私を助けてくれた人、ですよね(ミオ視点)
つなぎの話です。
目が覚めて最初に見えたのは見知らぬ天井だった。ここはどこだろうとぼんやり考えていると、遅れて頭にずきりとした痛みが走った。
「いた……っ」
思わず呟いたミオの声を聞きつけたのか、「気がついたのですか」とややしわがれた声がかかる。目線を向ければ白い髭を蓄えた男性が立っていた。
「あの、ここは……」
「魔法騎士団の医務室です。あなたはここへ運ばれたのですよ。覚えておいでかな」
「いえ、ぜんぜ……」
そう答えかけてはっと思い出す。自分は誰かの大きな腕に抱き止められた気がする。わんわんと揺れる頭を抱えて、ぱっと視界が開けた先に、何か硬くて温かいものにぶつかった。乗り物酔いのような気持ち悪さに耐えながら必死で目を開ければ、誰かの驚いた表情が見えたのだった。
あの色彩は。
「碧い瞳の、大柄な人がいました……」
「それはハスフィールド隊長でしょう。あなたを保護して運んできたのも彼です」
「ハス、ふぃーるど?」
聞きなれないはずなのに何かが引っ掛かる気がした。横たわったまま首を傾げれば、再び頭がずきりと痛んだ。
「まだ寝ていた方がよろしいかと。今そのハスフィールド隊長を呼びにいっております」
「あの、私はなぜこんなところにいるのでしょうか。確か会社にいたはずです。それに、あなたは……」
ごく普通に会話をしていたので気づくのが遅れたが、目の前の男性は明らかに日本人ではなかった。意識を失う前に見たあの男性もそうだ。
「私は魔法騎士団専属の医師、ルベールと申します。あなたは本当に"落ち人"でいらっしゃるのでしょうか」
「おち、びと?」
「左様。この国には言い伝えがあるのです。光の門から突然人が降ってくることがあると。我々はその方々を"落ち人"と呼んでいます。この世界ではない、どこか別の次元から落ちてきた人のことです」
「別の世界……」
信じられない思いでその言葉を繰り返す。そのとき、離れたところで物音がした。
「あぁ、来たようですな。落ち人の方、ハスフィールド隊長をお通ししても?」
「はい……」
わけもわからず頷けば、カーテンの向こうから誰かが歩み寄ってくる気配があった。
「失礼、目を覚したと聞いたが。気分はどうだ?」
「えっと、大丈夫、だと思います」
頭は少し痛むが我慢できないほどではない。あの不思議な門に飛び込んだあと湧き上がった吐き気も収まっている。
それよりも確かめたいことがあった。
横たわったまま落ちてくる大きな影を注視する。
海の底のような、深い碧の瞳。抱き止められた瞬間、ふと思ったのは———「もう大丈夫だ」ということ。
「あなたは……私を助けてくれた人、ですよね」
そう呟けば、今度は彼の方が目を丸くした。
◆◆◆
医師の助けを借りてなんとか身体を起こしたミオに、イグニス・ハスフィールドと名乗った彼は、ここに運ばれるまでのを説明してくれた。
だが己の理解が追いつくには時間がかかりそうだった。
「そんな……ここは私がいた世界じゃないっていうんですか!?」
「そうだと思う。ちなみにここはシェルバイン王国の王都、アゴットだ。国名や地名に聞き覚えは」
「シェルバイン……」
地理で習った外国の地名とは明らかに異なる国名のはずなのに、またしても覚えがあるような気がした。だがそれ以上思い出せるものがなく、結局首を振るしかなかった。
途方に暮れる自分に、彼は言葉を選びながらさらに詳しいことを教えてくれた。
曰く、ミオは"落ち人"なのだという。
「光の門を通じて異世界から紛れ込んでくる異邦人のことを指すんだ。この国には過去にも二人の落ち人を迎えた記録が残っている」
二人ともこことは違う世界から舞い込んできた者たちで、高い教養と文明の知識を持ち、この国の発展に寄与したらしい。ゆえにこの国では落ち人は保護対象となり、大切に扱われるのだという。
「落ち人は我々が信仰する光の神オーサーの招きし客人とも言われているんだ。てっきり神話の類だとばかり思っていたんだが……現にこうして君がいるということは、本当のことだったんだな」
紺碧の深い瞳に見つめられ、なぜか頬が熱くなるのを感じた。
「あの、事情は事情として、元の世界に帰るにはどうしたらいいんでしょうか」
「それなんだが……かつての落ち人たちは皆、この国に永住したようで、帰る方法となるとすぐにはわからないんだ」
「そんな……」
口元を手で覆いながら青ざめる。仕事や住まい、料金の支払いなど、放置してきたあれこれを思い出して途方に暮れていると、イグニスが申し訳なさそうに顔を歪めた。
「俺としてもなんとか戻してやりたい気持ちはある。君のご両親もさぞかし心配していることだろう」
「え……あの、両親はいないので、それは大丈夫なんですが」
「いない?」
「はい。私が中学生のときに……えっと、子どものときに二人とも亡くなって。私、施設育ちなんです」
答えながら、施設という言葉がわかりにくかったかと考えるが、適当な言葉が思い付かず口ごもる。だがイグニスは別のことに気を取られているようだった。
「子どものときに亡くなったということは……失礼、君は今、いくつだ?」
「二十四になったところです」
「なんと……。てっきり未成年かと思っていた、申し訳ない」
「いえ、私たちの民族は幼く見えるらしいので、特に気にしません。ハスフィールドさんはおいくつなんですか」
「二十六だ。それから、イグニスと呼んでほしい、落ち人殿」
「では私のこともミオと。あぁ、私、名乗っていませんでしたね。遠藤澪と言います。ミオ・エンドウの方がわかりやすいですか?」
「ミオ殿、だな」
「殿だなんて、やめてください。私の方が年下です」
「しかし、この国では落ち人は王家の客人として迎えられる。一般貴族よりも上の立場で、本来ならミオ様と呼ぶのが正しいくらいだ。てっきり未成年の子どもだと思って気軽に話しかけてしまったが、それ自体が無礼だった。すまない」
謝罪したあと、イグニスは思い出したかのように付け加えた。
「あぁ、そうだ。王太子殿下の命でしばらく俺が君の護衛につくことになった。そういうわけだからよろしく頼む。それで、改めて尋ねたいんだが、君はどうやってこの国に来たんだ?」
「それは……」
改めてそう問われて思い出したのは、白と黒の光が取り巻く不思議な門のこと。
だが、それと同時に、自分がその門へと飛び込むことになった原因の記憶までが鮮明に蘇ってしまった。
どくりと心臓が鳴る。そんなミオの変化を読み取ったイグニスが、覗き込むように目線を合わせてきた。
「大丈夫か、気分が悪くなったのでは?」
「いえ、平気です。……それで、私がここに来たときの話、ですよね」
早くなった心臓に手を当てて深呼吸する。大丈夫だ、ここには自分を害そうとする人はいないはずと何度も言い聞かす。
「……あのとき、私は会社にいました。ひとりで残業していたんです」
震えそうになる声を保ちながら、ミオはこの世界へ飛び込んだときのことを話した。




