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平凡を目指す私と騎士科の王子様の告白騒動  作者: 四葉ひろ


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 書きあぐねていた作品、思い切って投稿します!

 のんびりペースですがお付き合いいただけると嬉しいです。

 

 私の人生十七年間。それはひたすら平凡であることを目指した十七年だった。


「そう。それがもう平凡ではないわね」


 学園のカフェテリアにそぐわない優雅さでティーカップを置いたクレアはそう言うと、ぷっくりとした唇にこれ以上なく上品に指を当てて続けた。


「平凡でいるよう努力しないといけないのって、非凡て言うのではないの? まず平凡な成績で、この学園の特待科に合格なんてできないわよね。あなた、地元の町では、優秀さで目立っていたのではなくて?」


 そう言われてぎくりと肩を揺らしてしまった。ほら、と言わんばかりのクレアから慌てて目を逸らして、クレアとは似ても似つかない庶民的な所作でランチをつつく。学園のカフェテリアの料理は基本的に庶民的なのだけれど。


 地元の初等学校では、クラスの中でも成績が良くて、十歳の頃にはそれだけで、非常に人見知りの激しかった私が、クラスの皆の総意で級長なんてものをやらされたのだった。今思い出してもあれは辛かった。成績が良いことと、皆を先頭に立って引っ張っていく能力はあることはまったく別のことであるということに、その年頃だと気がつかないらしい。


「ほら、目立ってたのではないの。しかも、激しい人見知りな時点で、平凡じゃないわよ」


 そう。極度の人見知りだった私にとって、教師の期待、仲間からのいじり、父が領主代理の一人だったことも相まって、大人たちの間でもちょっとした有名人だったことは耐え難いことだった。ただ人より少し勉強ができるだけなのに。その環境に耐えられなくなって、ここなら目立たないと思って、この学園を受けたのだ。入ってみれば案の定、国内随一の学園の特待生たちの中では、私の成績なんて中の下で、家柄らしい家柄もなく、裕福でもなく、全く目立たない。


「本当に平凡な人は、目立たないようにわざわざ地元を離れたりしないと思うわ」


 クレアが呆れたように言った。

 確かに、そう言われてみるとそうかもしれない。


「それで?」

「……それで? とは」

「何で急にそんなこと言い出したの?」


 おうむ返しでやり過ごそうとした私を意に介さず、にっこりと笑ってクレアが身を乗り出してくる。高位貴族のお嬢様がそのような態度、お下品ですわよ。


 知ってるくせに。


 もう、全校中で話題のはずだ。それこそ、敷地の隅々にまで知れ渡っていても不思議ではない。


 この国の最高峰の教育機関である王立学園は、王都から少し離れた小高い丘の上に立っている。もっと正確に言うならば、丘そのものが学園だ。様々な専攻科に分かれていて、特定の専門分野を学ぶ科や総合的な能力向上を目指す普通科に加え、私やクレアがいる特待科は、王族以下、クレアのような高位の貴族が所属している一方、医者や科学者や国の中枢で働く官吏などを目指す、いわば学力面での成績優秀者が集められている。後者は身分は問わないので、私のような父が一代限りの准男爵の家の者や、それこそ平民もいる。


 平民に門戸を開いているのは他の専攻科も同じだけれど、高位の貴族は圧倒的に特待科所属が多いから、友人がこんなに身分違いになったりもする。


 知力に優れた者が集められているのが特待科だとすると、武力に優れている者を集めているのが騎士科だ。ここは、あまり高位の家の嫡男などはいないけれど、貴族の次男三男から平民までとそれなりに幅広い身分の者が集まっている。

 ある程度の身分の貴族同士だと家の付き合いなどで、騎士科に知り合いがいたり、中には婚約者がいたりするようだけれど、あいにく私には友人と呼べるほどの知り合いは騎士科にいない。

 そもそも女子が少ないから、男女で別れた寮にも少ないので、知り合うきっかけもないのだ。


 交流が全くないわけでもなく、毎年開かれる剣術大会の前には、呼び込みの騎士科生徒が観客を求めて特待科の教室にもやってくる。私にとっては、その時が一番近くで騎士科の生徒を見る機会かもしれない。

 

 騎士科にとって、一年で一番大きな行事らしく、特待科だけではなく、学園中を回っているらしい。

 

 そんなことをしなくても、もともと騎士科に友人がたくさんいる貴族たちは、家同士の付き合いを含めて遊びに行く。私もその子達に誘われてなら行ったことはあるが、宣伝しに来た騎士科の生徒に影響されていったことは無い。要するに、各科を回っての呼びかけは、あまり効果の挙がる宣伝方法ではないのだ。

 実益を求めてというよりは、それも含めて、お祭りの一貫ということだろう。


 だから、今年も通学中に剣術大会への来場を呼びかける騎士科の生徒たちがいても気にかけなかった。

 チラシを受け取ってそのまま通り過ぎようとしたその瞬間――。


「ベル・エヴァレット嬢。僕と付き合ってください!!」


 突然の大声。まだ、寮の並ぶ区域から各専攻科に分かれる前の人通りの多い道。しかも。


 突然呼ばれた自分の名前に、ぎょっとして振り返る。


 そこにいたのは、騎士科のリチャード・アシュフォード。


 騎士科に友達なんていない私でも知っている。彼が有名人なことは。騎士科の同学年では一、ニを争う腕前で、座学でも優秀な成績を収め、そして何よりも見目麗しいルックス。

 整った顔の毎日陽に焼けて鍛錬しているとは思えないきめ細やかな肌に、朱が差していた。

 ――私の胸が嫌な音を立てた。


「返事は急がないから! じゃあ!」


 何も言えない私に、一通の封筒を押し付けると、そのまま騎士科の校舎の方に走り去っていった。素晴らしい脚力だった。


 右手に残された手紙を見る。

 そこには、はっきりと私も名前が宛名として書かれていた。通りすがりで誰でも良かったんだったら良かったのに。

 少なくとも、もともと私に声をかけるつもりだったのだ。


 とてもではないが、顔を上げて回りの様子を確かめる余裕は無かった。それでも、痛いほど感じる視線。


 うつむいたまま、とにかく足早にその場を立ち去った。教室に入るまで、いや、入ってからも顔は上げられなかった。


 午前中、ずっと机だけを見つめて授業を受けた私は、昼休みになるや否やにやにやと近づいてきたクレアを引っ張ってこうやってカフェテリアまでやってきたのだ。


「それで、どうするの? 付き合うの?」

「まさか!」


 私がそう言うと、クレアは不満そうに口を尖らせた。


「なんでよ。あのリチャード・アシュフォードよ。将来有望な有名人じゃないの。何が不満なの」


 私はぱっと顔を上げてクレアを見た。縋るような目になっていたと思う。

 

「――不満と言うより……、私である必要がある? 私と彼が話しているところを見たことがある? 少しでも交流があればクレアが知らないはずないじゃない。 彼は有名人だけど、私は有名人でもなんでもないのよ」


 クレアは、ぽかんとした顔をして私を見つめている。そして不思議そうに呟いた。


「……じゃあなんでベルなのかしら」


 不思議そうに呟くクレアを見て、ほんの少しだけ罪悪感を覚える。だが、「学園内で交流がない」のは本当だ。お互いに認識していたとしても。あちらは私が騎士科の彼のことを「知っている」とは思っていないだろう。


 その時、カツカツと高い靴音が、私たちに近づいてきた。

 靴音は私たちのテーブルの前で止まる。

 見上げると数人の令嬢が、こちらを見下ろしていた。

 彼女たちは、この学園のいわゆる一軍だ。爵位が高いか実家が裕福。そして何より容姿が良い。

 彼女たちは、私たちのテーブルを囲うように並んだ。

 

「あなた、何か勘違いしているかもしれないけれど」

 

 真ん中に立ったのは侯爵令嬢。クレアに並ぶ身分を持ったこの一軍の中心人物だ。侯爵令嬢には珍しく普通科に所属していて、同じ侯爵令嬢で特待科のクレアとは犬猿の仲らしい。私は初めて話しかけられたけれど。


「あなたなんかが、本気で相手にされているなんて思わないことね。揶揄われているだけよ」


 なんのことを言っているのかは明白だった。

 

「なんなの? 突然割り込んできて。失礼よ。それに感じ悪いわね!」


 クレアが言い返す。

 しかし、半日経って少し冷静になっていた私には、彼女の言葉が腑に落ちた。


「なるほど、――揶揄われている。いや、もしかしたら嫌がらせ? それか誰かに強要されたのかも」


 あとからクレアから聞いたところによるとブツブツ呟く私にみんなの視線が集まったそうだ。しかし、私は自分の思いつきに興奮していて全くそれには気づかなかった。


 おそらく彼は、何かの賭けに負けたに違いない。それとも騎士科の中でいじめられているのだろうか。そうよね。彼は意外と大人しい。自分から積極的に私に嫌がらせをしに来たとは考えづらい。少なくとも私の知っている()は。

 それで、誰でもいいから告白することになった。それも、あんな形で。もし、本当に私が好きで告白するなら、ほかにいくらでも方法はあるはずだ。誰でもいい、その条件だったとしたら、()()()()()()()()()()()()。きっとそう思ったのだろう。

 からくりがわかったら、かえって心がスッキリして私は思わず立ち上がって、侯爵令嬢の手を取った。少しビクッとされた気がしたけれど、振り解かれはしなかった。


「さすが普通科は知見が広いですね!」

「なんなの? 馬鹿にしているの?」


 眉を顰めた令嬢に構わず私は続けた。

 

「いいえ! とんでもない。きっとアシュフォードさんは、私なんかに告白することになって困っていることでしょう。私、ちゃんとわかっていますと手紙を書きます。ご助言ありがとうございます」


 不気味なものを見るような顔で侯爵令嬢は私を見ているけれど、私の握った手を振り解いたり、突き飛ばしたりはしてこない。さすが、礼儀作法を叩き込まれている王都の貴族は違う。

 クレアが額を抑えてため息をついている。やはり相手の手を突然握るというのは、お行儀が悪かったかしら。

 私が手を離すと、令嬢は、わかればいいのよとか、なんなの? とか、変わってるわねとか言いながら去っていった。一緒に来た令嬢たちも怯えたような顔で後を追う。手を離しても何も嫌がらせをしてこないなんて、やはり王都の学園に通うだけあって品がいい。


 心が軽くなった私は、クレアに私の推理を伝えた。

  

「告白の相手は、あとくされの無いよう、友人の婚約者の友人とかそういう感じで対象を選んだんだと思う。ほら、クレアの婚約者、魔術科の。彼とも仲が良いじゃない? 時々一緒にいるところを見かけるし」


 そう一気に捲し立てた私に驚いた顔をしていたクレアは、遠慮がちに、しかし眉を顰めてつぶやいた。

 

「そんなことあるかしら? だとしたらパトリックも何か知ってるかもしれないってこと?」

「むしろ、そんなことしかないと思う。クレアの婚約者は、騎士科じゃないから賭けには関わっていないんじゃない?


 何故か戸惑いがちに私の様子を伺うクレアをよそに私は確信を深めていた。クレアは彼がどうしてわざわざ私にと思っているのだろうが、その点に関しては、私には心当たりがある。


 罰ゲーム説は、考えれば考えるほど説得力があると思えた。あんな往来で、あのリチャード・アシュフォードが一般のなんの特徴もない生徒を捕まえて、あの告白は無い。彼にとって私はむしろ忌避したいくらいの存在のはずだ。


 納得したらすっかり心が落ち着いた。食欲も湧いてきた。


 ご飯を食べ終わって、何人かの後輩やほかのクラスの人に朝のことについて聞かれたけど、学園で初めて話したこと、何かの間違いじゃないかと思っていることを話すと、みんな、一様になんだ、というちょっとがっかりしたような、安心したような顔をして、それ以上は追求されなかった。そもそも人のことを根掘り葉掘り聞くのは、はしたないと教育されている人間が多いのだ。素晴らしきかな王立学園。


 午後の授業中、こっそり朝、彼に手渡されたメモを見る。そこには寮の部屋番号とご丁寧に実家のタウンハウスの住所。


 どう考えても、本気の告白とは思えないけれど、不思議と腹は立たなかった。私は恥ずかしいのが一番だったけれど、彼の方がよほど葛藤があったのではないか。当たり前だけど、学園に入ってから今まで近づいて来たことはなかったのに。

 今日のみんなの反応からして、すぐに興味は薄れるだろうし、私は、すぐに、いつもの平凡な毎日に戻れるだろう。


 それにしても、相変わらずきれいな顔だった。


 朝、間近で見たリチャードの顔を思い出す。ちょっと上気した頬が女の子のようで、精悍な中にもかわいらしさもあった。


 そういえば、どうして、連絡先なんてくれたんだろう。むしろあの場限りの方が良かったはずなのに。

 もしかすると私からの返事までが、ミッションなのかもしれない。今朝のことはどちらかというと彼にとっての方がダメージが大きいはずだ。


 ――乗りかかった船だ。


 そうだ、もう巻き込まれているんだから。心の奥底は覗かないことにした。教科書の影でノートを取るふりをしてそっといつも持ち歩いている便箋を出す。


「こんにちは。今朝はお疲れ様でした。詳しい事情はわかりませんが、私にできることなら、協力します」


 署名をして、封筒の宛先は彼の寮の部屋。


 これで、おそらくもう連絡が来ることはないだろう。

 ひとつ息を吐いて顔を上げる。ここは王都の学園、いつもの教室。平凡な私の平和な居場所だ。

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