるのだろう?」


 なんとも豪快な料理だ。いや、もやし炒め好きだよ? 好きだけど量が半端じゃない。


「今日は質より量を意識してみた。く、口に合うといいが……」

「いただきます」


 シャキッとしたもやしの歯ごたえ、塩コショウが効いている。肉も適度に柔らかく、もやしとの相性は抜群だ。


「おいしいです」


 それだけ言ってご飯をかきこむ。うめぇなぁ……。俺にとってのお袋の味は肉じゃがより、こういう料理の方がいい。

 だが、豪快な料理でも千代さんの料理スキルが高いのが分かる。


「そうか、なら良かった。おかわりもあるぞ」

「さすがに……遠慮しときます」


 千代さんの笑顔見たさにおかわりをする余裕は、俺には無かった。



 特に変わったこともなく、月曜日の放課後を迎えた。明日が球技大会ということもあってか、浮かれた雰囲気だ。

 明日への準備をするなら今日しかない。それに、茜は巻き込まないようにしなきゃ。


「陽介ー、行こっか」

「おう」


 教室から出て、廊下を進む。


「いよいよ明日だね。大丈夫かな……」

「何とかなるだろ」


 階段を降り、一階の会議室に着いた。だが、会議室にはほとんど人が居なかった。おいおい、前日に休むのか?

 幸い生徒会長は居たので、近づいて問いかける。


「生徒会長、他の奴らはどうしたんですか?」


 彼女はゆっくりとこちらに顔を向ける。一目で疲れているのが分かる。


「今はゴールの設置と白線を引きに行ってもらってます。休んでないから大丈夫ですよ」


 彼女は苦笑いしながら答える。よ、良かった……。茜もホッとした様子だ。


「茜ちゃーん」


 ここから離れた場所で誰かが茜を呼ぶ。茜は笑顔を張り付けてその人に近づいていった。茜も大変だなー……。

 だが、生徒会長と二人で話せるのはチャンスだ。良くやった、モブ子。


「生徒会長、公平性が保てればいいんですよね」

「えっと……それはどういうこと?」


 キョトンとした顔を向けられる。おかげで俺もしどろもどろになってしまった。


「え、あ、いや……球技大会で公平性を保ちたいって依頼しましたよね?」

「依頼? 相談なら竜胆りんどう先生にしたけど……」


 生徒会長は怪訝そうに俺を見る。


 恐らくだが、ゆるふわカウンセラーは生徒会長の相談を聞いて、彼女には言わずに千代さんに依頼したのだろう。

 でも何でだ……? 時間が無かったからか?

 それとも先生は、俺がバイトで手伝えるのを知ってるから?

 思考の渦に飲み込まれそうになったが、どうにか言葉を発する。


「じ、実は竜胆先生に生徒会長を助けるように頼まれたんです」


 嘘は言ってない。


「そ、そうですか……。方法は問いません。よろしくお願いします」


 彼女は俺と目を合わせると、凛とした声でハッキリと言った。

今回もお読みくださいありがとうございます、「たい」です。


次回もお読み頂けると幸いです。


では失礼します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ