脱出2
遅くなりました!またしてもダイレクト投稿で!!
パソコンがある程度動く様になるまではダイレクトが続くかもです(〉_〈)
――ああ、なんて美しい人なのだろう。
暗闇に浮かぶ姿を見て、そう思った。
こんなにも美しい存在は初めて見たと感嘆の吐息を漏らすと同時に、ああ、懐かしい。彼は何一つ変わってなどいないと安堵が胸を満たす。
もう既に馴染んでしまった矛盾。自分の発するべき言葉さえも分からずに只呆と見つめていると、その麗しい容貌に相応しい、艶めいた声が届いた。
「お前、誰だ?」
その問いに、クレアは期待と不安で胸がいっぱいになった。
――この人は、呼んでくれるだろうか。――でもなく、――でもない自分自身の名前を。
「クレアと申します」
震えてしまいそうになる声を必死に抑え、ありったけの勇気を振り絞りかき集めたというのに、男は結局名前を呼んでくれる事はなかった。
「それで、そのナントカがなんで此処に居るんだ?」
――ああ……やっぱり彼は意地悪だ。
自分になんて、欠片ほどの興味も持っていないのだろう。
残念に思う気持ちと同時に、変わらぬ彼の言動に嬉しさが込み上げてくる。
やる気の無いけだるげな言動、意地の悪い笑み。それは「自分」の良く知る彼のものだった。
クレアが、破裂しそうな程高鳴る心臓を何とか抑えつけながら話していると、男は心底面倒くさそうに呟いた。
「お前、アストールとティアの末裔だろ」
「え……何故それを?」
「見りゃわかる。……あ~……なんかすげ~めんどくさそう……」
「見ればわかる」とは、一体何を差しての事であろうか。クレアが首を傾げていると、男は眉間に深々と皺を刻んだ。
「……あ~……お前、自分が死んだって事は理解してるか?」
――死ぬ……?一体何の事だろうか。
そう思った瞬間、クレアの目の前に真紅が広がった。
村から飛び出した少年達。邪悪な笑みを浮かべる帝国の男共――そして、自分の力が全く通用しなかった得体のしれない男――。
まるで他人を見ているかのように、自分が差される瞬間が浮かび上がる。
クレアの顔色は真っ青に染まり、身体は小刻みに揺れる。
揺れを抑えるかのように己を抱きしめるクレア。しかし男は目の前で震える少女に頓着することなく、緊張感の欠片もない声で続けた。
「因みに、だ。多分もう直ぐ此処が崩れるから、俺も非常に不本意ながら此処をでなくちゃならん」
「ええと……はい?」
何が言いたいのだろうかと不思議に思うが、彼に説明する気はさらさらないらしい。
「で、だ。俺は此処を出るが、お前はどうする?」
「どう……と仰いますと?」
「先ず選べ。俺と一緒に此処を出るか、この場に残るか。この場に残る場合はお前の魂が閉鎖したこの空間に閉じ込められ、生まれ変わる事も出来ず、ともすれば魂ごと消滅する可能性もある」
とんでもない内容だった。そんな壮絶な末路などクレアだってごめんだ。
「私が出たいといえば、貴方は私を連れて行って下さるのですか?」
「まぁ、面倒だがついでだからな。俺様が出る時ついでにお前の首根っこ掴んだ所で大した手間じゃない」
「まぁ……」
あまりの物言いに目を丸くする。
「では、お願い出来ますでしょうか?」
「お~お~即答だねぇ。んじゃ次第二問。此処を出るときの状態だ」
「状態……ですか?」
「ああ。お前、自分が死んだってことは分かってるんだろ?」
「……はい……」
彼の言葉には一切の遠慮がない。真実だけを只淡々と口にする。
「――お前の人生は既に終了してる」
容赦の欠片もない言葉に、クレアは泣きそうになる。
込み上げる想いは、神子としての責務を全う出来なかった悔恨だろうか?それとも、只クレアとして、まだ死にたくないという純然たる願いなのだろうか。
自分でも良く分からない感情の奔流に混乱していると、男は矢張り何でもない事の様に続けた。
「で、だ。第二問。特別に此処を出た後の事を選ばせてやる」
「?」
「先ず1つ目が、出た瞬間そのまま死んでお終い。メデタシメデタシ。次が、肉体が滅んでいないという前提条件があってだが――お前の魂を肉体に戻す事も可能だ。因みに俺様としては、最初の提案をお勧めする。色々面倒だからな」
「……魂を……?ですが私は……」
「正確に言えば、お前は死んでいない。……まぁ、面倒だから詳しい説明は省くが、今のお前の状態は、肉体から魂が弾き飛ばされた状態で、未だ肉体と魂は繋がっている。つまり、肉体が無事であれば魂を戻す事は可能だ。但し、魂を戻したとしても、身体が回復不可能な程に痛んでいれば再びお前は死ぬぞ」
何でもない事の様にさらりと告げられた内容に、クレアは眼を見開いた。
「本当に……生きる事が出来るのですか?」
「ああ。今言った条件をクリアし、尚且つ場合によっては更に条件が追加されると思うが」
「……条件?」
「ああ。只一時的に魂が弾き飛ばされただけであれば、魂を戻せばそのまま定着して元通りになる。だが、肉体と魂を繋ぐ糸が切れてしまっていたら、魂を定着する事が出来ない。肉体に戻した所でまた魂が離れる――つまり、死ぬって事だな」
あっさりと告げられた内容は、口調の割にとんでもないものであったが、クレアは不思議と悲観する事が無かった。それは屹度、この目の前にいる美しい男が何とかしてくれるという不思議な確信があったからだ。
「そこで、喩え糸が切れていたとしても、肉体が滅んでいなければ何かを媒介にする事で無理矢理魂を定着させる事も出来る。とはいっても、人間に限らず生死を左右するの神の領域だ。その辺にあるものを適当に媒介には出来ん。――この場合、媒介にするのは俺自身だ」
「……貴方を?」
「ああ。俺を媒介に間接的にお前の魂を肉体に繋ぐ。つまり、お前と俺が繋がる事になる」
「……繋がる……」
頬が、熱い。これは何なのだろうか。
繋がる。自分と彼が。他の何ものにも邪魔をされない、自分と彼だけの確固たる繋がりが。
それはとても素晴らしい事の様に思えた。初めてあった男の事を鵜呑みにするなんて馬鹿げている。普段の、思慮深いクレアならば絶対にする事の無い暴挙だ。それでも、クレアには、とても心躍る素晴らしい提案であると思えた。
「では、お願い出来ますでしょうか?」
「って、随分とあっさり言うなぁ。オマエ、本当に分かってる?俺にお前の魂を繋ぐって事は、俺が死んだらお前も死ぬ。つまり運命共同体だぜ?」
「はい。それで構いません。――いえ。是非そうして下さい。お願いします」
この先、彼と共にある。おいていく事も、おいていかれる事もなく。今度こそ、最期の瞬間まで彼と共に在れる。
自分は助かり、彼との間には確固たる絆が結ばれる。こんなにも素晴らしい事は無い。
「本当に、構わないんだな?」
クレアの心の奥底まで見透かすような、深淵の闇。今迄の気だるげな雰囲気も、子供の様な言動もなりを顰め、只何の感情も宿さない真っ直ぐな瞳がクレアを射抜く。
「――ええ。貴方が共に在るのなら」
恐れる事など何もない。その言葉に微塵の偽りもない。貴方が共に在るのなら、貴方が傍に居てくれるのなら、喩えどんな事だって乗り越えていける。
――ねぇ……――様……
確かに男の名を呼んだ筈なのに、言葉として浮かびあがる事は無く。
そうして、クレアは目の前の男の名を聴いていない事に漸く気付いた。
あなたの、名は。
そう問いかけたいのに、既に意識は遠のいていて。
歪む視界の中、男の口元が綻んだ気がした。
「じゃあ、行くか」
その言葉を最後に、クレアの意識は完全に途切れた。
※ ※ ※
次に目が覚めた時、何やら周りが騒がしいと思った。
聞き覚えのある声。見覚えのあるもの。そう思うのに、それが何だか分からなくて。
「クレア!!」
その切実な叫びを聴いて、漸くクレアの意識は覚醒した。
「にぃ……さま……?」
息も出来ぬ程に強く抱きしめられ、嗅ぎ慣れた匂いがクレアを包み込む。漸く安堵したのだろうか、クレアの瞳から雫が零れ落ちた。
――戻って、来たのだ。此処に。兄の元に。
まるで長い悪夢から覚めたようだ。
縋る様に兄の背中に腕を回すと、ただ静かに涙を流し続けた。
「……あ~……感動の再開中悪いんだが、そろそろ此処から出るぞ」
どのくらい、そうしていたのだろうか。全く悪いと思っていない、寧ろ面倒臭そうな声が彼らの意識を呼び戻す。
見られてしまった。子供の様に無様に泣きじゃくる姿を。恥ずかしくて居た堪れなくて、周りの喧噪が全く耳に入らなかった。
「おい。此処を出る時の事だが、さっき言ったと思うが、構わないんだな」
だからだろうか。急な問いかけにクレアは何の事だか分からず小首を傾げ――そして彼の言いたい事に思い至り、確りと頷いた。
「はい。何も恐れる事などありません。――貴方と一緒なら」
先程と同じ応えを聴き、男の口唇が上がる。屹度、彼にとって満足のいく応えを出せたのだろう。それを誇らしく思うと同時に、彼が笑ってくれた事が嬉しくて、彼の笑みに見惚れる。
だが、その口の端が意地悪気に歪んだ気がしたのは気の所為だろうか。
「そうか。なら脱出するぞ」
いとも簡単に言ってのけるが、それを疑う事はしない。彼にとってはその程度の事であると、自分は知っている。――そう、思う。
やがて濃密な魔力に包まれ、一瞬浮かびかけた疑念など跡形もなく消え失せる。もう大丈夫だと安堵した瞬間、男の綺麗な手が目の前に翳された。
「――ああ、言い忘れていたが」
「はい?」
見上げた彼の瞳はきらきらと輝き、悪戯を思いついた子供の様な顔をしていた。
気の所為ではない。誰がどう見てもそうとしか思えない程、彼はとても意地の悪い笑みを浮かべていた。
「繋ぐ時、かなり痛ぇぞ」
「え……きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
その瞬間、クレアの全身を耐えがたい激痛が奔った。
「繋ぐ」という事は、クレアの魂は肉体と切り離されていたのだろう。だから、先程教えてくれた通り、彼を媒介にクレアを生かすと、そういう事なのだろう。
未だ生きて居られる事に、そして面倒だと言いながらも助けようとしてくれる彼にとても感謝をしている。なんだかんだと言いながらも、彼がとても優しい事を、自分は知っている。
――しかし、そういう事はもっと早くに言って欲しかった……。
そう思う自分は贅沢なのだろうか?
「「クレア!?」」
「グリード様……」
「貴様っ!!クレアに何をしたっ!!」
アスティン、フランツ、そしてオストロ。彼らの声を聞きながら、クレアはぼんやりと思った。
――嗚呼、やっぱり彼は意地悪だ――と。
今回で重複表現は終わりです。
同じ事を何度も繰り返して鬱陶しいと思われていたかもしれませんが、誰一人として情報を共有出来ていないので、結果こんな感じに。
ずっと書きたかったシーン、魔王様の嫌なサプライズが描けて満足です!!




