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まのかん  作者: kishegh
第一章
5/13

C


空間に浮かぶ文字の羅列を、目が追っていく。


……地は暗く、天はさらに暗かった。夜ではない。低くたれこめた黒雲は……

「よぉ、ファング!お前にしちゃあ珍しいな、ペーパーバックじゃないのかよ」


酒場の片隅で、個人情報端末を使って小説を読んでいた男は、かけられた言葉に顔を上げた。


「ああ、もう古い本でさ、手では持って読めない話だからね。それに、僕はペーパーバックが好きだけど、端末での読書も否定してはいないよ」


「そうかい?まぁ良いや、先生様もお久しぶりだからよ、声をかけたんだ。如何したんだい?3日は見てねえぜ」


「十日は来てないよ。仕事でずっと篭っていたからね」


「おお!ってことは新作か、いやぁ~楽しみだぜ」


「いや、まぁ、そっちももう直ぐ出るけどね。今回は本業の方だよ」


「そうなのか、何にせよ期待してるぜ」


ファングと呼ばれた青年の職業は小説書きだ、しかし、声をかけてきた男に言う新作とは、彼の書く小説ではない。


ホロ・ポルノ。立体映像で表現される立体ホログラムポルノ。


彼はその監督も行っていた。


最初は、彼が書いた官能小説がホログラムの脚本に採用された時、幾つかの演出を行った所を起因とする。


彼の演出を受けた女優は、その女優の持つ魅力、艶美さ、色気を余す所なく発揮し、一躍有名女優となった。その後も、彼の脚本にファンがつき、請われた結果として、定期的に監督演出を行っている。


別段激しい交合や、過激な行為が行われていないにも拘らず、その魅力を完全に引き出した映像は、多くの眼の心を捉えて離さない。以前は、本式の映画監督の話もあったのだが、彼はそれを断っている。


何であれ、こんな怪しげな匂いの漂う酒場にも、彼のファンは多く、彼らは新作を心待ちにしている。


多くの男が、金や力によって女をものにし、娼婦や強姦などによって性を吐き出している中、彼の作る作品の心からエロチックな女性たちは、一種の憧れであった。


一例として、彼が起用して動画になったポルノ女優達は、その後求婚者が殺到するなどと言った事も起こっている。激しい演出や趣向でなくても満足出来る作品は非常に稀有と言えるし、彼女たちはそれだけ魅力を引き出されていたからだ。


特に、強姦や幼女姦淫、ハードなSMさらにはスナッフポルノと言われる殺人までも含んだ非合法ポルノが、一般的に取り扱われる中層下層域では、彼の作品と言うのは、一種の清涼剤とすら言えるのかもしれない。


話が少しそれた。それはあくまでも副業であり(本業よりも実入りの良い副業ではあるが)彼の正業は小説書きだ。今時珍しく、ペーパーバックの紙媒体で出す事をこだわりとしている点は変わっているが、そう珍しくも無い二流の小説書きが彼の本業だ。


一応締め切りを守り、部屋に篭って話を書き上げたファングは、久しぶりに何時も顔を出す酒場に酒を飲みに来た。ちなみに、ここのマスターも彼の副業の方の大ファンで、酒を安く飲ませる代わりに、新作を一番に渡している。見た目は苦み走った良い男なのに、ポルノファンとは少し微妙だと何時もファングは思っている。もっとも、それを作って渡しているのもファングなので、その感想は、いささかお門が違わないかと思わないでもない。


「それで、その古い本ってのはどんな話だ?面白いか?」


「ああ、面白い。そうだな、簡単に言えば、妖怪や化け物が現れる前の世界で、妖怪や化け物の話を想像して書いているお話かな。竜や、黒い獅子、青い一角獣に、ミノタウロスなんが出てくるよ」


「ふぅん、よくわかんねぇな。そんなもの、外に行けば幾らでも見れるじゃねぇか」


別段深い関心も覚えなかったようで、男は適当にそう感想を言った。


「まぁ、この本はそうなる前の話だからね。今となっては当たり前だけど、当時としては空想の産物だったのさ」


現状生きている人間は、どんなに長生きの者でも150歳前後。既に、平和な時代を知る者はいない。脳を電脳化し身体を機械仕掛けに変えても、脳細胞はよくもって150年。それが人類の寿命の到達限界だった。この酒場にいる者達も、外見上は皆若々しいが、実年齢では10代から100歳越えまで、様々だ。


「まぁ、いいさ。どうせ、俺は本なんか読まねぇからよ。それよりもだ、十日もここに来ていないんじゃ、知らねえだろうから教えてやるよ」


「何を?ここに来るどころか、ずぅっと家で缶詰だ。何も知らないよ」


「そうか、それじゃ教えてやる」


男は実に楽しそうに話をしてくる。彼自身もファンであるファングに、何であれ、それが他の人間も皆知っているような内容であれ、教える事が出来るというところに喜びを感じているのだろう。


「あのな、殺人が起こってる。もう7人だ」


それを聞くとファングは、少しばかり不思議に思った。上層階ならともかく、この中層や、それより下の下層では、殺人など珍しくも無い、それが連続殺人であってもだ。


「別段、珍しい話とも思えないけど?」


男も、そういった反応が返ってくることは、予想していたのだろう。指を立てて、チッチと振ってみる。


「まぁ、聞きなって。最初はそうだと思っていたんだがな、段々と変わってきているんだ。黒髪の奴ばかり順番に7人、最初は首を切裂かれてた」


「黒髪ね、僕も気をつけないと」


ファングの髪は、灰色がかった黒で、薄暗い所で見れば黒髪にも見える。


「そうよ、それで教えてやらなきゃと思ってな。でだ、次の奴は、両手両足が切り落とされてた。3人目は、首が落ちて股座に縫い付けられてて、4人目は…なんだっけな?」


「指を全部落とされて胃袋の中へ、そして胃の中には大量のジャム」


記憶があいまいだった男の横から、酒場のマスターの助けが入る。


「おお、そうだった。ありがとうよ、マスター。それで、5人目は腸が引きずり出されて、首の周りをぐるりと一周、両足をケツの穴に突っ込んでた。6人目は真横から半身、その半身を壁に貼り付けてあったらしいぜ」


「そりゃまた、エスカレートの激しい猟奇殺人だね。そこまで手をかけて殺すのは、ここいらでも珍しい」


中層で住み暮らすファングでも、流石に眉を顰めるような話だが、男は楽しそうに続ける。話の内容よりも、ファングの注意を引けている状態が嬉しいのだろう。


「だろぉ。それで、今朝見つかったのが7人目よ。両手両足で段を作って、そこに載せた死体の内蔵を周りに飾り付けてたらしいぜ。画像もネットに上がってお祭状態らしいがな」


「別に見たくは無いなぁ。しかし、段々派手になってくるのは分かるけど、単純に技量が上がってるみたいにも考えられるな。ここから加速して、同時大量殺人なんか始めたら面倒だね」


「まぁ、適当なところで止めるだろ。組織か何かはしらねぇが、中層はある程度のところで落ち着くからな」


「そこを越えた奴は下層に落ちる」


「そう言う事だ。心配はいらねぇさ、自分のみだけ守っておきな」


「心配してくれて光栄だね」


はにかむように杯を顔の前に掲げると、男も大きなジョッキを杯に当ててきて笑みをこぼした。


「なぁに、あんたのホロが見れなくなったら楽しみが減るからよ」


「それじゃあ、頑張って期待に応えようとするしかないね」


「そのとおりだぜ、大先生」


笑いながら男が行ってしまった後、酒場の隅の暗闇で、独り文章に目を走らせながら、ファングは酒を飲み干した。


氷が、カラリと音を立てて解け、水滴がグラスから消え失せても、ファングは酒の追加を頼まなかった。


「ご期待に、沿えるように頑張るか」


氷の解けた水のみが入ったグラスを残して、ファングは店から消えていた。


彼はいつの間にか店に来て、いつの間にかいなくなる。


何時からか店に来て、今もこうして店の片隅を愛用の読書場にしている。


ファングと言う名前も、彼の職業も、店の常連ならば知らない者は居ない。


しかし、彼個人の情報を知っている者は居ない。


友人、知人、恋人、家族、それらはファングに繋がらない。


しかし、ここでは誰も気にしない。


それがバベルの中層以下の場所。脛に傷持つ者であっても、言葉にし難い過去を持つ者であっても、受け止め、見ぬふりをする街。


それが、バベル。


人類の墓標にして、終りの住処。


神に沿わぬ者達の住む塔。



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