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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嫌いなあいつが私を好きらしい。

作者: 柚子茶

嫌いだった、すべて。

私の世界は狭く閉じこもっていた。

私を見下ろして歪んだ表情で笑う奴らを見て絶望した。

世界が終了のお知らせ。




私は誰かの意志を持って動く私の足をじっと見ていた。

重い足取りで一歩一歩、確実に学校に向かって動く。

ポツリと雨が頬を伝い、撫でる。

ポツポツと降っていた雨は次第に土砂降りとなり、全身で雨を感じた。

張り付く服の感触、下着まで浸透して、靴はびちゃびちゃと嫌な音を立てる。


風邪を引いてしまえばいい。

そうすれば、大義名分ができて学校に来なくてもよくなる。


私の横を通る通学生は私を見て驚き、笑った。

胸に突き刺さる笑い声。心底おかしいように私を見て笑う奴ら。

私はその場から振り切るように駆け出した。



教室行く前に顔も知らない先生に呼び止められ、保健室に行くように言われた。

素直にそれに従い、保健室に向かった。足取りは軽かった。

保健室では、養護教諭の先生が私を暖かく迎えてくれた。先生に差し出されたタオルで水気を取り、ジャージに着替えて、心暖まるココアを頂いた。


ああ、このまま、教室に行かず、此処にいたい。


「・・・先生。まだ此処に居ちゃ駄目ですか?」

「そうね、朝のホームルームが終わったら教室に行くのよ」

「・・・わかりました。お昼にまた此処に来てもいいですか?」

「ええ、いらっしゃい」

「ありがとう。先生」


これで逃げ場所ができた。

辛くなったら此処に来よう。怪我してなくても受け入れてくれるのなら。



突然、保健室にガラッと開き、侵入者が入ってきた。


「あー、もう、ここにいた。心配したんだよ、いつまで経っても教室に来ないから」

「そうだよ。ほんと怪我でもしたんじゃないかって心配してたんだから。ほら、行こう。朝のホームルーム始まっちゃう」


私は手に持っていたココアを落とした。

ジャージ越しに熱いココアが降りかかる。

火傷したかもしれない。

だけど、そんなことより、何故、此処に彼女たちが来たのか、気になった。

全身が硬直して、動かない。

先生は彼女たちを見て安心したように私に笑いかける。


「良かったわね、友達が迎えに来てくれて。お昼もここに来るより友達と一緒にいなさい。・・・あら、ココアこぼしちゃったのね。はい、タオル。ねえ、あなた達、この子にジャージ貸してあげてくれる?」

「もちろん、そのつもりですよ」

「あ、私の貸すよ。サイズぴったりだし」

「お願いね」


彼女たちは私の腕を取り、先生に見えないようにきつく締め上げる。

友達、皮肉な響きだ。以前は当たり前に受け取っていた言葉なのに今はこんなにも違和感を覚える。

友達なんかじゃない。裏切り者だ。

私を見捨てて、イジメる側に回った許し難い敵。


彼女たちは無言で私の腕を引っ張る。人間と思っていないような乱暴な扱いに腕が悲鳴を上げる。

それでも文句を言わず、大人しく彼女たちに従う。

格差社会なのだ。私は今や底辺。上に逆らったら消される。


教室に着くと、頭の上にチョークの粉が降りかかる。

黒板消しが頭に落ちてきたようだ。

古典的で命中率が低いと評判の黒板消し落とし。

ドアの上に挟み、ドアが開いたと同時に頭に降ってくるといったもの。

奴らのイジメは古典的で昭和を思わせる。


ジャージはココアで染みになり、チョークの粉で頭は真っ白に染まった。

クスクスと隣にいた彼女たちは底意地悪そうに笑ってくる。

私の目の前にいる主犯の奴はニヤニヤと笑ってこちらに近づいてくる。

近づくな、ヤクザ。消えろ、人間のクズ。

罵倒が、心の叫びが、私に襲いかかる。

奴は私の腕を引っ張った。私は反動でよろけて転ぶと、私の上にまたチョークの粉が降ってきた。次から次へとゴミが私へ投げられる。

悔しい。心底悔しくて、涙を耐える。

私をイジメる奴らも友達だと信じていた彼女たちも無関心を気取ってる奴もみんなみんなだいっ嫌いだ。


「・・・先生が来たわ」


混沌とした世界に一寸の静寂。

彼女の一声によって奴らは途端に興味を失ったように各々の席に着く。

彼女は私に目もくれず、主犯の奴を呼ぶ。

主犯は大人しく彼女に従い、彼女のもとへと駆け寄った。

彼女こそ格差社会の頂点。主犯でさえ逆らえない裏の支配者。

彼女自身は私に何もしてこない。ただ、私を無機物のように扱うだけ。

薔薇のように美しく棘があり、常に無表情で笑った顔を見たことがない。

しかし注意深く見ていると、主犯の前だと表情を緩める。

彼女は主犯が好きなのだろう。

悪趣味にも程がある。何でよりによってあんなヤクザみたいな奴なんか。


私はチョークの粉を払い、一旦教室を出て、手洗い場に向かった。

豪快に頭から水を被り、顔を洗い、ココアの染みを落とした。そして、先生から借りたタオルで拭く。


「何をやってんの」


後ろから声をかけられて驚いた。

急いで後ろを振り返ると、そこには雨に濡れた美少年の姿が。

これぞ水も滴るいい男、か。

肌に張り付く制服が魅惑的で、思わず顔が熱くなった。


「そ、そっちこそびしょ濡れだよ。は、はい、タオル。私が使った後で悪いけど」

「タオルなら持っているからいい。それよりわざと水被ってたでしょ、あんた」

「えっと、頭を冷やしたくなって・・・」

「ふーん、外に行けば雨降ってるのに変なやつ」


彼は以前、私のことを助けてくれた。

集団で奴らが私を取り囲んで、私の制服を切り刻もうとした時に、彼だけは『何してんの』と止めてきてくれた。

彼は何も映さない瞳で真っ先に裏の支配者である彼女を見つめた。

二人はお互いに無表情で見つめ合った後、彼女はふと顔を逸らして教室から出て行った。

彼女が出て行って、主犯が彼女の後を追って出て行った。

私を取り囲んでいた奴らも散らばった。

彼の一声によって、その日はイジメられることはなかった。

彼がいてくれるからどんなに辛くても私は学校に来る。彼だけが私の支え。

私は彼のことが好きだ。この思いは誰にも負けない。

彼のことが好きな女の子はたくさんいる。よく放課後呼び出されては全部告白を断っているらしい。誰か好きな人がいるとか。

女の子たちは彼の好きな人を探してヤケになっている。彼にイジメを庇われている私が気に食わないのかイジメに乗じて嫌がらせをしてくる女の子がいる。

彼が私のことが好きでイジメを庇ってくれているのなら、いいのに。


キーンコーンカーンコーン

チャイムが鳴る。急いで教室に入った。

担任はチラッと私と彼を見て、直ぐに前に向き直る。

担任は私のイジメを無関心でやり過ごす。

教職の風上にもおけない性根の腐った大人だ。

どいつもこいつも最低最悪。彼しか良心はいない。


自分の席に着くと、机は落書きだらけで汚れている上に一輪の菊の花がバケツの中で飾られていた。

座ろうにも椅子がない。

仕方なく立ったまま、授業を受けることに。

1時間目の授業がそのまま始まり、教科書を取り出し開こうとすると、指が切れ一筋の血液が垂れる。

教科書にはカッターの刃が仕込まれていた。

古典的過ぎて反吐が出る。

クスクスと笑い声と共に、消しゴムのカスを私の背中目掛けて飛んできた。

痛くない、全然痛くないんだから。


1時間目終わってすぐ、保健室まで絆創膏を取りに行った。

快く私を受け入れてくれた先生だったが、さすがに本日二度目の訪問。不審な顔をしていた。

それでも何も言わず、絆創膏を用意してくれた。

お礼を言って、2時間目が始まる寸前に教室に戻ると、一斉に顔がこちらに振り返る。

一種のホラーだ。


「おいおい、遅い帰りじゃねえか。え?愛おしいお前をずっと待ってたんだぞ」


このゲス野郎。何が愛おしいだ、気持ち悪いんだよ。

主犯を無視して黒板を見ると、自主と大きく雑な文字で書かれていた。

なるほど、自主ね。このくそったれ。こんなことなら屋上でも行けば良かった。

キョロキョロと教室の中を見回した。彼の姿はない。


「残念だったな。愛しの王子様はお前を探しに出かけたぞ」


私を探しに?

胸が高鳴る。驚いて主犯の顔をマジマジと見つめた。いつも遠まわしで睨みつけることが精一杯だった主犯の顔。

私が喜んでいたのが気に障ったのか、顔を歪めて邪悪な表情になった。

あ、やばい。殺されるかも。

目を固く瞑り、身体を丸めて、両手で頭を庇う。

十秒、二十秒と沈黙が続き、恐る恐る目を開いた。

主犯は握り拳を壁に叩きつけていた。あと1センチズレていたら私の顔に当たっていただろう。

主犯は壁にめり込ませた拳を退かして、ドアを蹴り倒し教室から出て行った。

廊下から男の悲鳴が次々と上がった。

廊下を見ると、主犯の手に寄って男たちがなぎ倒されていた。

顔が青ざめる。もしや、私が男だったらこれの被害に。お、女で良かった。


私はフラフラと教室から出て、屋上へと向かう。

屋上には人気がなかった。しかし、裏の支配者である彼女がフェンスにもたれて立っていた。

絵になる光景だった。綺麗でサラサラとした髪の毛が彼女の頬を撫でる。

土砂降りだった雨は上がり、空には虹がかかっていた。


「通り雨だったようね」

「え、あ、うん」


突然、彼女はこちらを振り返らずに声を発した。

びっくりした。いつだって私を見て、私を映さない人だったのに。


「ねえ、言いたいことあるでしょ、私に」


彼女はゆっくりと振り返り、私を目に映した。改めて綺麗な人だと思った。

唾を飲み込み、震える声で彼女に問いかけた。


「あなたがあいつに指示してるの?」

「ええ、そうよ。全部私が命令したこと」

「どうして、そんなこと。私の何が嫌なの!」

「・・・そうね。あいつはあなたのことが好きなの。でも、素直になれない。だから、私が壊してやろうとしたのよ。すべてね」

「え、あいつが、私を好き・・・?冗談でしょ。だって、あいつは一番私のことをイジメて」

「冗談じゃないわ。本当よ。あいつは私に逆らえない。私が命令すれば、どんなに好きな子にだってイジメるわ」

「・・・仮にあいつが私を好きだとしても。あなたが私をイジメる理由にはならない」

「わからない?私はあいつが好きなの。だから、あいつが好きなあなたが憎いってこと」

「それだけが、理由で・・・?」

「単純明快でしょ」

「私は、あなたが裏の支配者であっても、理不尽な理由でイジメてこない人だって信じていた、のに」


彼女は今まで無表情だったが、少し眉を動いた。なんとなく困ったような気がしたが、一瞬でまた元の無表情に戻った。


「・・・ねえ、盗み聞きなんてしないで出てきたら」


彼女は私の後ろに声をかける。

後ろを振り返ると、そこには読めない表情で立っている彼の姿が。


「気づいていたか」

「彼女が心配でついてきたの?」

「元々、俺が先に屋上にいて、後から屋上に来たのはそっちだ」


ガーン。私を心配して探しに出かけたなんて言った奴、誰だよ。嘘つきやがって、糞が。


「・・・ねえ、二人は仲がいいのかしら。恋仲とか」

「いや、全然」

「そう、片思いってわけね」


ガーンガーン。・・・全然って、少なくともイジメを庇ってくれる程度には仲がいいと思っていたのに。


「なら、私とお付き合いしましょう」

「え、え、な、何を言ってるの。さっき、あいつが好きだって言ってたのに」

「あいつのことは好きだったわ。でも、もういいの。あなたが好きな彼を手に入れば。安心して、私たちが付き合うようになったら、あなたのイジメはもうさせないわ。ね、快適な学園生活が戻ってくるの、いいでしょ?」

「いいわけないでしょ!彼のこと好きじゃないくせに」

「俺は別にいい」

「いいの!?なんで、どうして」

「好きだから、いい」

「え・・・好きなの、彼女のこと」

「ああ、好きだ」

「私は無表情の人、好きじゃないわ」


なら、付き合うなよ!

だいたい自分も無表情のくせに。私から彼を奪いたいだけで好きでもない人と付き合うなんてどうかしてる。

彼も彼だ。彼女に言われてそんな笑顔。一度も見たことないよ。ずるいよ。

私のこと助けてくれたのはなんだったの。

どうして期待させるような真似なんて。


「私を助けてくれたのに。私の味方だと思っていたのに」

「?・・・なにか助けたか」


覚えられてもいないってこと。

はぁ。現実は上手くいかないな。美少年と美少女がくっつくように世界はできている。

それが摂理。自然。当然のこと。

なら、私は一体なんなんだ。


「あいつが来たようね。私たち、もう行くから。それじゃ」

「お嬢、こんなところに居ましたか。あまり外にいるとお身体に触ります。さあ、中にどうぞ」

「ねえ、もうあの子のイジメ止めてあげて。飽きちゃったわ」

「はっ?お嬢、何を言って」

「ね、命令よ。全員に伝えて、あの子のイジメを止めろって」

「・・・わかりました」


最後に彼女は主犯の耳元でボソッと呟いた。

主犯の顔がこれでもかっていうくらい驚いていた。

彼女は彼の手を取り、恋人繋ぎで屋上から出て行った。


失恋かぁ・・・。屋上ってどれだけ高いのかな。

フェンスを乗り越え、風景を見渡す。

風が心地よく気分が良かった。ああ、今ならこの大空を飛べそうだ。


「お、おい、止めろ!何してんだ、こっちに戻ってこい」

「はあ?この方が都合いいでしょ、あんたも。彼女はあんたが私を好きとかふざけたこと言ってたけど、私をイジメている時のあんた、すごくいい顔してたよ。だから、あんたの目の前で此処から落ちてあげようとしてんの、感謝しなさいよ」

「わ、悪かった。謝るから、止めてくれ」

「どうして止めんのさ。私が消えて満足でしょ。なに、罪悪感が残るから嫌だって?人を見殺しにした奴になりたくないって?甘えんな!あんたは私の最後を見届ける義務がある。私が此処から落ちて欲しくなければ、あんたが落ちろ。運が良ければプールに直撃するよ」

「・・・っ」

「無理ならいい。あんたも死にたくないでしょ」

「止めろ、お願いだ、止めてくれ」

「じゃあね、最低男。あんたのこと、世界で一番嫌いだったよ」


フェンスから手を放し、身を宙に投げた。

ああ、ジャージで良かった。これでスカートだったらあいつにパンツがモロ見えじゃないか。

自分の体重の重さで加速していく落下速度。アスファルトに叩きつけられたらスイカ割りのようにグチャグチャに割れちゃうのだろう。

うわぁ。そんなの絶対掃除したくないわ。清掃員さん、ごめんなさい。

全身に風を感じながら、両手を広げて、地面を受け止める準備をした。

目を閉じて、これから残される皆のことを思った。不思議とどうでも良かった。

不意にグイッと引っ張られた。背中から温度を感じて、私のお腹や胸を抱き締める腕。

後ろを振り返ると、奴が、世界で一番嫌いなあいつが私を抱き締めていた。

ニヤっと笑う。初めて見る歪んでない笑顔。


「死ぬ時は一緒だ。最後まで責任持って見届けやるよ」

「・・・へえ。かっこいいじゃん。それなら地獄までついておいで」


私たちは一緒に落ちた。

衝撃は泡となり、消えた。私たちの意識も消えた。


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