【超短編小説】懺悔室8000RPM
おれは小心者だ。
そいつは懺悔するに値するか?赦しを乞うべき脆弱で虚弱な存在だろうか?
おれは小心者だ。
ハタチを超えてclub 27にも入り損ね、おめおめと生きながらえているのは罪じゃないか?
繁殖もせずにいるのは大罪じゃないか?
懺悔をさせろ。
懺悔室はどこだ?
おれは懺悔室を探している。
だけど120km/8000rpmの懺悔室で感じるのは生への執着だとかでは無かった。
道交法とかはどうでも良いし転んだら痛そうだと言う感想は出た。
でもヘルメットや遠心力、風、重力も懺悔室にはならなかった。
大型トラックの荷台に擦れたミラーが内側に曲がる。
「邪魔だよ、おまえ」
ヘルメットの中でおれの声が響く。
おれは小心者だ。
トラックを叩いたりしない。
代わりに開きっぱなしのアクセルは比例して速度を上げていく。
追い越し様に中指を立てる。
トラックの屋根に取り付けられたラッパから聞こえるクラクションを置き去りにした。
おれは昔から懺悔室を探していた。
高校生だった頃、深夜の自動証明写真撮影機を懺悔室に見立てて入ってみた事がある。
形が一番似ていたからだ。
しかし入ってみたは良いものの特に懺悔する様な事がなく、ただその中で煙草を吸いながら暗いガラス板に映る自分の顔を眺めているだけだった。
当時のおれに懺悔と言うほどの強烈な何かは存在しなかった。
精々が青年雑誌を書店から盗んだとか、親とか同級生の財布から小銭を抜いた、カンニングをした程度のものだった。
殺しも付け火もしていない。
無理打ちだってしていない。校舎の窓ガラスを割ってもいない。
おれはまともだった。
おれは普通だった。
だから圧倒的な力の前に平伏したいと願った。
それは神だろうが悪魔だろうが構わない。
仮に暴力装置としての集団や国家みたいなものでも構わないし、絵や文章その他の祈りでも構わない。
おれと言う存在が愚昧で矮小だと言うことを知りたい。そして赦しを乞いたい。
どこかにそんな願いがある。
懺悔室と言う薄ぼんやりとした概念が頭から離れないのはそのせいだろう。
おれと言う存在に、その背骨となる規律や戒律みたいなものが欲しいだけかも知らない。
だからそれが何だっていい。
暴力でも、速度でも。
8000rpmのエンジンは速度を上げて140kmになろうとしていた。
車体が痙攣を始める。
おれはニーグリップで抑えて重力の裏側を走る。
重たい空気が溶けたバターの様に身体を後方に引っ張っていく。
おれは身を屈めてその粘質な空気をやり過ごす。
やり過ごす、そうだ。
おれは様々なことをやり過ごしてきた。
だから欲しいんだ、規律、戒律。人生の背骨が。
それらを自身以外の手に委ねると言うのは怠惰なんだろうか?
既に決まっている規律だとか戒律、それも自分が関与できる範囲の遥か前から存在するそれらはどんなに魅力的だろうか?
信仰や祈りはそんなものから始まって良いのだろうか?
140km/8000rpmの鬱屈がアスファルトを疾走する。
前方の信号が青から黄色、そして赤に変化する。
アクセルは戻さない。
だが前を走る車のブレーキランプが灯り、おれはブレーキペダルを踏む。
ブレーキレバーを握る。
ロックしたタイヤが地面を滑り全身に力が入る。
左足を地面に伸ばして踏む。
車とは数センチの隙間。
思わず離したクラッチにエンジンが痙攣して気絶した。
キックをしてエンジンを起こしていると、さっき追い抜いたトラックが脇を通過していった。
「笑ってやがんのか?」
キック。
エンジンが目覚める。4000rpm。
振動。アクセル。5000rpm。
「そう言えばトラックは箱型じゃねぇか」
おまけにもう一人乗ってやがる。
「乗せろよ、懺悔させろ」
後ろに付けた車に中指を立てて8000rpmは動き出した。
光あれ。




