序章
はじめましての方も、お久しぶりの方も居られると思いますが、鬼柳堂に御座います。
改稿前の緊急告知をお読みになられた方には言うまでも御座いませんが、此方は拙作「Satan's contactor~悪魔の契約者~」の大幅改稿版となっております。
もし改稿前をお読みになられた方で、緊急告知を読まれていない方には、登場人物の氏名が主人公含め一部変更してあることをお伝えしておきます。
「……あ?」
突如、胸部に衝撃を感じた統也は、咄嗟には自分の身に何が起こったか分からず、間の抜けた声を上げた。
右胸が焼けるように痛い。
統也は、いまだ混乱が収まらぬままに、違和感を感じる右胸に目をやった。
赫。
陽光に照らされ、どこか艶めいた輝きを返すその真紅は、錆付いた臭いを放ち統也の体を赤に染めていた。
「あ……え……?」
紛れもなくそれは、血。溢れ出る鮮血が、統也の体を伝って地面に広がっていく。
刺された。
そう理解するのに、時間は掛からなかった。
人ごみの中、鼓動と共に血を噴き出す胸を押さえ、痛みと混乱で呆然と立ち尽くす統也に、ようやく周囲の人も異常に気が付く。同時、足に力の入らなくなった統也は、鮮血を撒き散らしながらゆっくりと地面に倒れ付した。
十代も半ばの少年が夥しい量の血を流しながら倒れ行く光景に、悲鳴と喧騒が辺りを包む。
「ごぼっ……がっ……」
息を吐く毎に肺に鋭い痛みが走り、苦痛の呻きは喀血となり路上を紅く染める。
過ぎた痛み故か、流れた血の多さ故か、次第に感覚が薄らいでゆくのを統也は感じていた。
薄れ行く意識で少年が抱いたのは、自らに下った理不尽への憤怒であっただろうか。
――こんな、こんな事で……死ぬのか、俺は…………!
呆気ない、余りにも呆気ない最期。怒りと苦痛、そして何より死に対する恐怖の感情が混ざり合う中、統也は今まさに自らの寿命が尽きんとしていることを自覚する。
死への恐怖。それが、数年前から統也の性格の根幹を成しているもの。
幼い頃、目の前で親兄弟が惨死して以来、只一人生き延びた統也の心の奥底には、常にその感情が暗く耀いていた。
幼くして、間近で死を見せ付けられたが故に。
最も親しい者がその犠牲となったが故に。
それは、決して表に出ることはなく、然し、自身が生き延びたのが只の偶然でしかないと理解したが故に、幼子の見た惨状は宛ら呪いの如く、彼の心に深い傷を刻み込んだ。
消えかけた命の滓火に縋るかのように、統也の腕が僅かに動く。だが、既に命の大半が流れ落ちた統也の体には、其れが限界だった。
最早指一つ動かせなくなった身体から、命の灯火が消えるかの如く熱が引いていく感覚を、靄が掛かった様な虚ろな意識の中、統也は何処か他人事のように感じていた。
血溜まりが広がっていく。
暗転する視界の中、少年はその短い人生の幕を閉じた。
To be continued