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まのかん  作者: kishegh
第一章
10/13

O


「………」


天井の高級から現れた老人が呟いた言葉は、一体何の意味を持っていたのだろう。


理解しえぬ、音としては聞こえる、口を開いているのも分かる。


鳴き声に有らず、悲鳴でなし、同国とも程遠い。


狂人の紡ぐ、意味不明の音の羅列とも違う。


意思と、意図と、意味を持った言葉。


言語。


それが意味を持つ言語だという事は、あまりにも当然のように感じられた。


それに不審は持ち得ない。


その言葉に不備は無く。


間違えようの無い知性の色を持つ言語。


老人が言葉を並べたその次の瞬間、ロールと夫を、重力の糸か取り巻いた。中空に留められ、身体も腕も脚も髪も、ふわふわと浮かんでいる。それどころか、シャワーから出ていた湯や風呂桶の中の湯まで、彼らの周りを浮かび飛んでいた。


夫とロールは、少しの間をおき浮いている。二人に違いがあるならば、夫には数え切れぬほどの黒い針が刺さっているところだろうか。もっとも、ロールに自分の姿は見えていない、首も目も動かせないのだ、自身の身体がどうなっているのかは分かっていない。


「説明の、しようも無いが、あえて話そう。それが私の義務であり、同時につまらない矜持でもある」


白髪に、深いしわを顔に刻みつけた老人から、見た目とは反する若い声が聞こえる。そこに違和感は感じぬでもないが、今やそんなことは些細な事だった。


普段生活していた穏やかな時間、新婚生活の幸せ、それらは今、全て遠くに感じる。


「今は喋れまい、とりあえず落ち着いて聞いてくれ」


「………」


彼の言う事は理解できる、いや、途中までは出来た。しかし、一度口の動きを止めたあと、再び開かれた口から流れた言葉は、彼女の理解に無かった。先ほどと、同様に。


しかし、彼女に訪れた変化だけは、理解できる、と言うよりも、理解を促す物だった。


混乱する自分。


己の痛みに泣く自身。


そして、冷静に現状を把握しようと努め、落ち着いて考える自己。


それらに分かたれた、理性、本能、感情は別々の境地ではあったが、つながりを保ち、お互いに影響は残しながら、違うベクトルの中で働いていた。


その内の、冷静な理性が彼女に理解させた。現状の不可思議な光景は、この老人によって起こされている。そして自身は夫に喰われ、傷ついた。それを、老人は説明してくれると。そう、理解できた。


「何から話すべきだろう、すでに幾度もしてきた行為のはずなのに、毎回、毎回、悩む。そうだな……通り名は、ファングと言う。もっとも、それを話したところであまり意味は無いが、せめてもの礼儀として」


ファングの言葉と共に、白髪は色を取り戻し、赤黒い色のつややかな髪へと戻る、皺は伸び、若さを表す張りのある肌が産まれた。唯一変わらず残るのは、どこかに諦念をおびたその瞳。


「君の夫について説明しよう。


彼を襲った事象は、転異大隔世(てんいだいかくせい)と私が呼んでいる現象だ。


転異大隔世(てんいだいかくせい)


それは、言ってしまえば、埋伏しているコンピューターウイルス。ある一定の行動、ある一定の状態、前もって登録された状況になった時、初めて発動する変化。


外界を跋扈する妖魔の中には、他人と血の混じる物もいる。


そう言った行動の末に産まれる者は、人魔(デミプルート)と言う。


しかし、彼は人魔ではない、いや、では無かった。


しかし、彼の先祖に、強い力を持つ妖魔の呪いを受けた者がいたようだ。その時設定された条件は、悲しい事に達成され、彼は魔に堕ちた。


恐らく、彼の場合は、愛する者の血肉を摂取する事。流石にこれは推測だが、血と肉の両方を取って始めて覚醒したところを見ると、ここ数週間のうちに、あなたの血だけを、彼が飲んだ事があったんじゃないか?それが起因だったのだろう。


そして、そのきっかけから、時間経過による変化は始まり、今、お前の夫は夫でない者に変化した。


人に害成す存在へと転異した。


そして、人ならざる者に堕ちた君の夫は、私が終わらせる」


能面のような。


白塗りの仮面のような、動きの無い顔、変化の無い声、見えない感情でありながら。


確固たる意思と、決意、そして底に横たわる覚悟を持って。


彼の言葉は、紡がれた。



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