第31話:たのしい異世界魔物クイズ!!
ボックス村へ向けて、誠二たち初めての本格遠出です。
揺れる馬車に揺られながら、草原の動物たちを眺めつつ「異世界魔物クイズ」で盛り上がる回になります。
馬車は、延々と続く草原の中に土を踏み固めて作られた、一本きりの道を進んでいる。左右には、腰の高さほどの野草が風に揺れ、銀色の穂が波のようにうねっていた。空には雲ひとつなく、白く焼けるような陽光が、容赦なく頭上から照りつけている。
とはいえ、その陽射しを直接浴びているのは、馬と御者台の二人だけだ。誠二たちがいる荷台は、粗末ながらも布張りの屋根がかかっているため、日差しは幾分かやわらいでいる。……その代わりに、道の凹凸を拾う揺れは、ほぼダイレクトに腰と背中を襲っていた。
車輪が石を踏むたびに、ギシギシと木枠がきしみ、荷台が大きく跳ねる。クッションらしいものは一切なく、硬い板張りの床が尻と背中を容赦なく打ちつけてくるせいで、誠二の身体はじわじわと痛みを蓄積させていた。
「なあヴェン。これって、あとどれくらいで着くんだ? もう結構走っただろ」
荷台の柱につかまりながら、誠二は向かい側に座るヴェンデッタに尋ねる。外から差し込む光が、彼女の紅い外套の裾を薄く透かし、布の揺れに合わせてちらちらと形を変えていた。
「なに言ってるのよ、さっき国を出たばっかでしょ。着くのは日暮れの頃……だいたい午後五時ごろよ」
「五時!? あと二時間もかかるのか……」
思わず声が裏返る。
出発前にヴェンデッタから周辺の地図を見せてもらったときには、そこまで時間がかかるようには思えなかった。地図上の距離だけで言えば、車で一時間もあれば着きそうな印象だったのだ。
だが、よく考えてみれば、馬車の速度が車より遅いのは当然だ。体感的にも、のんびりとした速度でしか進んでいない。言われてみれば、日暮れ前に着くというのはむしろ健闘している方なのだろう。
頭ではそう理解できても、跳ねるたびに軋む腰と尻の痛みはどうにもならないのだが。
ふと視線を巡らせると、フレッドは御者の横に腰掛け、頬に風を受けながら、外の景色を実に楽しそうに眺めていた。ときおり何かを見つけては、御者に話しかけて笑っている。
シェーナはといえば、荷台の隅に座り、膝の上に広げた分厚い本に視線を落としたままだ。揺れるたびに桃色の髪がふわりと跳ねるが、本人は一切気にする様子もなく、ページをめくる指だけが規則正しく動いている。
こちらの世界の人々にとって、「街の外に出るにはこれくらいの時間がかかる」のは、きっと当たり前の感覚なのだろう。
そんなことをぼんやりと考えていたときだった。
「おいセイジ! あそこを見てみなよ! 野生のブルスターがいるぞ!!」
御者台から、弾んだ声が飛んできた。
誠二は荷台の入口につかまり、揺れる床と戦いながら身を乗り出す。風が、こもっていた荷台の空気を切り裂くように吹き抜け、草の匂いと土の匂いが一気に鼻をくすぐった。
フレッドが指さす方へ視線を向ける。
そこにいたのは、体高二メートル、体長三メートルほどもある巨体の、牛と鶏のキメラだった。
がっしりとした牛の胴体は、黒褐色の羽毛に覆われている。羽は太陽の光を受けて、ところどころが青みがかった光沢を帯び、風が吹くたびにざわりと波打った。背中からは、人間を数人まとめて包めそうなほどの、巨大な翼が二枚、堂々と伸びている。
頭部は雄牛によく似ているが、口先だけが硬い嘴のように尖っていた。側頭部からは、金色の角が弧を描いて伸びている。根元は太く、先にいくほど鋭く細くなり、陽光を受けて鈍く光った。
尻尾の先には、扇のように広がる尾羽が生えている。風に揺れ、時おりぱさりと音を立てては、琥珀色の瞳とともに、どこか堂々とした印象を与えていた。
その巨体が、草をもぐもぐと食みながら、ゆったりと歩を進める。一歩踏み出すたびに、分厚い蹄が地面を押し、わずかに土が震える。おとなしく見える仕草の裏に、怒らせれば手に負えない力が潜んでいるのが、素人目にもはっきりと分かった。
今は馬車からかなり離れた、草原のど真ん中にいるため、こちらに向かってくる気配はない。それでも、近づきたいとは到底思えない威圧感があった。そのブルスターが、何十頭もの群れを成して草を食んでいるのだから、なおさらだ。
「すげぇ……でっけぇ……なんなんだあいつは?」
思わず本音が漏れる。
「知らないのかい? あいつはブルスターっていってね、肉がすごく美味しいんだ。鶏肉みたいにたんぱくなんだけど、牛肉のようなジューシーさも兼ね備えていてね……」
フレッドは、どこか恍惚とした顔で、よだれを垂らしそうな勢いで語る。
「いいなぁ……食ってみてえ……」
誠二の腹も、ぐうと鳴った気がした。
フレッドは次の獲物――いや、次の話題を見つけたかのように、にやりと目つきを鋭くさせると、こんどは馬車と並行して流れている川の方を指さした。
草原を切り裂くように、幅の広い川がゆったりと流れている。陽光を受けて水面がきらきらと光り、岸辺には背の低い木や茂みが点々と生えていた。その水際で、数頭の小さな影が草をついばんでいる。
誠二もつられるように視線を追う。
そこにいたのは、小柄な山羊のような生き物だった。
体つきは中型犬ほど。痩せぎすではあるが、四肢はほっそりと長く、無駄のない筋肉が布を貼ったように張り付いている。短く整った体毛は薄い灰茶色で、どことなく清潔で、おとなしい印象を与えた。
だが、その額の中央からは、一本だけ角がまっすぐ前に伸びていた。角の付け根は太く、そこから先端に向かうほどに細く鋭くなっている。川面に映った光が、その刃先で冷たく跳ねた。
「あっちはノーファルゴートだよ。取れる乳は、かの有名なノーファルチーズの原材料になるんだ」
「……詳しいんだな」
「まあね。実家がパン屋の影響かな。食材の知識は結構ある方なんだよ」
ふふん、と胸を張るフレッドの横顔は、どこか誇らしげだ。食べ物の話になると、わかりやすく目が輝くタイプらしい。
そんな彼の横顔を見ていると、こちらまで楽しくなってくる。
誠二にとっても、目の前を行き交う異世界の動物たちは興味をそそられて仕方がなかった。アニメの中でしか見たことのない奇妙な生き物たちが、今、目の前の草原で当たり前の顔をして草を食んでいる。そう思うと、さっきまでの腰の痛みすら、どこかに吹き飛んでしまいそうだ。
「……なあ。もしかして、ノーファルゴートって肉食性か?」
ふと、そんな疑問が口をついて出た。
「え……そうだけど……もしかして詳しかったりするのかい?」
フレッドが驚いたように目を見開き、ぱっと誠二の方へ振り向く。
「いや、詳しくはないよ。でも、顔の形っていうか、目の位置……って言やあいいのかな。普通の草食動物なら、目って顔の横にあるだろ。でもあいつは顔の前についてる。あれは肉食動物が持つ、立体的に空間を認識するための特徴だ」
ノーファルゴートは、こちらに気付いているのかいないのか、友達同士でじゃれ合うように肩をぶつけ合いながら、岸から少し離れた場所をひらりひらりと跳ね回っている。角の先で、地面の小石を軽くつつくたびに、砂がぱらぱらと跳ねた。
「極めつけには、あの体つき。腹が薄くて、胸と腰だけ妙にがっちりしてる。草を延々とかみ続ける体じゃない。全身、瞬間的に飛びかかるための筋肉だ……」
そこまで説明してから、誠二は「あっ」という顔でフレッドの表情をうかがった。
下手なことを言い過ぎたか、と一瞬、胸が冷たくなる。転移者としての知識をうっかり見せすぎるのは、あまり得策ではないはずだ。額に、じわりと冷たい汗が滲む。
だが、フレッドはぽけーっと口を開けてはいるものの、そこにあるのは疑いではなく、純粋な驚きと興奮だった。
「すごいよセイジ! それじゃあ、あそこにいるサイジカの生態は分かるかい!?」
彼の表情は、まるで長年の同志を見つけたかのように、ぱあっと明るくなっていた。先ほどまで、獲物を値踏みする猟師のような目つきだったのが嘘のように、顔全体が高揚で赤く染まっている。鼻息まで、わずかに荒い。
フレッドの指先は、少し離れた丘の斜面を示していた。
そこには、灰色がかった茶色の体毛を持つ大きな獣――サイジカの群れがいた。鹿のように群れをなし、斜面をのんびりと登っているが、その額には、サイを思わせる分厚い角が一本、どんと生えている。体を横切るようにうっすらと浮き出た筋肉の線が、ただの草食動物ではないという印象を与えていた。
そして誠二も、転移者であることを疑われなかったという安堵と、これからの問答に対する期待とで、思わず口元をにやりと緩ませていた。
「あれはだなあ……まず、体のサイズのわりに脚が短いだろ……」
「うんうん!!」
フレッドは、子供のように目を輝かせて頷く。その勢いに押されるように、誠二の言葉も滑らかに続いていく。
そこから先、ボックス村までの道のりは、本当に一瞬だった。
気が付けば、馬車の中で起きているのは御者とフレッド、そして誠二の三人だけ。後ろの荷台では、ヴェンデッタが大きな鞄を枕代わりにして横になり、すやすやと寝息を立てている。シェーナは本を胸に抱いたまま、壁にもたれかかって眠り込んでいた。揺れるたびに本がずり落ちそうになると、反射的にぎゅっと抱き寄せるのが、妙に彼女らしい。
御者は、後ろから聞こえてくる二人の楽しげな問答に、時おり肩を揺らして笑いながら、手綱を操っている。蹄の音と車輪の軋む音に、フレッドと誠二の声が重なり、馬車の周りだけ、小さな旅の祭りのようなにぎやかさに包まれていた。
空は、いつの間にか西の端から色を変え始めていた。白く眩しかった陽光は柔らいだ橙色に変わり、草原の緑は朱と金に塗り替えられていく。馬車の影は、地面の上を長く伸び、ゆらゆらと揺れながら後方へ流れていった。
やがて、遠くの地平線の向こうに、低い柵と木造の家々の屋根が、小さく輪郭を現し始める。煙突から上がる薄い煙と、夕餉の準備を知らせるような匂いが、風に乗ってかすかに届いた。
そしてボックス村の輪郭がはっきりと見える頃には、空はすっかり赤く染まり、太陽はゆっくりと地平に沈みかけていたのである。
お読みいただきありがとうございます。
今回は誠二の地球仕込みの知識が、ちょっとした形で顔を出すお話でした。次回はいよいよボックス村に到着します。
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