第33話:田中誠二、第二の闘いへ
誠二はヴェンデッタの少し前を歩き、先ほど村人に案内された空き家へと向かった。
日が落ちた村には、家々の窓からこぼれる橙色の灯りが点々と浮かび、土の道を淡く照らしている。冷えた夜気の奥に、薪の焦げる匂いと、湿った木の匂いが混じっていた。
――視線。
灯りの影に紛れるように、どこかの戸口や窓の隙間から、誰かがこちらを窺っている。けれどそれは、前を歩く誠二ではない。
深紅の頭巾と外套――村の闇の中でひときわ目立つ色が、否応なく目を引くのだろう。誠二がそちらへ目をやると、ぱっと糸が切れたように気配が消えた。戸が閉まったのか、息を殺したのか。村の静けさだけが残る。
少し進むと、古びた木造の家が見えてきた。周囲の家々も似た造りではあるが、そこだけは明らかに年季が違う。雨と風に晒された板は黒ずみ、軒先には乾いた蔦が絡みついている。長い間、人の手が入っていなかったのだろう。
「ここだよ。ぱっと見、なんというか……ぼろっちいっつうか……まあでも中は案外きれいなんだぜ」
「別に、雨風が凌げればどこでも構わないわよ」
ヴェンデッタは淡々と言い、木の扉に手をかけて引いた。
ギギギ……と乾いた音が鳴り、できた隙間から、意外にもヒノキを思わせるような、少し甘い木の香りがふわりと流れ出てくる。外の冷えた空気と混ざり合い、胸の奥にまでしみ込むようだった。
中ではフレッドとシェーナが、大きな鞄の中身を床に広げて整理していた。布や道具が几帳面に並べられ、空き家の殺風景な床に、生活の輪郭が急に生まれている。扉の音に気づき、二人は同時に顔を上げた。
「ヴェンデッタさん! おはようございます。よく眠れましたか?」
フレッドの大きな声が、古びた木の壁に当たって反響し、家全体がわずかに震えた気さえした。隣でシェーナは膝をついたまま、頭だけを小さくぺこりと下げる。
「ええ、おはよう。あなたたちが荷物を運んでくれたんでしょ。ありがとうね」
ヴェンデッタはそう言って、二人に向けてぺこりと頭を下げた。
一瞬、時間が止まったみたいに空気が固まる。フレッドは驚いた顔のまま完全に硬直し、シェーナも固まったが、すぐに我に返って慌てて止めにかかった。
「そ、そんな……やめてください、ヴェンデッタさん! そんな、恐れ多いです!!」
シェーナは半泣きのまま両手をぶんぶん振り、必死に言葉を探している。
「……別に、頭を下げただけじゃない」
ヴェンデッタは少し困ったように眉を寄せ、表情を歪めた。自分にとって自然な礼が、相手にとって“事件”になってしまったことが理解しきれない――そんな顔だ。
見ていられなくなったのか、ヴェンデッタは後ろを振り向き、誠二と目を合わせた。
「ったくもう、やりにくいったらありゃしないわ」
「……それなら、ヴェンもちょっとぐらいは、あの二人と仲よくする努力を……」
「……なに。あなたもあっちの味方?」
「いやいや!? そういうわけじゃないけど!」
ジトッとした視線が誠二に突き刺さる。その背後では、相変わらず腕と目をぐるぐる回してテンパり続けるシェーナと、石像みたいに固まったままのフレッド。奇妙すぎる静止画が出来上がっていた。
「ま、まあまあ! とりあえず村長さんへの挨拶が先だろ? ほら、後ろ二人も!」
誠二はわざと大きめの声を出して空気を割った。
その一声が合図みたいに、フレッドの硬直がほどける。
「……それも、そうですね。あまり夜遅くに伺っては失礼でしょうし、急いで向かいましょう」
いつもの調子を取り戻したフレッドが拳を握り、勢いよくガッツポーズをする。
誠二はまだ落ち着かないシェーナの前へ回り、目線を合わせるように膝をついた。そして、目の前で両手をパンッと叩く。
乾いた音が室内に響いた瞬間、シェーナのぐるぐる回っていた視線が焦点を結び、誠二としっかり目が合った。
「ほら、シェーナさんも戻ってきて。村長さんのとこ向かうよ」
「は、はひ……分かりました」
彼女がゆっくりとうなずいた、そのときだった。
外から、喉を裂くような大声が飛び込んできた。誠二たちを運んできた御者の声だ。夜の静けさを一刀で切り裂くほどの切迫感がある。
「た、助けてください! ま、魔物だ! 冒険者さん!! 早く!!」
誠二とヴェンデッタの目が、一瞬で合う。
ヴェンデッタはこくりとうなずいた。誠二も一拍だけ考え――すぐに、同じ答えを返すように頷く。
刹那。
ヴェンデッタは肩にかけていた鞄を放った。どさり、と床に落ちる音がしたころには、もう彼女の姿は消えていた。影が跳ねたように、外へ――戦場へ。
先に現場へ向かったと悟った誠二は、後ろの二人へ叫ぶ。
「二人とも! 戦闘だ! ヴェンの援護に向かおう!」
誠二は腰のグラディウスを抜き去る。刃が灯りを受け、冷たい光を返した。
そのまま扉へ駆け出し、ヴェンデッタの残した気配を追うように、夜の外へ飛び出した。




