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魂の愛  作者: 環道遊星
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第二話 魂の愛

 風は痛いほどに冷たかった。彼女と二人きりであることは嬉しかったが、彼女は他に好きな人がいるのだ。それを思うと少し胸が痛い。

 僕は彼女の言う通りに動いて、一緒にいられれば良い。そう思っていたけど、やっぱり虚しいものがあった。

「ごめんね、こんなことに付き合わせて」

 彼女は白い息を吐きながら言った。

「気にしないで、って言ったでしょ。僕の好きで来てるんだから」

「うん」

 彼女は少し照れ臭そうに俯いた。自惚れではないことを切に祈る。

「それじゃ、ぼちぼち行きますか」


 高校でクラスが一緒になった彼女を僕が好きになるのに、そう時間はかからなかった。

 外見? 性格? 違うと思う。ただなんとなしに、なんの理由も根拠もなしに、僕は彼女のことが気になり、好きになってしまった。

 大体、漫画で「これが恋の始まり」だなんて言うけれど、優しくされて好きになるっていうのはその相手に、ずっと優しい人でいることを無言の内に強要していることにならないか。そもそも優しい人間なんて沢山いるし、お金持ちだって沢山いるし、頭の良い人だって沢山いるわけで、偶然その人と出会っただけであって、同じ理由で他の人を好きになっていてもおかしくないわけだ。この世の中はそんな感じの恋愛にまみれている。あなたじゃなくちゃ駄目なの、とか、そういった言葉がいかに陳腐で、馬鹿らしいものかということを考えている人は少ない。実際にその人でなくてはいけないことだなんてそうそうない。ただ、そういったことは突っ込んで考えてはいけないのだ。それがこの世界の美徳。

 とにもかくにも、僕は「恋の始まり」もなく彼女に恋をしてしまった。僕はそれは、先に挙げたようなありふれた恋愛とは違うと思う。僕のこの感情はきっと魂の愛なのだ。

 そして僕は彼女に、他に好きな人がいると言われ、しかしそれでも諦められずに彼女のそばをうろちょろとしていた。迷惑かもしれないということは分かっているのだけれども、彼女も拒絶はしないしある程度は許してくれているのだろうと解釈している。

 彼女は一つの事件について調べていた。僕は彼女がそれを調べる理由も分かっちゃいない。彼女からはほとんど何も聞いていなかった。それでも僕は彼女の為に、一緒に調べることに決めた。

 彼女はきちんと目的地があるようで、住宅街を迷うことなく歩いていった。

 そして、ある家の前で止まった。表札には佐藤と書かれている。

「知り合いの家?」

「うん。私が調べている事件のこと、知っているかもしれない」

 彼女はふう、と息を吐いてからインターホンを鳴らした。

 出てきたのはちょうど僕達の親世代のおじさんだった。

「おお、よくきたね。入って」

 彼は人の良さそうな顔で僕達を家に入れた。


 佐藤さんは僕達にお茶と茶菓子を出してくれた。

「あの、早速本題に入りたいんですが」

 と、彼女は言った。

「高校の卒業アルバム、見せてもらえませんか」

「おお、言われて準備しておいたんだ」

 彼はそう言って卒業アルバムを出してきて、あるページを開いてテーブルに置いた。

「これが君のお父さん。これが君のお母さんだ」

 彼女は黙って卒業アルバムを見ていた。

 どうして卒業アルバムなんだろう。見たいのなら親に見せてもらえばいいのに。

「あの、こんなことを聞くのは不謹慎かもしれませんが」

 と彼女は切り出した。

「ここにいる中で、亡くなった方は?」

 佐藤さんは少し黙っていた。死者の記憶を掘り起こすということが、どれだけ不謹慎で身勝手なことなのか、彼女にだってわかっているはずだ。彼女はそれなりの覚悟、理由を持ってこの事件を考えようとしている。

「この人だよ。自殺って聞いている」

 自殺?

 彼女は事件の犯人を調べている、と言った。だったら他殺のはずだ。

 彼女はそれが他殺であると確信しているのだろうか。

「あの、この方はどこで、その」

 沈黙。

 どこで自殺したんですか。彼女はそう聞きたかったのだろう。

 だけど、佐藤さんの顔を見たら誰だってそんなこと出来なくなる。

「いい子だったんだ。どうしてあんな子が自殺したんだろうな」

 彼の目に涙はなかった。それでも、彼が悲しんでいるということは明確だった。


 結局佐藤さんから自殺の現場を聞き、僕たちは向かうことにした。

 そこは彼らが卒業した高校だった。

 高校の門の前に立った時、彼女は笑い半分に言った。

「ねえ、生まれ変わりって信じる?」

「なに、唐突に」

 生まれ変わり。あってもおかしくないような、おかしいような。

 生まれ変わりがあったとしても、それは記憶やらなんやらは引き継がれない、という話だったと思う。魂が同じ、というだけだ。

 彼女は結局何も答えなかった。

「行きましょ、屋上に」

「うん」

 高校には、部活動中の生徒がグラウンドにいるだけで、校内はほとんど人がいなかった。

 安全をそこら中で謳っている昨今では、他校の生徒の侵入が禁じられていることも多い。同じようにこの高校も許可をとらなくては他校生徒は入ってはいけない、というような張り紙があった。人がいないのは運が良かった。

 階段をどんどん上り、屋上の扉へ。

「やっぱり鍵かかってる」

 ノブを数回がちゃがちゃやったあと、彼女は呟いた。

「開けられるかもしれない」

 僕は持ってきていた針金を曲げたり伸ばしたりして鍵穴に差し込む。

 昔友達から習った技だった。

「わ、ワルねー」

「何かするならこんくらいの覚悟がなくっちゃね」

 鍵が外れる音がした。

「さ、出ようか」

 ドアを開ける。日の光が、廊下の薄暗さに慣れた目に痛い。

 目が慣れると、先に歩いていた彼女がフェンスの前で立っているのがわかった。

「違う」

 僕は彼女の隣まで歩いて下を見下ろした。

「違う。ここじゃない」

「何が?」

「こんなフェンスがあったら、落とせないもの」

 確かにそうだった。あたり一面、高めのフェンスで囲まれていて落とすどころか飛び降りることだって難しい。

「でも、佐藤さんは自殺って言ってたじゃんか。フェンス高めだけど、登れば飛び降りることはできると思うけど」

「ううん、自殺なんかじゃない」

 彼女は俯いてしまった。

「どうしてそう思うの?」

「私だから」

「え?」

「私は、断片だけれども覚えているの。前世の記憶ってやつ」

 僕は絶句してしまった。前世の記憶。生まれ変わる前の記憶。

 それがあると彼女は言ったのだ。

「それはただの夢で関係ない、とか……」

「だって、覚えているもの。この高校の構造も、一緒に高校を過ごした人の名前も。でも、私を殺した人だけ思い出せない。私、誰かに呼び出されて、殺されたの」

 彼女は一気に喋り出した。今までせき止めていたかのように。

「あなたも、信じてくれないの?」

 彼女は悲しそうな顔で僕を見た。そんなはずない。僕が君を信じないだなんてことありえない。

「僕は、信じられないけれど、信じようとしてみるよ。とりあえず一緒に、殺されたっていう教室を探してみよう。それが分かれば僕も信じられる」

「あ……」

 彼女は信じられない、というような顔をした。

「頭疑ったりとかしてない?」

「頭がおかしくたって僕は君のこと好きだから」

「う……」

 彼女は恥ずかしそうに顔を背けた。僕も相当に恥ずかしくて、俯いてしまう。

「と、とりあえず探してみよう」

「そ、そうだね」

 恥ずかしかったけれども、彼女の心が少し開いたような気がして僕は嬉しかった。


 屋上から飛び降りたと言っても不自然のない教室から落とされたであろうということを基準に僕たちは教室を周った。

「私ね、中学生の頃事故にあったの。お父さんの運転していた車が赤信号突っ切っちゃって、横から車がね。私もお父さんも一命を取り留めた。だけど数ヶ月寝たきりだったの。その間私はずっと夢を見ていた。それが前世の記憶。お父さんとお母さんと同じ年で、同じ高校に通ってたみたい。二人の友人の名前とか聞いて、知っている名前だったから多分本当に私生まれ変わりなの」

 案外早くその教室は見つかった。

 まず、入った瞬間に彼女がまず座り込んだ。

「ここだ……」

 彼女は座り込んだままそう呟いた。

 僕の手に掴まって立ち上がった彼女はふらふらと窓辺に向かった。

「思い出した? 誰に殺されたの?」

「あ……私……」

 僕から見えていたのは彼女の背中だけだったけれど、彼女が泣いていることは明らかだった。

 どうして彼女が泣いているのか。殺された時の恐怖の為か、それとも殺した相手がとても仲がいい人だったのかとか、色々と理由は考えついたけれど現実はもっと残酷だった。

「お母さんに、殺されたんだ……」

 ある女性に殺された。そして生まれ変わりがその女性から生まれてしまった。

 そういうことらしかった。


 彼女は動機はわからない、だけど犯人がわかって満足だと言った。

 自分を殺した母親のもとで住み続けるのか、と僕は心配したけれど、彼女は「それでも16年間一緒に暮らしてきたんだよ」と言って家に帰っていった。彼女はきっと何事もないように親に接するのだろう。

 別れ際、僕は彼女にもう一度告白をした。だいぶ打ち解けたと思っていたけれど、やっぱり無理だと言われてしまった。

「ごめんね。やっぱり私、好きな人がいるから。叶えられない恋だって、知ってるんだけどね」

 と、彼女は自嘲的に笑った。

 彼女が家の方に去っていくのを見送った僕は、電信柱にもたれかかってため息をついた。

 これは、違う。彼女の恋はそこら辺にあるようなものじゃない。

 僕は佐藤さんの話を思い出していた。


「ごめんなさい、ちょっとお手洗い借りますね」

 そう言って彼女がトイレに行っている間に、佐藤さんは僕に少し話をしてくれた。

「君、あの子の彼氏かい?」

「いえ、違いますよ」

 そうなればいいんですけどね、と僕は心の中で付け加える。

「少し、ショッキングな話をするけど。さっき見せた自殺した子はね、もともとあの子の父親の恋人だったんだよ」

「え……」

「自殺した子は佳代子、って言うんだけど。佳代子が自殺してからあの子の両親は付き合うようになってね。彼女には言わないでくれよ?」


 その時は恐らく恋人が自殺してしまったという傷を埋めるために付き合い始めたのだと思っていた。

 だけど、どうやら違うみたいだ。

 ――少し、ショッキングな話をするけど。さっき見せた自殺した子はね、あの子の父親の恋人だったんだよ。

 ――ううん、自殺なんかじゃない――私だから。

 ――お母さんに、殺されたんだ……。

 ――自殺した子は佳代子、って言うんだけど。佳代子が自殺してから、あの子の両親は付き合うようになってね。彼女には言わないでくれよ?

 ――ごめんね。やっぱり私、好きな人がいるから。叶えられない恋だって、知ってるんだけどね。

 彼女が、生まれ変わる前から愛していた人を、生まれ変わった後でもずっと愛していたとしたら。

 彼女はきっと殺された理由だって分かっていたのだ。それでも、それよりも、あの家にいることを選んだ。自分を殺した母親がいるのに。なぜか。彼女は愛しているからだ。誰を? 彼女の、父親を。そうだ。魂の愛。それは、僕の彼女に対する想いなんか比べ物にならない。

 ならば僕も、彼女をずっと愛そう。彼女がいくら他の人が好きだろうと関係ない。僕は彼女の役に立てば良い。それで、いいのだ。


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