第10章 印
「ギャオォオオォオオオオ!!!!」
霧の中、巨大な影がうなり声を上げた。ついに、ガリゲイオスが動き出したのだ。
「……時間がない」
牙は静かにクラリットに背を向けた。
「牙さん、僕の話を……」
クラリットは自分の叫びが牙に届かなかったのだと思い、落胆した。
「俺は今までいろんな人間を見てきた」
クラリットの言葉を遮るように牙は呟いた。
「だから、俺にはわかる。お前の言葉には魂がこもっている。時間をさいてでも、聞く価値のある言葉を、お前は持っている。策は任せた。二人で、あいつを止めるぞ!!」
クラリットの叫びは、確かに牙に伝わっていた。
「ありがとうございます!」
クラリットは深く礼をした。
「手短に作戦を頼む」
「はい! 作戦は至って簡単です。僕が鼻角に“印”をつけます。牙さんはその“印”めがけて、強烈な一撃をお願いします」
「おまえ、“印”ってどうやってつけるんだ?」
牙は不確かな作戦内容に対して疑問を持っていた。
「これを使います」
クラリットは背中から弓と矢を取り出して、牙に見せた。
「おまえ、こんな矢じゃ、霧の中に入ったらどこにあるかわからなくなるぞ」
「大丈夫です。これはただの矢ではありません。魔力を込めることができる『魔矢』です。本来、魔法使いには必要ないものですが、遠距離魔法が苦手な魔法使いや、僕みたいな魔力の弱い新人魔法使いが補助武器として使うものです。ここに、『ペイント』の魔法をこめて放ちます。僕は『魔視』の魔法が使えるので、霧の中でも魔力が集中している鼻角をピンポイントに狙うことができます。『ペイント』の魔法は魔力に色をつける魔法なので、ガリゲイオスより弱い僕の魔力では、鼻角に集中しているガリゲイオスの魔力に色をつけることはできません。しかし、魔矢に込めた僕自身の魔力になら色をつけることができます。なので、僕の矢めがけて牙さんは攻撃をしてくれればいいのです」
「そうか、わかった。お前を信じる。そうだ、お前名前は? まだ聞いてなかったな」
牙はそう言うと、クラリットの胸を叩いた。男のスキンシップだ。
「ぼ、僕はクラリットと言います。あの『ダンシングソード』こと牙さんに名前を覚えてもらえて、光栄です!」
クラリットはそう言うと、牙に握手を求めた。
「おう!」
牙とクラリットは硬く握手を交わした。
~用語解説~
『ペイント』
魔力に色をつける魔法。『魔視』の魔法が使えない者でも、魔力を色として視覚で認識することができるようになる。戦闘で使われることはほとんどなく、芸術家の間で絵を描いたりするのに使われる魔法である。基本的に、自分よりも強い魔力を持つ人や物にかけても効果はない。
『魔矢』
魔力や魔法を込めることができる矢。込めた魔力の分だけ矢は硬く強くなる。魔法を込めた場合は、対象物に刺さったときにその魔法が発動する。主に遠距離魔法が苦手な魔法使いや、新米魔法使いが好んで使う。あくまでも補助武器であり、込められる魔力は微量である。ただ、高価なものであればそれなりの魔力を込めることが可能になる。込められる魔力の限界値によって値段が異なる。『魔矢みき』……この言葉は禁句であり、『人類禁句100選』に指定されている。
『人類禁句100選』
口に出すことが禁止されている100の言葉。この言葉を発すると災いが起こるとされ、『悪魔の言葉』や『呪いの言葉』とも言われる。国によってはこの言葉を呟いただけで捕まることもある。ちなみに、『魔矢みき』という言葉もこの『人類禁句100選』の一つであり、この言葉を口にした者はくぁwせdrftgyふじこ……
『男のスキンシップ』
女子には少々理解しがたい、男同士のスキンシップのこと。胸を叩いたり、コブシをあわせたり、あいさつがわりにポコチンを触ったり、特に理由もないのに服を脱いで上半身を見せたり、ちょっと太った男の胸を揉んで「おっぱいって、こんな感じかな~」と妄想したり……正直、男でも理解しがたいものも存在する。あと、度が過ぎるとホモと間違えられるので注意が必要である。
『ダンシングソード』
牙の通り名の一つ。巨大な剣を使って戦う姿から名づけられた。他にも、『野蛮人』、『怪力バカ』、『レベル50のモンスターを倒した唯一の男』、『メロン協会副会長』など、多くの通り名を持つ。