さま化け
前後の席は、プリントを回しあうだけで、必要以上の会話は特にない。
両隣は関わると絶対ロクなことが起こらなそうな、いや断言出来るほどの2人。
出来るだけ関わりたくはない。
あと少しで夏休みだ!
それまでは出来るだけ、可能な限り平穏な日々を。
色々あり過ぎて、未だ親の墓参りにも行けていないかった。
ああ、そうだ、そういえば、
思い返せば、
今の俺には何もないんだったな。
夢から覚めるように目が醒めた。
全てが幻のように思えた。
そうであればどれほど良かっただろうか?
チャイムが鳴ったのでドアを開ける。
「おはよー」
夢だったら良かったのに。
「おう、何の用だ?」
「遊びに来たのよ。」
「俺は暇じゃない。」
「私は暇なの。」
何故俺の家なんだ。
「あっそう。
じゃあそういう事だから。」
「まあまあまあ」
閉めようとするドアを俺よりも強い力でこじ開けた。
「まだ夏休みは始まったばっかりなんだからさ。」
「理由になってないぞ。」
力でかなわないなら諦めるしかないか。
まあ、いいか。今日ぐらい。
「おはよう、静江。」
「来たか、おはよう。」
?
こいついつの間に俺の家に入ったんだ?
「何で居るんだあんた。」
「まだ夏は始まったばっかりだからな。
修行だ。」
いや、理由になってなくない?
「とはいえ、まずは準備からだ。
今日は学校の課題を全て終わらせるぞ。」
細かい事考えるだけ馬鹿らしいか。
「1日じゃ無理だろ。」
「やってもないのにか?」
無茶言うな。
もうどうとでもなればいい。
「教えてくれるのか?」
「自分でやれ。」
酷いな。残酷だ。
「はぁ…そのうちやります。
あんまり荒らさないでよ。」
とりあえず自分の部屋に戻ろう。
精神衛生上よろしくない。
「あ、おはよう。」
何でこいつまで居るんだ。
「ハーレムだと思った!?残念!!」
「どこから湧いた?」
「窓の鍵開けっぱなしだったよ?」
常識が通じない相手はこれだから困る。
「不用心だね。」
「今日のところはそういうことにしておく。」
「それにしてもレベル低いね。」
「やった事あるのか、お前。」
「とっくに全クリしてるよ。」
そういえば、しばらくゲームなんて触ってなかったな。
たまに父と遊んでいたので、コントローラーは2つあった。
「なら、ヤるか?」
「けっこー強いと思うよ?」
「上等だ。」
まぐれの1勝も無かった。
「いやあ、こうも負けないと逆に申し訳ないね。」
「思ってもないだろ。」
「すごく気分がいい。」
「だろうな。」
「もっと修行が必要だね。」
どいつもこいつも。
「お、いい匂いがする。」
唐突だが、言われてみればそんな気もする。
「時間もちょうどいいし行こうか。
ちょっとは手伝わないと嫌味を言われるだろうし。」
そうめんだ。
そうめんにひき肉となんか野菜が乗ってる。
「やるわね静江。」
「美味しいです先輩!」
「ありがとう。」
こんな材料家にあったっけ?
「確かに美味い。」
でもさっきの匂いとは少し違うような。
それから監視付きで強引に宿題の半分を終わらせ、
休憩を何度か挟んだが日が暮れる頃には、
頭が真っ白だった。
「じゃあ僕はこの辺で。
お昼ご馳走さまでした。」
やっと1人目が帰った。
「ハイエナ君がやっと帰ったようね。」
酷い言われようだ。
「これでやっと本題に入れる。」
「待った、その前に。」
念のために家中の鍵を確認した。
「気は済んだか?」
「ええどうぞ。」
戻ってくると机にはカレーが置いてあった。
昼に嗅いだ匂いはこれだった。
「お前はいつになったら覚醒するんだ?」
「そんな事言われてもな。
どうすればいいのか、そもそも覚醒についてもまだちゃんと説明されてないし。」
「聞くだけ無駄「静江。」
…はい。」
分かりづらい上下関係だな。
「人間の、一般に言う『覚醒』の意味は分かるな?」
「なんとなく、何かに目覚める、的な?」
「そう、目が醒めるんだ。
人格が眠りから起きる。」
「それで?」
「同じ事。お前の中にある別の人格が目を醒ます。
私の待っている覚醒はそう言う意味だ。」
「…それで?」
「それだけだが。」
「俺が聞くだけ無駄な理由は?」
「今話をしているお前と言う人格が消える。
その何もかも。」
「つまり死ぬのと同じ意味。」
「それをあんたらは望んでいる。」
無言で頷く静江。
「あー、そういうこと。」
「現に今のあなたは消えかかっているのよ。」
「なるほどなるほど。」
これで大体のことが腑に落ちる。
「それで何で"今の俺"が修行しなきゃいけないんだ?」
「もう忘れたか?
お前が弱いからだ。」
「覚醒する前に死なれたら困るって事か。」
「ああ。」
「そうかいそうかい。
分かった。
分かったから今日はもう帰ってくれないか?」
「…ああ。」
「送ってくれないの?」
「ああ。悪いな、俺は弱いから。」
「そう。
お邪魔しました。」
「邪魔したな。」
「気を付けて帰れよ。」
ドアを閉めてすぐに鍵をかけた。
それには何の意味もない。




