前話2
ある老齢の男性と、その孫娘の話。
「吸血鬼を知っているかい?」
「知っているよ」
「それじゃあ、吸血鬼とはどんな者だと思う?」
「怖いし、強い」
「そうだね、吸血鬼は強いし、とても怖い。それは確かな理解だ。それでは、逆に吸血鬼の弱点は何かな?」
「えっと、十字架?」
「そうだね、十字架は大きな弱点だ、他にも聖水やイコン、聖書の字句にも弱い。それに、陽光、銀、流れる水、ニンニク、香炉や網、麦や芥子の実にも弱いとされている。こうすると多くの弱点があるね」
「そう思う」
「それじゃあ、弱点の多い吸血鬼を倒すのは簡単かな?」
「ううん、思わない」
「その通りだね、吸血鬼は、弱点以上に多くの特技を持つ。身を霧や狼に変え、血を吸い、夜の闇を支配し、闇夜を飛ぶ。高い再生能力や様々な超能力を持っているね」
「催眠とか、後は…?」
「そうだね、催眠を掌る魔眼、死を齎す邪眼、そのほかにも呪術的な能力も持っている。多くの力と知識、そして不死ゆえの経験の蓄積、それらの全てが恐ろしい。しかしね、もっと単純に恐ろしい事がある。もっとシンプルな恐怖の理由があるのだよ。それは何だと思う?」
「分からないわ」
「それこそが恐怖なのだよ、理解できない、それこそが恐怖の根源だ。私達の理解に余る存在、想像を超える存在、人の形から思いつく全てを鼻歌交じりに超越する、それこそが恐怖なのだよ。空らが理解されてしまえば、それは既に恐怖の対象では無い」
「それは恐ろしい力よりも怖いの?」
「鉄をも引き裂く膂力、地を割る脚力、生命を瞬時に絶命させる純粋な暴力よりも、見えざる恐怖こそが恐ろしい。それは私たちの中にあるからだ」
「さっき仰ってた、いろいろな能力よりも?」
「私たちは多少知っているに過ぎない。対処療法のようなものだ、そう言った事があった、その対応ならば効果があった。それは確かに理解に繋がる物ではあるかもしれない。しかし、その根本は理解できないのだよ。何故血を吸う?何故そんなにも力が強い?何故様々な能力を持つ?そして」
「そして?」
「何故、死なない?何故、不死性を持つ?」
「それは?」
「なぜならば吸血鬼だからだよ。そう言うしか出来ない恐怖の存在、それが吸血鬼だ。説明がつかないからこそ恐怖足りえ、彼らは人類の怨敵なのだよ」
「吸血鬼は、理解できない恐怖の存在……」