1話 幼い頃の記憶と今
幼い頃はもっと自由だった。
「アリー、大好きだよ」
「えへへ、わたしもアルのことだーいすき!」
「ふん、よくもいえるな」
「……レオは、わたしのことがきらいなの?」
「あーあ、レオがアリーを泣かせた」
「はあ?! 泣かせたつもりはねーし!」
「じゃあ、レオも言えばいいよ。ほら、アリーが悲しそうだよ」
「……あーもー! わかったよ! 俺もアリーのことが好きだよ、これでいいか!」
「やだ、レオなんてきらい」
「ああ!?」
「ふふ、うっそー! わたしもレオのことだいすき! 二人のこと、だーいすき!」
二人の間に飛び込み、右手でアルの腕を掴み、左手でレオの腕を掴む。
二人のことがだいすきで、彼らもよく好きと言ってくれていた。
好きな人と遊び、話して、美味しいおやつを食べて、楽しい時間を過ごしていた。
それが、いつからか変わってしまった。
子供達の戯れとはいえ、両親たちはその姿を見て「まずい」と思ったらしい。
王族である彼らと、公爵令嬢である彼女が幼い頃から親密であれば、命を狙うものが出てきてしまったり、価値観が曲がってしまうのではないかと考えた。
そう判断した両親たちは、学園に入れるまで三人の距離を置くことを決意した。
「アリー、おまえさんはいつか王妃になるんだ。そのためにも、彼らと距離を取らないといけない」
「どうして? アルとレオはおうじ様だから、わたしがおよめさんだよね?」
「ああ、そうだとも。そのためには、王妃になるための勉強が必要なんだ」
「がんばれば、アルとレオのおよめさんになれるの?」
「なれるとも。そのために、彼らとは離れなければならん」
小さな瞳に涙がたまり、頬を伝って溢れていく。
だが、それを拭ってまっすぐと父を見た。
「わかった! さみしいけど、ふたりのおよめさんになるためにがんばる!」
そう言った日から、二人には会えなくなった。
思い出すことはあれど、会わない日々が続けば記憶も薄れていく。
毎日勉強を続け、さまざまな知識やマナーを身につけ、淑女として相応しい振る舞いをするように努力をしてきた。
なんのために頑張っているのかわからなくなって、気づけば「王妃になるため」と思うようになり、いつか王妃として相応しいと思われるように頑張ってきた。
「二人のお嫁さんになるため」という気持ちは気づけばなくなっていた。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
月日が流れ、私は十六歳になった。
そしていよいよ、貴族たちが通う学園に入学する日がやってきた。
制服を身につけ、鏡を見ればそこに映るのは無表情の自分。
「アレクサンドラ様、よくお似合いです!」
「ありがとう」
侍女にお礼を伝え、玄関ホールへと向かえばすでに両親が待っていた。
「アリー、入学おめでとう!」
「よく頑張ったわね、首席での入学だなんて誇らしいわ」
「お父様、お母様。ありがとうございます」
制服のスカートを持ち上げ、お辞儀を見せる。
嬉しそうに笑う両親の姿に安心した。
「では、行ってまいります」
「ああ、行ってらっしゃい! 楽しんでな!」
荷物を受け取り、馬車に乗れば見えなくなるまで両親は手を振っていた。
それを窓から見届けたあと、流れていく景色を見つめる。
(楽しむ……)
楽しいとは、一体どんなものだったのか。
昔はよく笑っていたと思うのに、気づいたら笑うことがなくなってしまった。
王妃は国王を立てる存在で、常に一歩引かなければならない。
そんな存在である王妃には笑顔はいらないと教育係に強く言われてきた。
そのため、顔は常に無表情でいることに慣れてしまった。
面白いと思っても、怖いと思っても、悲しいと思っても、驚いたとしても顔を崩してはならない。
(今更、楽しめと言われても無理な話よ)
小さく息を吐くと、馬車が止まった。
御者の手を借りて馬車から降りれば、すでに多くの生徒がそこにはいた。
「あの馬車の紋章って、パーシヴァル公爵家の……?」
「ということは、あちらにいらっしゃるのがアレクサンドラ様? 首席で合格だったと聞いたけど……」
周りが少しざわついている。きっと、すでに話が回っているのだろう。
その話にわざわざ入りたいわけではないので、聞こえないふりをしながら門をくぐった。
すると、人だかりがすぐ目に入った。
いったいなんだろうと思いながら横目で見ると、見覚えのある姿に目が奪われてしまった。
「アルと、レオ……?」
この学園には、王族も通うのかと呆気に取られる。
貴族ではあるけど、王族はまた桁が違う。
思わず立ち止まっていると、彼らもこちらの方を見た。
なんだかまずいと思って目を逸らすと、視界の端っこから彼らが歩いてくるのが見えてしまった。
「アリー! 久しぶりだね、君にまた会うことができて嬉しいよ」
「……久しぶりだな」
気さくに話しかけてくる彼らに、昔の懐かしさが蘇った。
でも、ここで馴れ馴れしく話すわけにはいかない。
距離をとり、先ほど両親にも見せたお辞儀で挨拶をする。
「アルバート様とレオン様にご挨拶申し上げます。お久しぶりでございます、お会いできて光栄です」
「アリー、そんなに堅苦しくする必要はないよ」
「お前らしくないだろ」
「……昔とは違いますので」
二人の姿も声も、随分と変わってしまった。
顔に面影はあれど、ずっと会っていなかったから知らない人のように見える。
「もしかして、アリーは知らないんじゃないか?」
「ああ、まだ正式にはお知らせしてないだろうね」
「……? 何かございましたか?」
家を出る時も、両親は特に何も言っていなかった。
やけに笑顔だったと思うが、それにしても私は何を聞いていないのだろうか。
「アリーが、王妃候補だっていうのは知ってるよね?」
「ええ。そのために勉学に励み、学園に入学をいたしました」
「まだ僕たちのどっちかはわからないけど、アリーは正式に王族の婚約者になったんだよ」
「……はい?」
「そういうわけだから、また後でな。早くいくぞ、アル」
「あ、もうそんな時間か! アリー、また後でね」
右手と左手を二人にそれぞれ取られ、手の甲にキスを落とされた。
周りからは、すごい勢いで叫び声が聞こえた。
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