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赤頭巾のヴェンデッタ〜異世界転移した先で殺された俺、魔王に転生して極悪勇者にざまあする〜  作者: まぴ56


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第9話:さあ、異世界生活の始まりだ

初めての異世界で、初めての一歩。

扉の向こうに広がる光景は、彼にとって“現実”の始まりだった。

 修道院の出口にそびえる、三メートルはあろうかという分厚い木扉に、誠二は肩を当てた。

 ――ぎ…ぎ、と乾いた軋み。

 掌の下で年輪の起伏が抵抗し、古い樹脂の匂いがふっと立つ。隙間が生まれ、ひやりとした朝風とやわらかな日差しが聖堂へ流れ込んだ。


「ぐっ……」


 両腕に力を込めて押し切る。粘るように扉は後退し、ようやく人が一人抜けられる幅になる。


「手伝おうか?」


 背後からレーネの声。姐さんはもう持ち場へ戻ってしまい、出口まで見送ってくれるのは彼女ひとりだ。レーネは退屈そうに両手を頭の後ろで組み、誠二の奮闘を眺めている。


「いや、家の扉も開けられないようじゃ冒険者は無理だろ。最初の試練、ってやつだ――俺はそう思ってる」


「大げさだなぁ」


 力みでぴりつく腕を回し、指先についた木屑をはらう。扉を開けただけなのに息が上がる。(運動不足、極まれり……)と苦笑しつつ、胸の奥では妙な高鳴りが芽を出していた。


「扉は開けっぱなしで大丈夫。朝はいつもそうだよ」


「そうか。じゃあ行ってくる。夜までには帰る」


「うん! いってらっしゃい! がんばってね!」


 振り返ると、レーネが腕を伸ばして親指を立てていた。誠二も胸の前で親指を返し、「行ってきます!」と短く告げる。

 そして彼女に背を向け、誠二は――実質初めて――異世界の町へ踏み出した。


 最初の一歩を受け止めたのは、ふわりとやわらかな土。行き来に踏み固められているはずなのに、室内の堅い床とは違う懐かしさが足裏に残る。修道院の敷地を抜ける石道を進むたび、胸の中の鼓動が小さく跳ねた。


(興味ない、なんて言い張っても――これは、男の夢ってやつだ)


 空を仰ぐ。大きな太陽が世界をきちんと照らしている。


(天体の並びは地球と似てる? まあ、そうじゃなきゃ重力とかおかしくなるよな)


 気温も湿度もほどよく、むしろ現代日本より心地よい。さえずりながら横切る小鳥の影が視界をかすめ、日常の音が胸の緊張をほぐしていく。


 やがて、修道院の敷地と町の大通りを隔てる門へ到る。門は全開で、少し離れた植え込みでは赤髪のシスターが草木を手入れしており、目が合うと軽く手を振ってくれた。誠二も小さく振り返す。


 丘の上からは、町が一望できた。

 坂の下、朝の光に洗われた街並みは、手のひらの上で動き出す精巧な模型のように息づいている。石畳の大通りは扇の要から放射状に広がり、赤茶の屋根と白い漆喰壁の家々が段をつくって並ぶ。窓枠は濃い木色で統一され、真鍮の取っ手が小さく光った。通りの奥では、王城と呼ぶには愛嬌のある背の低い城が、銀灰色の石壁を朝日に鈍く光らせている。塔先の房飾りが風に鳴り、城下へ新しい一日を告げた。


 町を横切る川は幅広く穏やかだ。石造りの大橋に荷馬車が列をつくり、川面では水車がゆっくり回る。粉屋の屋根には白い粉塵がふわりと舞い上がり、流れは陽を返して銀の皺をつくっている。橋の欄干には鉢植えのハーブが整然と吊られ、緑の帯が水面へ影を落としていた。


 円い中央広場は、もう小さな祭りの気配だ。噴水の縁では子どもが笑い、屋台には色とりどりの香辛料、干した果実、焼きたての肉串。焼けた脂とハーブ、酵母と木樽の香りが混ざって丘の上まで届く。広場に面して黒い梁を見せた木組みの大きな建物――冒険者ギルドがどっしり構え、猪の意匠の看板が軒先で揺れている。中からは笑い声、椅子の軋む音、掲示板に紙を留める釘の乾いた音が絶えない。


 往来には、さまざまな足音が重なる。

 長い耳飾りを風に揺らす弓の旅人が露店の紐飾りを指先で確かめ、背は低いが肩と腕の太い金槌持ちが煤を払いつつ鍛冶場へ向かう。子供ぐらいの身長しかない、草鞋をはいた小柄な店主は木箱の上に立ち、鈴のついた小物や旅道具を軽やかに鳴らしてみせる。肌の色も耳の形も背丈も違う者たちが、ここでは当たり前の顔で肩を並べ、値段のやり取りをし、笑っている。


(ダリアさん曰く、この国は偏見や差別が少なく、人間以外の様々な種族が入り混じって暮らしているらしい。そんな国は、この世界においてはそう多くは無いそうだ)


 修道院から麓へ続く石段は、蔦とハーブの鉢で縁どられていた。石の継ぎ目には朝露が残り、靴底が触れるたびにひやりと涼しい感触が伝わる。右手では鋭い切妻屋根の鍛冶場から、朝一番の鎚音が空へ澄んだ余韻を投げる。左手の路地では洗濯物が風に踊り、窓辺のパン屋では焼き上がりを告げる小さな鐘が鳴った。


(……全部、ちゃんと生きてる。ゲームじゃない。ここは匂いも音も温度もある、“世界”なんだ)


 胸の高鳴りが、もう一段強くなる。川の風は涼しく、陽はやわらかい。ギルドの看板はここからでも読める。誠二はベルトの革をぎゅっと握り直し、丘を下る一歩目を踏み出した。石段が小さく鳴る。未知へ向かうには、これ以上ない合図だった。


「――さあ、ここからが本当の。俺の異世界生活の始まりだ」


 ぽつりと漏れた独白を、朝風がさらっていった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

この世界の空気を、あなたにも感じてもらえたなら嬉しいです。

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