第12章 ばかやろう
「ビュン!!」
もやもやっとした白霧を切り裂くように、一本の赤い矢が飛ぶ。魔力を秘めた赤色は、白い霧の中でとても目立っていた。
「よし! よくやったぞ!」
ガリゲイオスに刺さった矢を見て、牙は動き出した。結果的に、牙はガリゲイオスよりも先に攻撃のチャンスを得たのだ。
「ふんぬ! 『スタンプ』!」
牙は腕に力を込めて暗黒剣デイを持ち上げ、上空へと飛翔した。
(俺の目測よりもかなり低い位置に赤い矢が刺さって見える。ははん、なるほど……。ガリゲイオスの野朗、俺の攻撃を感知したな? そして、しゃがんで避けるつもりだったのだろう。だが、あまいわ! お前の鼻には真っ赤な印が付いているのだよ!! この赤鼻のトナカイめ! やーい! バカバカ~!)
牙は心の中で勝利を確信し、ガリゲイオスに向かって罵声を浴びせていた。
「死ねぇえええ~!!」
「ドン!」
渾身の一撃! 牙は見事、赤い矢が刺さっている所に攻撃を与えた。
(よし! 手ごたえあり!)
牙は勝利を確信し、ガッツポーズした。
「ギャオォオオォオオオオ!!!!」
大型モンスターの断末魔…………にしては生命力に満ち溢れた叫び声。
(……何かおかしいそ?)
一向に晴れない霧の中、牙は確実に鼻角を攻撃できたかどうか、その目で確認できなかった。
(もしかして……はずした?)
自分の目で物事を判別できないということは、非常に不安なことだ。スイカ割りを想像してもらいたい。視覚を奪われた状態で、周りの人のアドバイスを信じ、スイカの場所を特定する。そして、スイカを叩く。そのとき、スイカらしきものを叩いた感触はあるだろう。おそらく99%それはスイカであるはずだ。しかし、それはもしかしたらメロンかもしれない。自分の目で確認できない以上、その可能性は否定できないのだ。そして、一度メロンかもしれないと疑ってしまうと、人はその『メロンの呪縛』から抜け出せなくなる。
牙も今、同じ状況であった。視覚を奪われた霧の中、クラリットの矢だけを信じて、巨剣を振り下ろす。おそらく、そこにあるのはガリゲイオスの弱点である鼻角のはず……はずなのだが、もしかしたら、少しずれていたかもしれない……。牙がそう、不安に思った瞬間、
「ギャオォオオォオオオオ!!!!」
牙目掛けて赤いコブシが飛んできた。
「うわ!!」
先ほどまで、牙は巨剣を巧みに使い、相手の攻撃を“さばく”ことでその衝撃から身を守っていた。しかし、あまりに突然の攻撃に、“さばく”だけの余裕はなく、巨剣を“盾”として使うことしかできなかった。当然、盾では直接的なダメージは防げても、衝撃までは防ぐことはできなかった。
「ぐぅうううおおお!!」
ガリゲイオスのコブシの衝撃に耐え切れなかった牙は、暗黒剣デイと共に後方へ吹き飛ばされた。朦朧とする意識の中、牙は空中で声を聞いた。
“牙さん、すいません。僕、弓へたくそなんです。どうやら、鼻角には届かなかったようです。ハハハ……”
「ばかやろうーーーーー!!!!!!!」
牙の叫びは森中に響いた。
~用語解説~
『メロンの呪縛』
メロンを食べるときの、「本当は皮ギリギリまで食べたいけど、あまり深くまで食べると貧乏臭いと思われてしまう……」という心の葛藤のこと。
また、「どこまでがメロンで、どこまでが皮か?」というメロンの論争のことを『メロンの呪縛論争』と言う。過去100年間、世代を超えてこの論争は続けられているが、明確な境界線はまだ決定されていない。
現在『メロン協会』は、暫定案として「一番端から2.1センチメートルまでが皮である」と公表している。その理由は、「近年科学的検査により、そこから急激に糖度が減少することが判明したから」ということだ。しかし、「2.1センチメートルは厚すぎる!」「もっとギリギリまで食わせろ!」といった庶民からの反対意見が多く、近々見直しが行われる予定である。今後も、メロンから目が離せない時代が続くことだろう……。
『メロン協会』
メロンにまつわる全てのことを決定する協会。世界中のメロンは一度メロン協会に集められ、そこで品質評価を受けてから、再び全国へと出荷される。ちなみに、牙はメロン協会副会長である。
『ばかやろう』
悪口。ただ、使い方によっては何故か愛情が感じられる、不思議な言葉。