第8章 クラリットの話
今回、最後のほうに『用語解説』を書き加えました。
少しでも、ダンシングソードの世界観がみなさんに伝わればいいな、と思います。
「おい! お前はやく逃げろ!! あいつは『感知能力』を持っているんだぞ!」
牙は新米魔法使いクラリットの胸倉を掴むと、鬼の形相で怒鳴った。
「ぐ、ぐるぢぃいです……だ、大丈夫ですよ……」
「大丈夫だと? お前『感知能力』の恐ろしさも知らないのか!! ……うぅ……」
牙は頭を抱えて、痛みに耐えた。先ほどのガリゲイオスから受けたダメージが、かなり効いているようだった。
「ほんとに大丈夫なんですよ!! 僕を信じてください! あの大型モンスターは鼻角から出しているあの白い『魔霧』の中でしか、『感知能力』を使えないんです! だから、霧の外にいれば安全なんですよ」
(『魔霧』……? 確かに、今俺は白い霧の外にいる。そして、先ほどまで猛攻を見せていたガリゲイオスが、攻撃を止めている。見方によっては、目標物を失って、困惑しているように見えないこともない。しかし、ガリゲイオスもかなり疲弊しているはず。ただ単に攻撃するのに疲れて休んでいるだけ、とも考えられる……)
ガリゲイオスから受けたダメージもあり、牙の思考は朦朧としていた。
「いいですか、牙さん! 僕の話を聞いてください。このまま攻防を続けていても、牙さんの分が悪いことは明らかです。ここは、急所一点集中で決めるべきです! 牙さんの“力”と僕の“知”があれば、絶対に勝てます!!」
新米魔法使いクラリットは、歴戦のつわものである牙を前に、堂々たる態度で言い放った。その熱意に負けた牙は、
「俺のダメージが回復するまでに、話せ」
と言い、クラリットの話に耳を傾けた。
正直、牙自身このまま攻防を続けても勝ち目はないと感じていた。視界の悪い白霧の中から急に飛んでくるパンチをしのぎながら、こちらの攻撃を当て続けることは、大型モンスターとの豊富な戦闘経験をもつ牙でも容易なことではなかった。
「あのモンスターの弱点は、ズバリ鼻角です」
クラリットは牙の止血作業を手伝いながら、少し早口で話した。
「ラミールの野郎はそんなこと、一言も言ってなかったぞ! モンスターに弱点があるなら、それを報告するのが依頼主の義務だろうが!!!」
牙は今回の大型モンスター討伐の依頼主であるラミールに対して怒りをあらわにした。そんな牙をよそに、クラリットは話を続けた。
「……牙さんの怒りわかりますが、とりあえず聞いてください。あの鼻角にはガリゲイオスの魔力が一点集中しているのです。なので、『魔視』の魔法を使えば、この霧の中でも弱点である鼻角の位置を知ることができるんです。さぁ! 牙さん、『魔視』の魔法を使って、あの鼻角へし折ってきてください!!」
クラリットは一通りの説明を終えると牙の背を叩き、「あとは一人でがんばってください」という気持ちを込めて、エールを送った。しかし、そのエールは牙に届かなかった。
「……すまん。俺、魔法が使えないんだ」
「えぇーーー!!! うそ!? だって、さっき『ゲート』と『スタンプ』の魔法使っていたじゃないですか!? 『スタンプ』は空間認識魔法と物質魔法の混合魔法で、高等魔法に分類される魔法ですし、『ゲート』に至っては、超魔法の一つじゃないですか!! あんなにすごい魔法を使える人が、初級魔法の『魔視』が使えないなんて……冗談ですよね?」
「……すまん。あの魔法は、『魔具』の力なんだ。俺に魔法の才能は、これっぽちもないのさ……」
牙は少し寂しい表情でそう言うと、立ち上がり、再び戦闘準備を始めた。
~用語説明~
『魔視』
魔法の源である魔力を認知する魔法。相手の魔力の強さを測ることができる。また、魔力を持った大型モンスターに対して使えば、魔力が集中している場所を知ることができる。
『魔具』
魔力を秘めた道具のこと。主に装飾品であることが多い。魔力を持たないものでも、魔具の魔力を使って魔法を使うことが出来る。強力な魔具には呪いがかかっていることがある。
『初級魔法』『高等魔法』『超魔法』
それぞれ、魔法のランクわけの用語として使われている。
初級魔法……一番低ランクの魔法。魔法使いだけではなく、一般人でも使えることが多い。クモの巣のようなネットを操る魔法である『ネット』や魔力の流れを見ることができる魔法である『魔視』などがある。
高等魔法……高ランクの魔法。熟練の魔法使いでも高等魔法を扱えるものは稀である。高等魔法が使えるだけで”天才”と称されることも多い。様々な魔法を組み合わせた複合魔法であることが多い。
超魔法……歴史の中でも使えるものは数えるほどしかいない超魔法。超魔法を使えるものは皆、歴史に名を残す偉人ばかりである。
『魔力』
魔法の源。魔法使いはこの魔力をもとに魔法を使用する。モンスターにも魔力を持つものがいる。モンスターが使う魔法のことを『特殊能力』と呼ぶ場合もある。魔力には『強い・弱い』があり、魔力の弱い魔法使いが使う魔法は、強い魔力を持つ人間やモンスターに利かない場合がある。
『魔霧』
魔力を秘めた霧。ガリゲイオスの特殊能力。無数の穴があいている鼻角から噴出される。視界を悪くするだけでなく、霧の中にいる人間を感知することができる。
『グリーン王国』
人間の王国の一つ。人口、国土共にあまり大きな国ではないが、歴史深い国の一つ。
『騎士』
国を守る屈強な戦士。ハンターはお金をもらうためにモンスターと戦うが、騎士は国を守るためにモンスターと戦う。そのため、基本的に自国に常駐している。騎士になるには高い戦闘能力と魔力、さらには学識が必要であり、「騎士である」というだけで名誉なことである。