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春の徒花  作者: たい
第一章 一学期編
21/40

愚かな集団

20

「今日はどんな用だい?」


 千代さんが俺にたずねる。

 俺は千代さんに聞きたい事があってここを訪れた。茜は一人で帰らせるのは心配なので、ついてきてもらっている。

 茜はここに来る途中、例の悪癖あくへきが発症して


「陽介が……あたしのことを……心配してる……いや、本当の目的は……夜道であたしを……」


 と、妄想を爆発させていた。こんなにひどかったっけ……?


「ちょっと聞きたい事がありまして……」


 千代さんは既に風呂に入ったのか薄着だった。

 ネグリジェとでも言うのだろうか、ゆったりとして涼しそうな装いで、チラリと見える抜ける様に白い肌が俺の鼓動を早める。


「聞きたいこと? 何だい?」

「集団、群衆の時の心理についてです」

「それまたどうして?」

「単純な興味ですかね……自分で調べても良かったんですけど、千代さんの方が詳しそうだったんで」

「ふふっ、ネットより詳しいと言うのか」


 千代さんはクスリと笑い、その長い脚を組んで話し始める。


「それでは、基本的な群衆心理の法則を教えようか。一つは道徳性の低下。都会の人は冷たいというのは、これが原因と言われている」


 俺は千代さんの言葉を頭に叩き込むつもりで聞く。


「二つ目は思考能力の低下。自分で考えるよりも周りに合わせた方が、労力が少なくて済むからね」


 チラと横を見ると、茜は舟を漕いでいた。俺の視線に気づいたのか、千代さんも微笑する。


「三つ目、暗示にかかりやすくなる。集団がパニックにおちいりやすいのがいい例だ。そして四つ目、感情の起伏が激しくなる。簡単に言えば、興奮しやすいということだ」


 ふむふむ、人は一人でも愚かだが、集団だと愚かさが増すということはわかった。


「人は集団だと流されやすいってのは、本当ですか?」

「あぁ、心理学的には『同調』と呼ばれる。人は毎日、多くの選択をせまられる。そこで、他の人の評価や言動だけで判断するんだ。その方が脳の負担を減らす事ができるからね」


 なるほど……一つのグループが休んだその日、他の奴らはその様子を見て休んだのか。それだけで片付く気はしないが……。


「ありがとうございました。時間も遅いですし、後は自分で調べます」


 俺は茜を揺する。


「茜、起きろ、帰るぞ」

「ふぁああ、はいはい」

「それでは、気をつけて帰るんだぞ」


 千代さんも立ち上がり、玄関まで送ってくれる。


「そんじゃ、失礼します」

「千代さん、また遊びに来てもいいですか?」


 茜はどうやらここが気に入ってるらしい。


「あぁ、いつでも来るといい。この子も待ってるよ」


 千代さんの足元には、いつの間にかポチが座っていた。ふてぶてしい顔と耳の傷は健在だ。

 俺らは自転車を漕いで家路を辿たどる。夜道を照らすのは、街灯と自転車のライトだけだった。


◆◇◆◇


 会議室は喧騒けんそうに包まれていた。

 生徒会長――桔梗ききょう麗香れいか

 所謂いわゆるイケメン――苧環おだまき

 二人が騒ぎの中心だった。

 俺はその騒ぎを無視して、定位置に座る。


「何の騒ぎだろうね?」


 茜が人だかりを見ながらたずねてくる。


「さあな、別にどうでもいい。こっちに被害がなけりゃな」


 さりとて興味は無いが、あまりにもうるさいので中心の二人を観察してみる。


「君達は昨日、なぜ無断で休んだんだい?」


 生徒会長はかなり怒ってらっしゃる。まなじりが少し上がり、頬も上気している。綺麗な人は怒っても綺麗なんだなと、場違いな感想を持ってしまった。


「いやー、俺らも反省していろいろ考えてたんですよ」


 一方、苧環がヘラヘラと反論する。……お前は辞書で反省の意味を調べてこい。


「ほぅ、何を考えていたんだ?」


 細い腰に片手を当てて、口角を上げながら聞く。


「このままじゃ、本番に間に合わないじゃないですか。だから、俺らは男女合同で球技大会を行うって案を出します」


 俺は驚いた。むしろ尊敬する。よくもまぁ、いけしゃあしゃあと言えたもんだ。厚顔無恥、ここに極まれり。

 生徒会長も唖然あぜんとしている。が、すぐに復活した。


「本番に間に合わないのは、騒いで仕事をせず、挙げ句の果てに無断欠席。君達にるところが大きいんじゃないかい?」


 彼女は頬をひくつかせながら言う。

 なおも言い合いが続いているが、俺は不意に違和感に襲われた。

 何だ? 何が引っ掛かる?

 苧環を筆頭に、今回の役員は上位カーストの奴が多い。

 普通ならそんな面倒な事はせず、二番手のカーストにお鉢が回るはずだ。なのに、何でこんなに多い?

 それに、苧環たちが休んだ日、何であんなにも大勢が休んだ? ただの同調なのか?

 俺が思考にふけっていると、会議室が静かになっていることに気づく。


「……分かりました。君達の案も検討します。ですから今日はもう帰ってください。今日はこれで解散とします」


 生徒会長は椅子に座り額に手を当て静かにそう言った。

 一人、また一人と会議室から出ていく。残ったのは生徒会長と俺と茜だけだった。


◆◇◆◇


「ふふ、ふふふフフフ」


 あ、あれ? さっきからうつむいてるから、落ち込んでいるのかと思ったら、急に笑い出したぞ……。


「よ、陽介、どうしよう! 生徒会長が壊れた!!」


 茜はその暗い笑い声を聞き、慌て始める。


「そ、そうだ! 叩けば直るかな?」


「まずはお前が落ち着け。それに叩いても直らな……」

「とうっ!」

「だから人の話を聞けって言ってんだろうがぁ!!」


 少し前にもこんなやり取りしたな……。茜は生徒会長の脳天にズビシッとチョップをかます。

 すると生徒会長の笑いは止まり、代わりにため息が出た。


「はぁ、どうしましょう……確かにこのままでは間に合わないかもしれません。だからと言って、言う通りにすれば収拾がつかなくなります……」


 そうだよな……苧環たちの提案を採用すれば、ますます調子に乗るだろう。


「生徒会長、俺に一ついい考えがあります」


 俺がそう言うと、茜と生徒会長は期待の眼差しを俺に向ける。


「俺が苧環たちに殴られて、あいつらを退学にしましょう」

「陽介、努力の方向が明後日だよ……」

「斜め上の解決案をありがとう……」


 二人がげんなりした表情で言う。おっかしーなー? いい案だと思うんだけどな。


「後は自分で考えます。そのために解散させたんですから」


 生徒会長は立ち上がり、帰りの支度を始めた。


「ほら、二人も出てください。鍵を閉めますよ」


 俺と茜は追い払われる様に部屋から出された。生徒会長は鍵を閉めると俺達と向かい合って言葉をはっする。


「では、明日も来てくださいね? それと天雄てんゆうさん」

「はい?」


 生徒会長はポケッとしている茜の頭に手刀を落とす。


「っ~~~!?」

「ふふ、お返しです」


 そう笑うと彼女は歩いていく。つやのある黒髪が歩を進める度に揺れていた。

 いまだ悶絶もんぜつする茜を横目に、その背中に少しだけ見とれてしまった。

どーも、「たい」です。


お読みくださり、ありがとうございます。


陽介の違和感は何でしょうね?


ではこの辺りで失礼します。

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