第9章 いらだち
「そうだ! いいこと思いついたぞ。お前の魔法であの霧を吹き飛ばしてくれよ! 『ウインド』の魔法くらい使えるだろ?」
牙の言葉にクラリットは首を横に振った。
「……残念ですが、それは無理です。あの霧は『魔霧』です。魔力を秘めているのです。ガリゲイオスよりも強大な魔力を持ったベテラン魔法使いならまだしも、僕の魔力ではあの霧を払うだけの力はありません」
「使えねーな! 結局、俺一人で戦うしかないわけか! お前邪魔だからどっかいっていろ」
そう言うと、牙はクラリットを突き飛ばした。勝敗の見えない戦闘に身をおく覚悟が出来ていない牙は、正直いらだっていた。
(このまま戦えば、最悪俺は命を落とすかもしれない。しかし、ここで逃げ出せば、ガリゲイオスはグリーン王国へと攻め入るだろう。そうなれば、いくら経験豊富な騎士達が奮闘しようとも、甚大な被害が出るだろう。『感知能力』を持つだけでも厄介なのに、さらに『魔霧』で視界を奪われたら、多くの国民が混乱して、状況を理解できないうちに殺されてしまうだろう……)
牙は過酷な選択を迫られていた。戦うか、逃げるか。
今はまだ、ガリゲイオスの標的は牙であり、いつまた巨大な剣が踊りだすかわからない状況下、ガリゲイオスが戦闘態勢を解き、その場を動く気配はない。しかし、それも時間の問題だった。あと数分経って、自身への攻撃がなければ、敵は逃亡したとガリゲイオスが判断しても不思議なことではないからだ。
(せめて、少しでもいいから勝利の可能性が見えれば、この戦いに身を投じる覚悟ができるのに……)
「僕に、策があります」
牙のもやもやとした思考をかき消すように、クラリットは胸を叩きながら発言した。
「うるさい役立たず! お前みたいな新米がどうこうできるレベルじゃないんだよ!!」
時間がない中、決断を迫られていた牙はさらにいらだっていた。
「……確かに、僕には強大な魔力もなければ、強靭な肉体もありません。でも、僕には誰にも負けない『知識』があるんです!」
クラリットは強い瞳で、自らの存在価値を叫んだ。
『自分の存在価値』、それを他人に知らしめるということは並大抵のことではない。多くの人はそれをあきらめて日々を送っている。でも、自分の存在価値を叫ぶことができる人間こそが、時代を引っ張っていく人間なのだ。クラリットはそれを、無意識下で理解していた。叫ぶことは、力だ。エネルギーだ。叫ぶことを知らない現代人よ! 今こそ叫ぶのだ!
~用語解説~
『ウインド』
風を創り出す魔法。その威力は魔力の量に比例する。強大な魔力の持ち主であれば台風並みの風を創り出すことができる。ちなみに、スカートめくりのために使うことは重罪である。これは人類共通のルール。しかし、スカートめくりで捕まる者は後を絶たないと言う……。