人生リセットスイッチ
梅雨も明けて、日差しはきつく、その日は暑かった。
面倒な事が嫌な俺は高校に入ってから、部活なんてしていないので、授業が終わると真っ直ぐ帰宅である。
そんな帰り道に、俺は出会ったのである。
俺は駅から家に帰る途中、広い公園を通る。この公園の中を斜めに突っ切っるとショートカットになるんだ。
暑い時間帯に小さな子供が遊んでいる訳もなく、ほとんど無人状態である。
ブランコ、滑り台、砂場。どれも、空しく時を潰している。
それって、俺と同じじゃんかよ。
まぁ、そんな事はどうでもいい。まずは家に帰って、エアコンの効いた部屋でぐたぐたしたい。
額に流れる汗を拭きながら、俺はそう思っていた。
そんな帰り道、公園の出口に差し掛かろうかと言う場所で、俺は荒んだこの世の現状を見た。
浮浪者?
そんな感じの男を中学生風の男子数人が取り囲んでいるのだ。
「きっちゃねぇなー」
「お前さぁ、そんな生活していて恥ずかしくないのかよ」
「社会のごみだな。ごみは掃除しないとな」
自分より弱そうな者を見つけ、攻撃する。しかも、自分たちで作り上げた、自分たちの行動を正当化する訳の分からない理由を掲げて。
はっきり言って、俺はそんな奴らは嫌いだ。とは言ってみても、面倒な事が嫌いな俺がこんな事にかかわる理由はない。
そのまま通り過ぎるのが、俺だ。
俺は目の前のもめごとにはかかわらず家を目指して、歩き続ける。ところがだ、あろうことか、その浮浪者みたいな奴が、俺に助けを求めてきたのだ。
そいつはいきなり、俺の服を掴み、哀願するような目で、俺を見つめて、こう言った。
「助けてください」
俺の身体はでかいし、威圧感はあるだろう。頼りにされる理由が無い訳ではない。
面倒な事に巻き込まれちまった。取り囲んでいた中坊たちが俺の周りにやって来た。
俺にだって、プライドはある。このまま走って逃げるほどチキンなんかじゃない。
仕方ない。俺は覚悟を決めた。
「弱い者いじめは止めな」
顔つきは俺に逆らうなら、ぶん殴るぞ!と言うオーラを漂わせ、声は怒鳴りつけるような声音で。
そして、いつでも手を出せるように、右手の拳に力を込める。
かかわりたくは無かったが、実際、こいつらのやっている事が気に入らなかったのは確かである。
そんな俺の威圧に、相手が少しひるんだのを感じた。
「ああ?どうなんだよ?」
ずいっと、一歩踏み出しながら、どなって、俺はもうひと押しした。
奴らはお互い顔を見合わせると、引き下がり始めた。
勝った。俺は思った。面倒なことにならなくて、よかった。それが本心だ。
「じゃ」
浮浪者のような男にそう言って、俺は再び歩き始めた。
「待ってください」
まだ何があるんだよ?俺はそう思いながら、男を見た。男はごそごそと自分のぼろっちい服のポケットに手を突っ込んで、何かを探している。
やがて、男は何かボタンのついた小さな箱状の物を俺に差し出しながら、こう言った。
「助けてくれたお礼に、これを差し上げます。
これはある科学者が造った人生を一日リセットする装置なんです」
「はい?」
俺が助けたこいつはただの浮浪者ではなく、ちょっといかれているのかと思った。
人生リセットできれば、お前こんな事になってないんじゃね?
しかもだ、もしそんな便利なものがあったとして、どうしてそれをただで他人に譲るんだ?
不審げに思い、受け取りそうもない俺の気配を察したのか、男は突然俺のズボンのポケットにそれを突っ込んできた。
「お、おい、何すんだよ!」
俺はそう言って、身を引いたが、その装置は俺のズボンのポケットの中に納まってしまっていた。
勝手に入れやがったぜ、こいつ。
こう言っちゃあ、こいつに悪いが、汚い物を入れられた。
俺はそんな気分がして、慌ててそれをポケットから取り出した。
「ほら、返すよ」
俺は取り出したそれを男に差し出しながらも、少し興味があったので、視線はその装置に向かっていた。
昔流行ったクラムシェル型の携帯くらいの大きさのもので、筐体は樹脂のようだ。
ボタンが1つ付いているだけで、他には何もない。そして、不用意にボタンを押さないためか、ボタンのところには保護カバーがついている。
「そんなものなら、あんたが持っていろよ。
何かの役にたつだろう?
そもそも俺は礼なんていらんのだから」
「いや、僕はもういいんです。
僕はもうこれは使わないと決めていたんだ。君みたいな立派な若者が持っていた方がいいはずですよ」
そう言うと男は俺に背を向け、よたよたと歩き始めた。
「おい、待てよ」
俺は男の肩に手をかけ、男を引き留めた。男が振り返ったので、俺はその装置を差し出した。
「信じてないかも知れないが、本当だよ。
押してみたらどうだい?」
「は?」
俺は正気かよと思った。少し挑発を受けた気分だ。ここで、俺がこのボタンを押したら、その話が嘘だとばれる訳で、男はここで恥をかくことになる。押せないとでも思っているのだろうか?
「いいだろう。押してやるよ」
これが爆弾だったら?なんて事が、少し頭の中をよぎったが、勢いから言って、もう後戻りはできない。俺もチキンじゃない。
俺は左手に持っている装置の保護カバーを右手で開け、ボタンを押した。




