ごめんなさい……さようなら(ミオ視点)
前の小説が完結していないのに……新連載に手を出してしまいました。ごめんなさい。
シリアステイストの異世界転移子育てもの、不定期更新です。おつきあいいただければ嬉しいです。
見覚えのある光景を前に、ミオは思わず息を止めた。
揺らめいているのは白と黒の光。幾重にも重なる煌めきが流線のように棚引いて描くのは、人が通り抜けられるほどの大きな門だ。
「まさか……そんな」
忘れるわけがなかった。かつて窮地に陥った自分が逃げるように飛び込んだ、あのときと同じ門。ここを通じてミオはこちらの世界にやってきた。およそ一年前の出来事だ。
(ここを通れば……帰れる?)
自分がいた世界———現代の日本へ。
ひくり、と足が竦んだ瞬間、おなかの内側からとん、と蹴る力があった。はっと大きくなった腹部を見下ろす。
元いた世界があのときのままだったとしても、自分はもうあの頃と同じではない。以前はひとりぼっちだった。
でも今は———この子がいる。
そして、この子の父親もいる。
臨月のおなかに手をあてたまま彼のことを思えば、胸の奥をつきりと刺す痛みが広がった。アッシュブラウンの髪、紺碧の瞳、出会った頃から少しも変わらない気遣いと優しさ。この世界に来て右も左もわからないうちに落胆され、覚えのない悪評にも晒され、非難の目を向けられたときも、常に守ってくれた人。
ミオが生まれて初めて好きになった人。
だからこそ、彼の幸せを奪ってしまった自分が許せなかった。
ミオが姿を消せば、彼は本当に愛する人と結ばれる。形式上の妻など永遠に消えてしまえばいい———それが彼のためにできる唯一のことだとしたら。
(この子と二人、あなたがくれた思い出とともに生きていきます。だから———)
顔を上げると、光がいっそう強く揺れた。まるで手招きするように。
「ミオっ!!」
名を呼ばれて振り向けば、今まさに思い描いていたその人が部屋の入り口に立っていた。
早く決断しないとこの門は消えてしまう。迷っている暇はない。
光がミオの指先から全身を包んでいく。一歩進んだ足元から舞い上がった風がマタニティドレスの裾をはためかせる。彼が何かを叫んでいるが、声はもう届かない。
押し付けられた妻でしかない自分は彼に嫌われている。それでも———最後にもう一度だけ、その顔が見たい。
振り向いた目に映ったのは、必死に何かを訴える彼の表情だった。本当は優しく自分を見下ろしてくれる瞳が見たかったが、贅沢というものだ。
再び白と黒が織りなす光の門へと視線を戻せば、不意に遠い記憶が蘇った。日も沈みかけた夏の夕暮れ時、父と母と手を繋いで訪れた夏祭り。藁で編まれた巨大な輪に驚いた自分に、父が笑いながら言った。
「この輪をくぐれば無病息災で過ごせるんだよ」
「むびょうしょくしゃいってなに?」
「パパったら、澪にはまだ難しいわよ」
「そうか? だったら、そうだな……幸せに過ごせるってことだよ」
家族三人、そう願った。両親が事故で逝ってからも、ずっとそれだけを。
元の世界で幸せになれるかどうかはわからない。施設育ちだと噂され、口下手なせいで親しい友人もできず、残業を押しつけられ、セクハラに耐え続けた以前と同じ日々が待っているだけかもしれない。未婚の母として戻れば、その職すら失ってしまう可能性もある。
それでも———彼の幸せを願うなら、もうここにいるべきではない。
唇が静かに動く。
「ごめんなさい……さようなら」
そして——ありがとう、イグニスさん。
最後の言葉はいつだって届かない。白と黒の光がミオの全身を包んだ後———光の門は、さらさらと消え去った。
輪越しをご存じでしょうか。関西だけの風習だときいたことがあるのですが、本当ですかね。




