紫花 陽介は見抜く
21
俺は今、風呂から上がって、インターネットで知識を入れている。
千代さん達と関わるようになってから、こうして自分で調べるようになった。
調べる内容は専ら交渉術や、人の心についてだ。
俺が電子の世界を彷徨っていると、俺のスマホが着信を知らせる。茜からだ。
『今から行くねー』
茜の声が聞こえたかと思うと、すぐに無機質な機械の音が耳に届く。
三十秒も経たない内に
「おばさーん、明日の朝までお邪魔しまーす」
「あらー、茜ちゃん。朝ごはんは?」
「あっ、お願いしてもいいですか?」
「もちろんよー」
と、茜と母さんの会話が下から聞こえてくる。
今日は熟睡出来なさそうだ……。
ドタドタと階段を昇る音がして俺の部屋のドアが勢いよく開く。
「ようすけ、暇だったから遊びに来た」
茜はパジャマ姿で、ご丁寧に枕まで持ってきてる。
茜が暇という理由で俺の部屋のに来ることは、昔からよくあることだ。
だが、俺は心の中で大きなため息をついた。
俺の母さんは茜を気に入っている。そして茜が泊まる時は、俺の部屋で寝るように勧めるのだ。
けれど茜だって恥ずかしいはずだ。現に、以前お互いの両親が居ない時も茜は泊まりに来たが、俺が母さんの部屋を勧めると素直に従ったし。
「やったー勝ったー」
「あ……」
茜と対戦ゲームで遊んでいたが、気を抜いていたら負けていた。俺の不敗神話が……。
「ふぁああ」
茜が大きな欠伸をする。夜もだいぶ更けてきた。
「そろそろ寝るか。茜はベット使え。俺は床で寝るから」
そう言って俺は枕を取って床に転がろうとする。この季節なら風邪もひかないだろう。
「陽介、ほら一緒に寝よ」
茜がベットの空いているスペースを片手でポンポンと叩きながら言う。何その仕草、かっけぇな。
「断る」
それだけ言って俺は床に転がる。
「もう、一緒に寝てくれないと、おばさんに『陽介に襲われたぁ~』っていうよ?」
「ひ、卑怯だぞ……」
そんなことを言われたら、俺の家族内の地位が大変なことになる。勘当までありそう……。
「陽介が一緒に寝てくれれば、それでいいの」
このまま押し問答してても時間のムダなので
「分かったよ、寝ればいいんでしょ寝れば」
と、やけくそ気味に了承する。
「やった。このまま既成事実……」
小さな声で何やらブツブツ言っているが、気にしない。三分で寝てやるぜ。
俺は茜に背を向けて、ベットの端に寝る。寝返りをうったら落ちるかもしれないが、むしろそれでいい。
「じゃ、陽介、おやすみ」
茜がそう言って電気を消す。部屋が暗闇に包まれた。
俺、嘘ついた。三分どころか十分経っても寝れない。
さっきから茜の寝息が規則正しく続いているが、もう寝たのだろうか。
今、俺の背中には茜の手が触れている。これじゃ下手に動けない……。
柔らかい手の感触と女の子特有の甘い匂いのせいで、俺の頭は冴えてしまった。早鐘を打つ俺の鼓動が手を通して茜にバレないか心配だ。
「陽介の心臓、バクバクしてる。緊張してるの?」
……速攻でバレた。
「寝てなかったのかよ……」
「寝れる訳ないじゃん」
茜の吐息が俺の首に当たって、ゾクゾクする。
「今夜は寝かせないぞ♪」
キャピルン♪とした調子で茜が言う。
「頼むから寝かせてくれ……」
俺が懇願すると、唐突に茜が抱きついてきた。
「ちょ、離れろって」
具体的には言わないけど、凄く柔らかいモノが当たってるよぉおお。
「い・や・だ」
茜が俺の耳元で言の葉を紡ぐ。直接頭の中に声が響くみたいだ。
かと思ったら、今度は足を絡めてくる。何で女の子の身体って柔らかいんだよぅ。茜の吐息が熱を帯びてきた。
これ以上は不味いと思い、俺は緊急離脱を試みる。つまり、寝返りをうって床に落ちた。
「きゃっ」
だが、茜も一緒に落ちてしまった。そのうえ茜は仰向けの俺に覆い被さるようになってしまった。
か、顔が近い……。暗闇に目が慣れたから、表情もしっかり分かる。
「陽介も大胆だね。ほら分かる? 私、ドキドキしてる……」
茜はさらに強く抱きついてくる。双丘が形を変えて押し付けられる。
茜の言う通り鼓動は早かった。けれどそれは、俺の鼓動なのか茜の鼓動なのか、判別がつかない。
「陽介と……このまま……」
……嫌な予感。すると突然、月明かりが部屋を少し明るくする。上体を起こした茜の姿が視界に入る。
月に照らされた茜は俺を見下ろしている。茜色のツインテール、仄かに染まった頬。とても魅力的で畏怖の念さえ抱く。
「高校生には早いかな……でも……」
ここで発症するのかよ……。茜は俺に顔を近づけて、俺の顔に手を添える。目と目が合う。
部屋のせいだろうか、茜の瞳はとても暗く、深淵の様に光が無い。茜は瞳を閉じる。かと思ったら、俺の胸に顔を当てて……そのまま寝てしまった。
よ、よかった……。とりあえず一安心だ。それより、俺もこのまま寝るしかないんかな……。
「球技大会を男女合同にします」
開口一番、生徒会長がそう言った。
「「「よっしゃーーー」」」
うるせぇ……茜も耳を塞いでる。それと、今朝は俺が起きた時に茜は居なかった。まさに不幸中の幸いだ。
「球技大会まで残り一週間を切っています。精一杯やってください」
会議室は熱気に包まれている。ただでさえ暑いんだから、勘弁してくれ……。
「オラ、会場準備班は外行くぞ!」
「まだいいだろ。それより撮影機材運ぶの手伝ってくれ!」
「救護班のテントも建てるぞ!」
そこかしこでやり取りが起きる。最初のモチベーションとは大違いだ。うるさいのは変わらないが……。
生徒会の役員もこの変わり様に驚き、処理が間に合ってないみたいだ。雑用班も仕事しますか……。
「茜、生徒会を手伝うぞ」
「おっけー」
てんやわんやの生徒会長に声を掛ける。
「手伝います」
「わぁ、天雄さんに……彼氏君、助かります」
まだ俺の名前、覚てられて無いのか……。茜が顔を紅くして俯いているのを見ると、こっちまで恥ずかしくなる。
「では、この書類に間違いが無いか確認してください」
そう言われて眼前にどかっとプリントが置かれる。
うわぁ……時間かかりそう……。
「では、今からトーナメントのくじ引きを始めます。各クラス一名、前に出てきてください」
生徒会長が皆に声を掛ける……が、誰も動かない。俺は行こうとしたが、他の奴らがニヤニヤしているのを見て動かなかった。
「どうしました? 早く出てきて……」
「生徒会長ー、そのことなんですけど、こっちで決めちゃいましたー」
役員の女子が手を挙げて、生徒会長の声を遮って言った。
「え、え?もう決まった?」
「はい、それにもう印刷しちゃいましたー」
生徒会長は文字通り、開いた口が塞がってない。
「そのプリント、見せてください」
受け取ったプリントに目を通している。
「……公平ですか?」
「大丈夫ですよー、くじ引きで決めましたし」
「そうですか……では、トーナメントは決まりですね」
生徒会長は渋々という様子で許可を出した。
あの様子じゃ、くじ引きなんてやってないんだろうな……。
どーも、「たい」です。
今回もお読み下さり、ありがとうございます。
では、失礼します。




