勝手な婚約者様3
外に出ると、冬の日差しが優しく注いでくる。
しかし吹く風は冷たく、ロイスの熱気を奪っていくので、外套の襟を合わせる。
「ロイス様、大丈夫ですか?」
前を歩くリッツが振り返り、聞いてきた。
ロイスは黙ったままで、彼女の姿を凝視する。
ーまだ未熟だけど、綺麗なんだよな。
金の髪は日差しを受けて輝き、くるくると変わる表情は見ていて飽きなかった。
ー婚約破棄の話でもするか。
ロイスはポケットに手を突っ込むと、リッツが明るい声を出す。
「綺麗ですわ。雪が残っているのに、元気なこと」
庭の道の両側に咲いているウィンタージャスミンとクリスマスローズを指で構い、リッツは微笑む。
何が楽しいんだと思っていると、彼女は残った雪を集め、小さな雪だるまを作る。
「ほら、見てくださいませ、ロイス様!!」
「…。子どもか」
どこか幼いところを残した女だと、ロイスは息を吐く。
今度は本当に白い息が出、冬の寒さを伝えてくる。
しかしリッツは気にせず、スキップするように、軽い足取りで進んでいく。
ー元気な奴。本当に太陽の子みたいな奴だな。
ロイスは大人しくついて行くと、リッツが駆け寄ってくる。
「ロイス様、素晴らしい庭ですわ」
「そうか。庭師が喜ぶ」
「はい!! 会ってみたいです!!」
「後で会わせてもらえ。…それでな」
ロイスは涼やかな息を吐き出すと、リッツに告げる。
「婚約は破棄しよう。私とお前ではつり合わない」
「え…。そんなことはありませんわ!!」
リッツは大きな目を更に大きくし、力説してきた。
ロイスに触れようと手を伸ばしてきたので、ロイスは先に封じる。
「触るな!! 私は…その、触られるのが嫌いなんだ!!」
「ロイス様…」
リッツの表情が曇り、ロイスはやったと喜んでいいところなのに、何故か心が痛んだ。
ー私が間違っているのか…?
空を見れば、雲は1つもなく、青一色だった。
まるで神が見逃さないように、雲を排除したようで、選択を見守ろうとしているように感じる。
ー神も私を裁くか?
ふと軽く笑うと、ロイスは足を止め、リッツに厳しく言う。
「お前を婚約者と認めることはできない。悪いが、去ってくれ」
「…。嫌です」
「…は?」
ロイスは聞き間違いかと、首を傾げる。
鳥が喉を鳴らすように、甲高い声で飛んでいき、2人を黙らせる。
ロイスはこめかみを押さえると、目を瞑る。
ー気のせいか? 嫌だと聞こえた気がしたが…。
ふと気配がし、目を開けると、前にリッツがやって来ていた。
両頬を膨らませ、まるでリスのような表情となる。
「嫌ですわ!! 私はロイス様がいいですの!!」
「嫌って…。おい!! 触るなと言っただろうが!!」
腕を伸ばしたリッツの手を叩き落とすと、彼女は淋しそうな、辛そうな顔となる。
ざまあみろとはロイスもさすがに思えず、悪いことをしたかと思ってしまう。
ー何か調子が狂う…。
あの出来事さえなければ、触れられるのは大丈夫だったのだが、夜、よく眠れないこともあり、ロイスは不機嫌となる。
「もう戻ろう」
「…お待ちくださいませ」
リッツは腹を決めたらしく、はっきり言ってくる。
「ー私はロイス様のお側にいます。どんなに嫌がられても、邪魔されても、絶対に離れません」
「…あのな、お前…」
ロイスのほうが押されてしまい、心の中で舌打ちする。
伯爵家の娘でなければ、叩いているところだった。
もっとはっきり言ったほうがいいのだろうかと迷っていると、手が差し出される。
汚れを知らない、生まれたばかりのような、柔らかそうな手。
ロイスが黙っていると、リッツが微笑む。
「大丈夫ですわ。私、ロイス様を裏切りませんことよ。必ず良きパートナーとなるために、努力いたします」
「…やめろ…」
ロイスは頭を抱えると、突然、叫び出す。
「やめろ、やめろ、やめろ!! お前に何が分かるんだ!! 私の何を知っている!! 夜、眠れないのだって、何も知らないくせに…!! この」
クリスマスローズを覆っていた雪を掴むと、リッツに投げつける。
固まりではないので、痛みはないはずだが、リッツは心配そうな顔をする。
じっとロイスを見つめてくると、また一歩、近づいてくる。
「寄るなと言っているだろうが…!!」
花をちぎり、リッツに投げつける。
しかし彼女は動じず、静かに言ってくる。
「ロイス様の苦しみは、私の苦しみですわ。一緒に共有しましょう」
「はっ!! 何を馬鹿なことを…!! 私にしか分からないんだよ!!」
「それでは駄目ですわ」
リッツはゆっくりと首を振ると、投げつけられた花を手に取り、優しく触れる。
「臆病なロイス様も、気弱なロイス様も、全て私にお見せくださいませ。そうすれば…その、心が軽くなっていくはず。1人で抱えずに、私にも与えてくださいませ」
「だから…!!」
また花を投げようとすると、リッツが止めてくる。
「おやめくださいませ!! お花も一生懸命、寒さに耐えながら咲いているんです。私どものことで、勝手に命を終わりにしたら、恨まれますわ。ロイス様、落ち着いてくださいませ」
「落ち着いていられるか!!」
足をだんだんと踏みつけると、ロイスは身体を反転させる。
「邸に戻る。やっぱり話し合いなんて無理だ」
「逃げるんですの?」
「逃げ…何だって!!」
ロイスは振り返ると、リッツが笑顔を向けてくる。
花を優しく摘んでいくと、そっと雪の上に置いていく。
それから急に裾を持ったかと思うと、ロイスに後ろから抱きついてくる。
「うわ!! や、やめろ…!!」
「いいえ。やめませんわ。今、やめたら、ロイス様の心が閉ざされたものとなります。傷ついた心、痛む心、ロイス様は1人で抱え込みですわ」
「この!! 突き飛ばすぞ!!」
「どうぞ!! やるなら、おやりになってくださいませ!!」
2人は睨み合うと、光が怒りを和らげようと、手を伸ばしてくる。
先に目を逸らしたのは、ロイスだった。
ーこの女…!! 狂っている!!
そうとしか思えなかった。
傷物の自分を、どうやって支える気だと、笑ってしまう。
しかしリッツは本気のようで、一歩も動かなかった。
ロイスの答えを真剣に待っている。
ーくそ!! くそ!! くそ!! 何なんだ、この女…!!
髪を掻きむしると、リッツがそっと手を伸ばしてくる。
ロイスが避けようと、半歩下がろうとすると、ダンスするように近づいてきて、腕をとられる。
「ー私、婚約者をやめませんわ。ロイス様と共に過ごします」
「…。何で私なんだ? 何故…?」
「簡単ですわ。ロイス様に恋をしているので」
「恋? …私に? は?」
意味が分からず、ぼうっとしていると、リッツが包み込むように、抱きしめてくる。
「大丈夫、大丈夫です。私はロイス様の味方ですわ。誰が何を言っても守りますし、楽しい時は一緒に楽しみたいですもの。それが私の心ですわ」
「…。変わっている」
放せとばかりに身動きするのだが、リッツは力を込めてくる。
今、放したら、ロイスがいなくなりそうな気配でも感じたのか、しっかりと抱きつく。
「私は触れられるのが嫌だと…!!」
「聞きました。でも今は…今は我慢なさってくださいませ。どうも心が泣いているような気がして」
「は? 心が泣いている…?」
リッツはうなずくと、優しく背中を撫でてくる。
それは赤子をあやすように優しく、緩慢なもので、ロイスは思わず目を閉じる。
ーしぶとい女だ…。
認めたわけではないが、少しずつ怒りがおさまっていくのを感じる。
あり得ないと思っていると、リッツが離れ、笑顔で言っている。
「もう少し花を楽しんでから、戻りましょう」
「…。ああ」
気づけば自然と答えていて、何をやっているんだと、自分を罵倒する。
しかしリッツは明るい表情となっており、先へと進んでいく。
「ロイス様!! 早く」
「…しょうがない」
今は何を言っても駄目なような気がし、ロイスはゆっくりとした足取りで、リッツを追っていくのだった。




