ちょっと……派手、ではないかと
「落ち人様、こちらをどうぞ。謁見のために私が選んだ最高のドレスですわ」
王宮から派遣された侍女のダフネが、トルソーにかかったドレスを指差す。ミオは思わず目を細めた。
——青い。とにかく、青い。
スカートの裾まで広がる鮮やかなコバルトブルーに、胸元と袖口を縁どる金の刺繍。日の光を受けてきらきらと輝くそれは、確かに美しいドレスだった。
美しいのだが——。
「あの、これは少し……」
王宮に住み始めて以来、女性の衣装を見かける機会がたくさんあった。みんな綺麗なドレス姿なのだが、彼女たちが着ていたものよりもずっと華やかな気がする。王太子妃ルミネですら、ここまで大袈裟なドレスではなかった。
(こんなに着飾って……いいのかな)
そんな疑問が頭をもたげ、ミオは自分付きの侍女を振り返った。
「ちょっと……派手、ではないかと」
「派手! それはそうですわ! だって落ち人様の髪と目の色は、なんの変哲もない黒なんですもの」
ダフネはドレスをミオの体に当てながら続けた。
「でも、言い換えればなんでも似合うということでしょう? だから青なんです。陛下の御前ですもの、しっかり印象を残さないといけませんわ。それに、パトリック王太子殿下にもアピールいたしませんと」
「王太子殿下、ですか? ……なぜ?」
「だって落ち人様が殿下のお目に止まってこそ、私の出世も……いえ、なんでもありませんわ。とにかく、ドレスはこれで決まりです」
「でも、周りの方と比べても」
「これでいいんです! 私の言う通りにしていれば間違いないのです!」
ぱん、と手を叩いてダフネがそう言い切った。つんとした横顔に交渉の余地は見つからない。
ミオはもう一度口を開きかけて……けれど再び閉じた。こういうとき、どうしても言葉が出てこない。押し切られると、なんとなく自分が間違っているような気がしてくる。
それに、城に仕える侍女である彼女がここまで言うなら、これが普通なのかもしれない。
「さあ、お早く。お時間が迫っておりますわ」
ダフネに手を引かれるままにドレスの中へ収まると、背中のリボンをきつく結ばれた。形の良い胸元を強調するように布が整えられる。
鏡の前に立たされ、ミオはそこに映る自分を見て、また少し困惑した。
(似合っていないわけじゃない、と思うんだけど、ただ……やっぱり場違いな気がする)
ミオは今から、シェルバイン王国の国王陛下と謁見することになっていた。落ち人として王宮に保護され、慣れるまではと王太子夫妻が気を遣ってくれたが、いつまでも引き伸ばせることではない。
そのために今朝からダフネやメイドたちにあれこれ揉まれまくった。入浴をすませ、メイクをし、髪を結い上げ、最後の仕上げとばかりに衣装室に移動している。
きつくまとめられた髪に銀のかんざしを差し込まれ、香水を吹きかけられ、「えぇ、これでどうにかなりましたでしょう。私という有能な侍女がいたからこそですわよ、感謝して一層の引き立てをお願いしますわね」というダフネの言葉をぼんやり聞き流していると、扉の向こうから控えめなノックの音がした。
「ミオ。支度はできたのか」
聞き覚えのある声に、ふっとこわばった肩の力が抜けた。
「はい、イグニスさん」
入ってきたイグニスの衣装もまた、いつもと違っていた。魔法騎士の礼装だろうか、普段よりも華やかでかしこまった印象だ。腰にはかれた剣の鞘も磨かれて光っている。
彼はミオの姿を認めた瞬間、表情をわずかにほぐした。
そして、静かに言った。
「その……普段の格好もいいが、着飾るとさらに映えるな」
飾り気のないその一言に、ミオは瞬きをした。
悪目立ちするのではとばかり思っていた。だがイグニスの目はお世辞を言っている目ではなかった。転移してきたばかりの自分を抱き止めてくれたときも、こんな目をしていた気がする。真っ直ぐで誠実な、彼らしい色だ。
そういえば彼の瞳も、深い碧だ。
「……ありがとう、ございます」
言葉はうまく出てこないのに、口元は自然とほころんでいた。頬に熱がのぼってくるのがわかって、そっと俯く。
それでも、差し出された手をとることは忘れない。大きくて温かな、彼の手。あの日、見知らぬ世界に落ちてきた自分を受け止めてくれたときと同じ、安心できる温度。
(大丈夫。きっと、大丈夫だ)
彼と一緒に廊下を歩きながら、ミオはもう一度だけ小さく深呼吸をした。
◆◆◆
「もう聞いていると思うが、もう一度確認しておこう。今から向かう謁見室には国王陛下を始め、各大臣と有力諸侯が揃っている」
「……はい」
緊張に声が震える。隣でイグニスがふっと笑みを漏らした。
「そう気を張らなくてもいい。パトリックとルミネ妃殿下も同席しているし……俺もいる」
強く手を握られ、少しだけ力が抜ける。謁見の作法はダフネから習って何度も練習しているので、動きに不安はない。あとは自己紹介のときに声が掠れてしまわないよう、耐えるだけだ。
「すでに君の情報は皆に知られているから、形だけだと思えばいい」
その”形だけ”というのがミオにとっては大事なのだが、ここまできてそんな愚痴をこぼすのはさすがに情けないとわかっていた。唾液とともに不安もまた飲み下す。何もかも人に頼ってばかりではいけない。これは自分で乗り越えなければならないことだ。
長い廊下を歩いて到着したのは、天井まで伸びる荘厳な扉の前だった。両端には槍を構えた騎士が立っている。王宮にはイグニスのような魔法騎士のほかに、近衛騎士がいる。城や王族の警護を担うのが仕事だそうだから、彼らがそうなのだろう。
不躾なほどにこちらを見てくる視線を感じて、思わず顔を逸らした。図書館でもそのほかの場所でも、常に見られることばかりだった。いちいち気にしていては疲弊してしまうので、なるべく気にしないよう務めてきた。ほかの人にはなんてことない所作でも、ミオにとっては大きな一歩だ。
だからきっと今日の謁見も乗り越えられる。何より、隣には彼がいてくれる。
絡みつく視線を振り切って、ミオはイグニスに小さな笑顔を向けた。




