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赤ずきんのヴェンデッタ 〜ギフト未所持の最弱転移者、赤ずきんの少女に拾われて人生リスタート〜  作者: まぴ56


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第30話:旅支度

お読みいただきありがとうございます。

今回は教会サイドの日常寄りの回で、レーネやリリーとのやり取りを通して、「旅立ち前の準備」と「冒険者パーティとしての一歩目」を描いています。ウルフドラゴン討伐に向かう前の、少し穏やかな時間を楽しんでいただければ幸いです。

 ヴェンデッタが先にギルドから出ていったのを皮切りに、四人はそれぞれ準備を整えるため、一度解散することになった。

 誠二も、遠出に備えて最低限の荷物をそろえることに加え、数日間は教会に戻れないとダリアとシスターたちへ伝えるため、丘の上の教会へと足を向けていた。


 街の喧騒を背後に遠ざけながら、石畳の坂道を上りきると、そこからはいつもの長い階段が続いている。昼下がりの陽光を受けて、白い石段がうっすらと眩しく光っていた。

 一段登るたび、靴底が乾いた音を立てる。その音に合わせるように、遠くからは街の鐘の音と、商人たちの呼び声が微かに混じって聞こえてくる。


 階段の頂上に立つ教会は、いつもと同じ尖塔と十字架のシルエットを空に描いているはずなのに、どこか雰囲気が違って見えた。

 というのも、誠二が知っている教会の顔は、早朝と深夜の静まり返った姿ばかり。こうして昼間に教会へ戻ってくるのは初めてだったからだ。


 いつもは「静寂」と「祈り」のイメージが強いその場所に、今は意外なほど人の出入りがある。石段の途中では、杖をつきながらゆっくりと登ってくる老人たちが、互いに声を掛け合いながら笑っていた。扉の前では、布籠を抱えた主婦らしき女性がシスターと談笑している。


(……礼拝の時間なのかな?)


 よく通る、しかしまだ幼さの残る声が、背後から誠二の考えをさらっていった。


「なにやってるの、セイジ?」


 不意に声をかけられて振り向く。しかし目に入る高さには誰もいない。

 視線を少し下げると、昼の光を受けてきらりと光る、はちみつ色の頭頂部が視界の端で見切れていた。


 そこには、誠二と同じように階段を上ってきたらしいレーネが、両手に大きな籠を二つ抱えて立っていた。籠の中にはパンや干した肉、包まれた魚、色とりどりの野菜がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

 額には細かな汗がにじみ、息も少し弾んでいる様子だ。この長い階段を上るだけでも、小柄な体にはかなりの重労働なのだろう。


「ちょっと用事と報告があって戻って来たんだよ。レーネこそ、どうしたんだ、その両手いっぱいの食材は?」


「レーネはね! お仕事に行ってたの!」


 自慢げに胸を張ると、彼女はまるで獲物を捕まえた猫のように、両手の籠を誠二の目の前に突き出して見せつけた。焼き立てのパンの香りと、燻製肉の香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐる。


「えーっと……食材の調達……とか?」


「ちがうよ! レーネの朝のお仕事は、街に降りて、お祈りをみんなに届けるの。そうしたら、みんながいろいろくれるの!」


「そっか。それじゃあ、その両手の食べ物はレーネの戦利品ってわけだな」


「うん!!」


 元気いっぱいに返事をすると、彼女はのパアっと満面の笑顔を咲かせた。

 思わず見惚れてしまうほどまっすぐな笑顔である。たしかに、こんな顔で祈りを届けられたら、何か一つでも持たせてやりたくなる気持ちはよく分かる。


「重そうだし、俺が持とうか?」


「ううん。これは町の人たちのおきもちだから、ちゃんとレーネが自分で教会まで持ってく!」


(へぇ……感心だな。こんなに小さくても、レーネもちゃんとしたシスターなんだな)


 感心して見つめていると、レーネは「ちょっと待ってね」と言って、一度籠を石段の上にそっと下ろし、中をごそごそと漁りだした。紙袋をどけ、布に包まれた包みをよけ、何かを見つけたのか、ぱっと表情を明るくする。


 彼女が取り出したのは、小さな飴玉が二つ。紙に包まれたそれは、ところどころ角が丸くなっていて、手のひらの上で陽の光を受けて、透き通った琥珀色の光を返していた。


 レーネはそのうち一つをためらいなく自分の口にぽいっと放り込み、残った一つを誠二へ差し出す。


「はい! 飴玉いっこあげる!! パン屋のドレッドおじさんがくれたんだ!!」


「貰ってもいいのか?」


 彼女は満面の笑みでこくりとうなずいた。その笑顔につられて、誠二も「ありがとう」と礼を言い、飴玉を口の中へ転がす。


 舌に触れた瞬間、濃密な甘味が舌の上で弾けた。

 この世界に来てから、甘味を口にしたことはなかった。砂糖というものがここまで直接的で、ずしりとした甘さを持っていたのかと、舌が驚いているようですらある。


「すげえ……飴ってこんなおいしかったんだ……って違う違う! ありがとうはそうなんだけど、ダリアさんに会いに来たんだ!」


 味覚の衝撃に一瞬意識を持っていかれながらも、ようやく本来の目的を思い出し、慌てて頭を振る。

 突然の誠二の急変ぶりに、レーネが口の中で飴を転がしながら、きょとんとした顔で見上げてくる。ころころと小さな音が、しゃべるたびに彼女の口の中から漏れていた。


「ダリアさんがどうしたの?」


「いや実はさ、クエストの依頼で三日間ぐらい遠出しなくちゃいけないんだよ。だからその報告と、もしできたら数日分の服を貸してもらえたらって、聞きに来たんだ」


 その説明を聞いた瞬間、レーネは「ええ!?」と小さく悲鳴を上げ、眉を情けなく下げてみせる。

 はちみつ色の髪がふるふると揺れて、その表情に一気に寂しさが濃く滲んだ。


「そんな長くどっか行っちゃうの? なんでぇ……やだよお……」


「あはは……ごめんよぉ。なんか知らない間に行くことにされちゃっててさ。何かお土産持ってくるからさ」


「ホント!?」


 レーネの表情が、「お土産」という単語にぴくりと反応して、一瞬で明るくなる。くるくる変わるその顔に、誠二は思わず笑ってしまった。あまりにも分かりやすくて、愛らしい。


(まあ……土産なんざ手に入れられるあてはないんだがな。帰り道で木の実とかがあれば取って来てやろう)


 心の中でそう小さく決心し、誠二は改めて問いかける。


「さて……それじゃあダリアさんがどこにいるか教えてもらえないかな?」


「いいよ! ついて来て!」


 レーネは元気よく返事をすると、石段に下ろしていた籠を持ち直し、教会の黒鉄の門をくぐって、ちょこちょこと先を歩いていく。

 誠二も、甘さの余韻が残る飴を舌の脇に寄せ、彼女の小さな背中を追いかけた。


 レーネが向かったのは、教会本堂ではなく、その隣に併設された修道院の方だった。厚い石壁の建物に足を踏み入れると、外とは違う、少しひんやりとした空気が肌を撫でる。


 今の時間帯は修道院も、朝や夜とはまるで別の場所のようだった。

 廊下ではシスターたちが忙しなく行き交い、布を抱えた少女が洗濯場へ走っていく。奥の厨房からは大鍋で煮込んでいるらしいスープの匂いが漂い、どこかの部屋からは子どもの笑い声がかすかに聞こえてくる。

 ろうそくに火は灯っていなくとも、窓から差し込む陽の光が白い石壁を明るく照らし、温かい生活の気配で満ちていた。


 その中を、レーネはてくてくと小気味よい足取りで歩き、とある扉の前でぴたりと足を止める。

 その扉には、誠二にも見覚えがあった。


「ここって……治療室だよな?」


「うん! ダリアさんは今の時間は、街の怪我した人たちの治療をしてるんだよ」


(そうか……ここは町の病院的な立ち位置でもあるわけか)


 納得した誠二の思考をよそに、レーネはいつものように遠慮という概念をどこかに置き忘れたらしく、ノックもせずに、ガチャリと扉を開け放った。

 軋んだ蝶番の音と共に、ひんやりとした薬草と消毒液の匂いが廊下まで流れ出てくる。


 開いた隙間からのぞいた室内には、二つの人影があった。


 一人は、ベッド脇の椅子に腰掛けているダリア。

 いつも通りの黒い神父服をきちんと着こなし、茶色の髪を後ろへ撫でつけている。その手には包帯と薬瓶があり、何やら手当ての最中らしかった。


 もう一人は、ベッドに上半身を起こすようにして横たわる、大柄な男。

 真っ白な髪を後ろへ撫でつけ、雪のような髭をたくわえたその顔は、どこか猛獣のような精悍さを残していた。両足の膝から下は毛布に覆われていて、その下にあるはずのものがないことを、誠二は直感で悟る。

 二メートル近い体躯に、獣めいた金色の双眸――誠二は知らないが、冒険者ギルドのマスター・ガンガスである。


 突然開いた扉に、二人は同時にこちらを振り向く。その視線が、最前列にいるレーネをスルーして、その後ろにいる誠二のみを射抜いた瞬間、全身の毛穴が一斉に粟立つような感覚が走った。


(うわ……目、こわっ……!)


「し、失礼……します」


 反射的にそう口にしてしまう。

 その横で、レーネは悪びれもなく、声の調子だけは明るく部屋に飛び込んでいった。


「ダリアさん! ただいま!!」


 二人の視線が、誠二からレーネへと移る。扉を開けた主犯が彼女だと分かったからか、二人の険しい目つきはほぐれ、代わりに柔らかな笑みがその顔に浮かんだ。


「こらこら、扉を開けるときはノックをしてからと、いつも言っているでしょう。おかえりなさい、レーネ」


「ごめんなさい! ただいま。それにガンガスおじさんも久しぶり!!」


 レーネはベッドに向かって一直線に駆けだすと、そのまま横になっているガンガスの胸のあたりに飛び込むように抱きついた。

 ガンガスはごつい腕を動かし、怪我をした足元から目をそらすように、レーネの頭をできるだけ優しく撫でる。


「足のお調子はどうなの? もう大丈夫なの?」


「おうとも、嬢ちゃんのおかげでだいぶ良くなった。ありがとうなあ!」


 今度は先ほどより少し強めに、髪をわしゃわしゃとくしゃくしゃに撫でる。レーネはくすぐったそうに、それでもうれしそうに、ニカっと歯を見せて笑った。


 そんな二人のやり取りを横目に、椅子から立ち上がったダリアが誠二の方へと歩み寄る。

 彼の足取りは穏やかだが、まっすぐにこちらを見つめる瞳は、状況を静かに見極めようとする厳しさを湛えていた。


「セイジ君はどうしたのかな? 何かあったのかい」


「それが……実は冒険者ギルドで……」


 誠二は、先ほどギルドで起こったことを一通り説明した。ウルフドラゴン討伐の依頼を受けることになったこと、フレッドたちとパーティを組むことになったこと、数日は教会に戻れないだろうこと――。


 話を聞き終えると、ダリアは短くうなずき、すぐに状況を飲み込んだようだった。


「そうでしたか。数日ここを空けること、そして着替えに関しては心配いりませんよ。ですが……」


 言いかけて、ダリアの表情から笑みが少しだけ消える。

 その代わりに浮かんだのは、父親のような、そして先達としての厳しさを含んだ顔だった。


「どうか無理はしないでくださいね。貴方の実力では、まず間違いなくウルフドラゴンには歯が立ちません。もしもの時は、自身の身を第一優先に考えた行動をとってください」


 その言葉には、単なる心配以上の重さがあった。

 実際に重傷者を診てきた者の実感と、ウルフドラゴンという存在に対する現実的な評価が、その一言に込められているのが分かる。


「……分かりました。心配、ありがとうございます」


 素直に頭を下げると、ダリアはふっと緊張を解いたように微笑みを取り戻す。


「さて、衣服の用意なんですが、本当なら私も手伝いたいところなのですがね、少し話が込み入っていまして。レーネ、セイジ君を倉庫まで案内してあげてください」


「はーい!」


 返事をしたレーネは、ガンガスから一度離れると、名残惜しそうに彼に手をぶんぶんと振る。

 ガンガスが大きな手をゆっくり振り返してくれるのを確認してから、レーネはぱたぱたと誠二の元へ走って来て、その手を取った。


 誠二もレーネに引っ張られるようにして部屋を出る。その直前、なんとかベッドの方へ向き直り、ぺこりと頭を下げた。

 彼らが廊下へ出るとほぼ同時に、「またな」というガンガスの低い声と共に、ガチャリと扉の閉まる音が背後でした。


 レーネに連れられて歩いていくと、着いたのは修道院一階の廊下の奥。ポーション作りで利用した錬金室の、ちょうど向かい側にある扉の前だった。


「ここが物置だよ!」


 レーネがガチャリと扉を開くと、室内のよどんだ空気が動き、柔らかな陽光の筋の中で、ほこりがふわりと舞い上がった。

 舞い上がった細かな粒子が光を受けてきらきらと輝き、一瞬だけ、部屋の中に小さな銀河が生まれたようにも見える。


 そこは、衣類や雑貨がしまわれた倉庫だった。木製の棚には折りたたまれた修道服や毛布、古びた旅行鞄がずらりと並び、床には使用頻度の低そうな道具類が積まれている。


 そして、その部屋の奥で、大きな鞄に手をかけている人影と目が合った。


「リリー?」


 黒いベールを揺らしながら振り向いたのは、やはりリリーだった。彼女の手には革製の大きな鞄が一つ握られている。


 そこから先は、彼女の手も借りながら、誠二の旅の支度はあれよあれよという間に整っていった。

 着替えを数日分詰め込まれた布袋、最低限の保存食、簡素な雨具――必要そうなものをリリーとレーネが次々と棚から引っ張り出してくれるおかげで、誠二の手荷物はみるみる充実していく。


(ギルドからの支援物資も出るって言っているのに……)


 そして最後に、いざ冒険者ギルドへ向かおうと倉庫を出ようとしたその時だった。背後から鋭い声が飛んでくる。


「ちょっと、待ちなさいよ!」


「なんだよ……また文句か……」


 振り返ると、リリーが腰に手をあて、じと目でこちらをにらんでいた。

 しかし手には、先ほど誠二が見たものよりもさらに大きな、革製の鞄がしっかりと握られている。


「『また』ってなによ! ……ってかそうじゃなくて。何もなしにあんたのこと手伝ったわけじゃないんだけど」


 リリーはぷいっと顔をそむけると、その大きな鞄をぐいっと誠二の方へ差し出してきた。

 誠二とレーネは、差し出された鞄と彼女の表情を交互に見比べるだけで、何を求められているのかまでは読み取れず、微妙な沈黙が流れる。


 数秒の沈黙に耐えかねたように、リリーの方が先に口を開いた。


「あんた、冒険者ギルドにまた戻るんでしょ。ついでにあたしの仕事も手伝いなさい」


「手伝うって言ったって、何やりゃいいんだよ。別に断ったりしないから、具体的に何やるか教えろよ。あ、あと昨日は怪我治してくれて本当にありがとうな」


「それ今言うことじゃないでしょ!!」


 リリーが声を荒らげるたび、倉庫の中の空気が震えるような気がした。顔を赤くしながら何度も突っ込みを入れたせいか、彼女はぜえぜえと肩を上下させ、額にはうっすら汗までにじませている。


「リリーお姉ちゃん……なんか楽しそう!」


「楽しかないわよ……ったく。ポーションを冒険者ギルドに届けるのよ。一人だと二往復しなくちゃいけなくなるの。だから手伝え」


 そう言って、再度鞄を押し付けてくる。

 誠二が受け取ってみると、ずしりとした重みが肩にのしかかった。背中に背負うタイプの鞄で、中にはガラス瓶の触れ合う小さな音が聞こえる。どうやら、中身はぎっちりとポーションで埋め尽くされているようだ。


 この丘の上から街へ降りるには、石階段を使うしかない。馬車も荷車も入ってこられないこの地形では、人間の足と腕が唯一の輸送手段になる。


「もちろん。……それじゃあレーネ、行ってくるよ。他のシスターのみんなにも、よろしく伝えといてくれ」


「……うん、分かった。絶対帰ってきてね?」


 レーネは、先ほどとは打って変わって不安そうな顔で、誠二の袖をぎゅっと掴んだ。

 その小さな手の力の強さに、彼女がどれだけ心配しているのかが伝わってくる。


 誠二は一度、背中の鞄を床に下ろすと、皮の手袋を外し、手に付いたほこりをぱんぱんと払い落とした。そして、そっとレーネの頭に手を置く。


 先ほどガンガスがしていたのを真似するように、できるだけ優しく、髪を乱さないように指先を動かした。


「えへへ……誠二の触り方、くすぐったいよ!」


「ごめん、人の頭なんて撫でたことなくてさ……力加減が分かんなくて」


 レーネはくすぐったさに肩をすくめながらも、すぐにいつものような笑顔を見せてくれる。その笑みを、誠二は心に焼き付けるようにしっかりと目に収めた。


 名残惜しさを押し込め、ゆっくりと彼女の頭から手を離すと、再び手袋を嵌め、ギュッと拳を握ってみせる。


「いってきます」


「いってらっしゃい!」


 レーネの声に背中を押されるようにして、誠二は倉庫を後にした。

 その足で錬金室に立ち寄り、アルクメーネにも短く挨拶を済ませ、追加のポーションを受け取ると、リリーと共に教会の外へ出る。


 行きはレーネが息を切らせていた石階段も、帰りは下り坂だ。

 とはいえ、背中の重い鞄を抱えた状態では、足元に気を取られないわけにもいかない。慎重に一段ずつ降りていく誠二の横を、リリーは慣れた様子で軽やかに歩いていく。


 最初は「女の子なんだから無理するなよ」なんて内心心配していたものの、その心配は見事に杞憂に終わった。むしろ、息を切らしているのは誠二の方で、途中からは、先を歩くリリーに追いつくために、小走りで階段を降りる羽目になっていたのだった。


 ようやく街へ下りきり、石畳の通りを抜けて冒険者ギルドへ向かうころには、太陽はすでに天頂を少し過ぎていた。

 ギルド前の広場には、旅支度をした馬車が一台止められており、車輪のそばには荷馬が鼻を鳴らしている。車体の脇には、フレッドとシェーナ、そして赤ずきんを被ったヴェンデッタの姿があった。


 遠くから歩いてくる誠二たちに、最初に気付いたのはフレッドだ。

 大きく腕を振って、こちらへと手をぶんぶんと振ってくる。その動きに釣られて、ヴェンデッタとシェーナも顔を上げ、三人の視線が誠二とリリーへと集まった。


 ゆっくりと歩み寄ってくる二人に向かって、ヴェンデッタが一歩前に出る。赤い頭巾の下からのぞく緑の瞳が、じろりと誠二をにらみつけた。


「遅いわよ。何をやってるの」


「いや実は……」


 誠二が言い訳を並べようと口を開いたその瞬間、ぴしゃりとそれを遮るように、リリーが一歩前に出て口を挟んだ。


「申し訳ございません。私のお仕事を手伝っていただいていたんです」


 さっきまでのツンと尖った口調とは別人のような、しとやかな声色。

 そう思った次の瞬間には、彼女は誠二の耳たぶをつまみ上げ、小声で囁きかけてくる。


「後はあたしがやるから、鞄下ろしていきなさい、ほら早く」


「あ、ああ……悪い」


 耳を引っ張られながら急かされ、誠二はギルドの壁際、邪魔にならない場所へ重たい革鞄を下ろした。中でガラス瓶がカランと控えめに鳴る。


「あなた、シスターね。鞄の中身はポーションかしら? いつもお疲れ様」


 ヴェンデッタが、先ほどまでの鋭さを少しだけ和らげた声で尋ねる。

 それに応じるリリーの変わり身は見事だった。


「いえ、街のために戦ってくださる冒険者の方々に尽くすのは、神への忠義の一環ですから。冒険者様方は今からクエストですか?」


 さっきまでツンツンとしていた口調は影も形もなく、ほんのり微笑んだ瞳は柔らかく垂れ気味になっている。胸の前でそっと手を組む仕草も相まって、その姿は絵に描いたようなシスターそのものだ。


 あまりの豹変ぶりに、誠二は思わず二度見する。


(誰だお前は!?)


「ええそうよ。貴方もお仕事、頑張ってね」


「ありがとうございます。どうかあなた方に祝福があらんことを」


 リリーは静かにそう告げると、十字を切り、ぎゅっと手を組んで目を閉じる。祈りを捧げるその横顔は、先ほど倉庫で怒鳴っていた人物と本当に同一人物なのか疑いたくなるほど神々しかった。


 そんなやり取りを横目に、ヴェンデッタに促されるまま、誠二は自分の荷物――数日分の衣服や最低限の生活用品を詰めた鞄を抱えて、馬車の中へ乗り込む。


 木の床板がきしむ音と、干し草の匂い。ギルド前の喧騒が、扉を閉めた瞬間に少しだけ遠ざかる。

 こうして、最弱転移者・田中誠二の、初めての「正式な冒険者パーティ」としての旅が、静かに幕を開けようとしていた。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

レーネの飴玉や、仕事モードのリリーなど、教会組との別れのシーンを通して、誠二がこの世界に少しずつ居場所を得ている感じが伝われば嬉しいです。次回からはいよいよ本格的に「四人パーティ」での旅路に入っていきます。

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