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まのかん  作者: kishegh
第一章
8/13

M


部屋には血が飛び散っていた。


白い壁紙、薄青緑のカーテン、籐編みの籠にはアロマキャンドルと練り香が入っている。間接照明と、静かに回る空気清浄機、どれもがこじんまりと纏まって、一人暮らしを謳歌する女子学生、もしくは若い勤め人の女性、そんな主人の似合う部屋だ。


しかし、その全てには、部屋の中で血袋を振り回したかのように、血が飛び散っている。


いや、正しくそれなのだ、凶行の主は、鋭い刃物で心臓を取り出し、それを踊るように振り回した。結果として、部屋には赤い螺旋の糸が舞った。


血の描く二重螺旋の只中で、男が女性の身体に身を埋めていた。


人形のように動かない女性は、いまだやわらかさと、その体温を保持していた。しかし、心臓を抜かれ、胸に男性の頭が入り込んだ状態で息を保つ人間は居ない。


男の身体が動くたび、肉の千切れる音、骨の折れる音、そして間接と肉のきしむ音が聞こえる。


部屋には広く血が撒き散らされている。しかし、この惨状の後に、この部屋に入った者は気がつくだろうか。


死体から床に広がる血、そして身体に残された血。


この総量が異様に少ない事に。



狂人の晩餐は終わり、その主も既にここにはいない。


残された死体は、心臓をなくし、四肢を(たが)え、頭骨は開かれ、脳は正確な方形に切り取られ、その開いた胸に、心臓に代わって鎮座している。


先の被害者に引き続き、邪神を奉じる祭壇か、黒魔術の儀式にイメージの繋がる姿を作り上げていた。


「血を飲み、肉を喰らう、さらには儀式にも似た行動か」


人の気配の無い空間に、ゆっくりと天井から降りてくる姿があった。


天井から染み出るように部屋に現れたファングは、中空に浮かんだまま、使者を見下ろす。


顔だけ綺麗に血を拭われたその遺骸は、かえって凄惨さを増していた。


ファングは、一瞬黙祷をささげ、手を合わせる。


あくまでも偽善の行為でしかない、死者は既に死んでいる。死者の世界が既に隔絶されているならば、別世界におけるファングの行動は、使者にとってなんら関わりのないことだ。


そして、もしも死者と言うものに霊が存在し、彼を観測できるならば、死者は怒りに震えるだろう。


ファングがこの場に着いたとき、被害者はまだ生きていた。


さらに言えば、一本の傷も無く、身体的な被害はなんら受けぬまま、ファングによって助けられた可能性もある。いや、そうなっただろう。


だが、ファングはただ静観していた。


被害者が、寿命を縮める恐怖の中で、それでも生者として、被害者で終わるか。


死者として、狂気と暴力の惨状に伏すか。


結果として、ファングは後者への道を選択し、被害者は死者へと変わった。


すでに人間としての尊厳をなくし、破壊の限りを尽くされた彼女は、もはや人間ではない。


死体。


遺骸。


単なる物質としての(むくろ)に変わり果てた。


それを静観した者が、何故黙祷などささげる。なぜ手など合わせる。


偽善としてもあまりに酷い。


しかし、ファングの顔はただ青白く、赤みの強い髪と相まって、その印象はさらに強いまま、彼女の骸を見下ろしている。


「血を摂取していた事に間違いは無い。肉も少なからず食べている。脳と心臓、胸周りの肉と脂肪、それは間違いない。しかし、なぜ奉る、なぜわざと猟奇的な行動を取る?これは、起源の影響か?それとも彼の個性か?」


辺りに撒き散らされた血にも、視線をめぐらす。


「もしや、人としての意識が強い結果として、かく乱のための演技?過去にあまり例の無いケースだな」


思考のループに入ったファングは、軽く首を振って、この場での考察を諦めた。


ブツブツと呟きながら考えるのが彼の癖のようだ。


ファングは再び遺骸に一礼すると、部屋の扉を蹴り壊して、部屋から消えた。


せめて、発見され、早く荼毘に付されるほうがよいと願いながら。



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