第29話:ベテラン冒険者の風格
第29話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、セイジ・フレッド・シェーナの三人とヴェンデッタが、正式にパーティを組む回です。
ベテラン冒険者としてのヴェンデッタの頼もしさと、新人二人の初々しさの対比を楽しんでいただければ嬉しいです。
ヴェンデッタによる、これまでの経緯を聞き終えるころには、最初はがちがちに固まっていた二人の肩からも、いくぶんか力が抜けていた。
四人がいるのは、冒険者ギルドの片隅――壁際に押し込まれた、小さな丸テーブルの席だ。
木製の柵で仕切られた窓からは、朝の斜めの陽光が差し込み、年季の入ったテーブルやベンチの傷を淡く照らし出している。外では、石畳の通りを行き交う人々の足音と、開き始めた露店の掛け声が、くぐもった音となってかすかに届いていた。
ギルドの中は、いつもの喧噪が嘘のように静かだ。遠くの床で酔い潰れた大男がひとり、硬い床に伏していびきをかいているほかは、カウンターの奥でマスターがグラスを磨く音と、時おり椅子がきしむ音くらいしか聞こえない。
フレッドはというと、ヴェンデッタの話のあいだじゅう、うんうんと真面目に何度も相槌を打っていた。今もまだ背筋を伸ばしたまま、彼女の言葉を反芻するように視線を落としている。
シェーナはといえば、さっきまで桶を抱えて「オエエ……」とやっていたせいか、ややぐったりとした様子で、木製の柵で作られた窓の外をぼんやりと眺めていた。膝の横には、彼女の命綱とも言える木の桶が、しっかり待機している。
ひとまず一通りのいきさつを把握したところで、誠二はベンチから勢いよく腰を浮かせ、そのまま立ち上がって二人に視線を向けた。
フレッドはじっと、真っ直ぐに誠二の目を見つめてくる。シェーナはびくっと反応して肩を震わせたあと、あわてて顔を桶の方へ戻しつつも、目線だけはちらちらと誠二に向けていた。
「それじゃあ、遅くなっちゃったけど……俺からも自己紹介してもいいかな?」
問いかけると、フレッドは「ええ!」と弾む声で答え、椅子ごと前のめりになって深く頷いた。
シェーナは言葉こそ発さないが、帽子のつばがぴくりと揺れたので、ちゃんと聞いてはいるのだろう。
テーブルの端では、ヴェンデッタが頬杖をつき、片手で木のジョッキをくるくると揺らして遊んでいた。なみなみと注がれた琥珀色の液体が、ジョッキの内側で小さく波を立てる。その気だるげな仕草とは裏腹に、鋭い視線だけは誠二へと向けられている。
「あらためまして、初めまして。セイジです。趣味はポーション作りになりました、今日から!」
「セイジ……あなた、昨日と比べて性格変わってない?」
誠二の宣言に、正面のフレッドがにこっと笑って「よろしくお願いします!」と返してくれる。その横から、ヴェンデッタが半眼でつっこんだ。
「男子、三日会わざれば刮目して見よっていうだろ。色々あったんだよ」
どこか奇妙な生き物でも見るような目線を、彼女は誠二へ向ける。
だが、誠二は気にしない。
田中誠二は、今朝アルクメーネに尻を叩かれ、心身ともにしっかりしごかれた結果、ほんの少しレベルアップしたのである。
二人が無言で睨み合いに近い視線を交わしていると、その間に割り込むように、フレッドが手を挙げた。
「話の中では名前を出していただけましたけど、僕も自己紹介してもいいですか?」
「好きにすればいいわよ。今回はこの四人でパーティを組むんだから、お互いの名前ぐらいは知っておいて損はないわ」
気のない調子で言いながらも、ヴェンデッタは軽く顎で「立て」と合図する。
フレッドは「はい!」と返事をして、誠二と同じようにバッとその場に立ち上がり、背中に背負っていた弓を前へと回した。
「僕はフレッドと言います。趣味は弓の的当て……あとは相撲です! どうかよろしくお願いします!」
「ああ、よろしく。フレッド……さん?」
「“さん”はいいですよ。僕もセイジって呼ばせてもらいますんで!」
(うおぉ……これが本物の陽キャか……。悪い人じゃないってのは明らかなんだけど、勝手に線引いちゃうなあ)
フレッドは言葉を返しながら、弓を引き絞る真似をしてみせたり、力こぶをアピールするように腕を曲げたりと、「おそらくかっこいいのであろう」ポーズを次々と披露してくる。
橙色の革鎧の下で動く筋肉のラインは布越しでもよく分かり、肩から腕にかけての張りは、弓を引き慣れた者のそれだ。身長も誠二より拳一個分ほど高く、日本からの転移者である誠二の感覚からすると、ゲームやアニメの中でしか見たことのない「ちゃんとしたファンタジー世界の冒険者」が、今目の前にいるような気分だった。
フレッドの自己紹介が一区切りつくと、自然と誠二とフレッドの視線は、残る一人へと移る。
視線を浴びたことに気づいたのか、シェーナはワンテンポ遅れて「ひぇっ」と小さく変な声を漏らした。
あわあわと慌てながら、座ったまま急いで壁に立てかけておいた大きな杖を手探りでつかみ取る。杖の先端に嵌め込まれたオレンジ色の宝石が、動きに合わせて揺れ、テーブルの上にゆらゆらとした光の反射を落とした。
彼女は杖を胸の前に抱え込むようにして身を縮こまらせ、猫背になって上目遣いでこちらを見上げる。帽子のつばの影から覗く瞳が、緊張で落ち着きなく揺れていた。
「え……えと。初めまして。シェーナ……です。魔術が得意……らしいです。趣味は……人間観察……的な……ふへ」
最後の意味不明な笑い声まで、どうにか一気に言い切ったらしい。
「ああ! よろしく!!」
「えーっと、よろしくね。シェーナさん」
相変わらずのハイテンションでぐいぐい行くフレッドを横目に、大体の性格を把握した誠二は、ひと呼吸置いてから控えめに挨拶を返す。
しかし、そのどちらの声も、本人にはほとんど届いていなかった。
理由は簡単だ。反応する隙もないまま、隣に座っていた――今は立っている――フレッドが、次の瞬間には質問攻め体勢に入っていたからだ。
「シェーナって、どんな魔術が得意なんですか? 火ですか? 水ですか? あ、もしかして全部ですか? ご両親、魔術研究室なんですよね? ってことは――」
「ちょっと待った待った。まだヴェンの自己紹介が終わってないんだから。質問攻めは後にしような」
「ふぇ!? 私も?」
誠二のツッコミに、フレッドは「やってしまった」という顔をして、即座に口を閉じ、ヴェンデッタの方へ視線を向けた。
我関せずといった様子で話を聞いていた彼女は、いきなり話題を振られたことに動揺したのか、思わず変な声を上げてしまい、それをごまかすようにわざとらしく咳払いを一つしてから、ゆっくりと口を開いた。
「私はヴェンデッタ。戦闘スタイルは、ナイフと徒手格闘を使った近距離戦。あと多少の魔術は使えるから、中距離もいける。遠距離だったり大規模な魔術は使えないから、そこは悪しからず」
そこで一度言葉を区切り、ジョッキから手を離して、テーブルの上に両肘をつく。
「今回、このパーティのリーダーを押し付け……じゃなかった、任されたから、私の命令は黙って聞くこと。いいわね?」
若干とげのある言い回しだが、三人とも素直にこくこくと頷いた。
小柄な体つきにもかかわらず、ヴェンデッタがベンチの上で腰を張るだけで、そこに一本、揺るぎない芯が通るように感じられる。まだ出会って数時間程度しか経っていないというのに、フレッドもシェーナも、どこか信頼したような顔で彼女を見ていた。
「じゃあ、本題に入るわよ」
ヴェンデッタは、手元にあった一枚の羊皮紙をつまみ上げると、ぱん、と軽い音を立てて机の真ん中に叩きつけた。
四人の視線が、一点に集まる。
羊皮紙には細かい字と記号がぎっしりと並んでいる。擦り切れた紙の端が、テーブルの節に引っかかってわずかに丸まっていた。
「今回のクエストは、ボックス村の近辺に現れたっていうウルフドラゴンの討伐。でも正直に言って、今のあなたたちの実力じゃ足手まといにしかならない」
ヴェンデッタは淡々と言いながらも、誠二、フレッド、シェーナの順にゆっくりと視線を這わせていく。
三人はそれぞれ、のどをこくりと鳴らした。
「だから、皆には近隣住民の避難誘導と、緊急時の援護を頼むことになるかもしれない。それが嫌なら、今のうちに降りること。……異論はないわね?」
確かめるように一人ひとりの表情を見ていくが、誰も口を開かない。
それを「同意」と判断したのか、ヴェンデッタは小さく息を吐き、次に羊皮紙を指先でとん、と叩いた。
「これは今回ギルドから支給される物資よ。二泊三日分の食料と飲み水。あとは緊急時用の回復ポーションが一人一本ずつ。細かい物資の説明とかは省くけど、まあ大体、衣服以外は用意してくれてるってことね」
「あの……すみません。僕、字が読めなくて」
初めて、フレッドが遠慮がちに手を挙げた。
よく見れば、羊皮紙に視線を落としたときの彼の目は、どこか不自然に泳いでいる。
ヴェンデッタは「別に珍しいことじゃないでしょ」とでも言いたげに肩をすくめた。
「今言った内容が全部よ。覚えるのは“食いっぱぐれる心配はない”ってことだけで十分」
「そういうことですか……わざわざありがとうございます!」
フレッドは、ぱっと表情を明るくして頭を下げる。
そのやり取りがひと段落したところで、誠二も気になっていた点を口にした。
「……今の話的に、今回のクエストでは三日間、その村の周辺に泊まり込みってことか?」
「ええ。今回、私たちに与えられた猶予は三日間のみ」
ヴェンデッタの声が、わずかに低くなる。
「ウルフドラゴンは警戒心が強いから、私たちが村に入った初日はまず出てこないと思う。だからメインは二日目と三日目。そこで何としてもおびき出すか、見つけ出して討伐する」
乾いた紙が、彼女の指から離れてテーブルの上にぱさりと落ちる。
「前金はないから、悪しからずね」
その一言で、場の空気がずしりと重くなった。
危険を冒してクエストを受けるというのに、猶予のあいだに討伐ができなければ報酬は一切出ない。
前金なしの依頼とは、つまりそういうものだ。
フレッドは唇をきゅっと結び、膝の上で握った拳に力を込めている。シェーナは、さっきまで少し戻っていた顔色がまた青ざめていき、帽子のつばの下から覗く頬がじわじわとこわばっていく。
(何かできるか……って言っても、そこまで大それたことはできないけど。何かあったら俺が守る、くらいの心意気でいないとな)
誠二自身も、胸の奥がじわじわと冷たく、そして熱くなっていくのを感じていた。
「最後に、今回の移動は馬車を使う。出立時刻は本日午後二時。今から二時間後よ」
ヴェンデッタは指先でテーブルの上に「二」と数字を書きなぞるような仕草をしながら続ける。
「それまでに各自、衣服や荷物を揃えて、ギルド前に集合。遅刻は許さないから、そのつもりで」
「おう!」
はっきりと声を出して答えたのは、誠二だけだった。
何事かと思い、誠二は隣の二人の顔を覗き込む。
フレッドもシェーナも、緊張と不安と、そしてほんの少しの高揚が入り混じった、真剣な表情で固まっていた。
それもそのはずだ。昨日冒険者になった二人にとっては、人生で初めてとなる本格的なクエストなのかもしれない。そしてそれは誠二も同じだ。
誠二までもがつられて顔をこわばらせた、そのとき。
ぱん、と軽い音が、静かな一角に小気味よく響いた。
視線をそちらへ向けると、音の正体はヴェンデッタが両手を打ち鳴らしたものだった。
「気を張るのはいいことだけど、人の集中はそう長くは続かないわ」
彼女は少しだけ口元を緩める。
「今からずっとガチガチに緊張してたら、村に着くころにはヘトヘトよ。本番は村に着いてから。休めるところでしっかり休んでおきなさい」
そして、椅子の背にもたれながら、きっぱりと言い切った。
「それに、安心しなさい。いざとなったら――」
一拍置いて、静かに笑う。
「私がいる」
その言葉に、フレッドの肩から少しだけ力が抜け、シェーナも胸の前で握っていた手を、ほんのわずかにほどいた。
窓から差し込む光が、赤い頭巾の縁と少女の横顔をくっきりと縁取る。
小柄な体のどこにそんな自信があるのかと思うほど、その眼はまっすぐで頼もしかった。
「さて、それじゃセイジ。そこどいて。席から立てないじゃない」
「ああ……わりぃ」
誠二は慌てて立ち上がり、ヴェンデッタが通れるように通路へと身を引く。
彼女はつかつかと迷いのない足取りでテーブルから離れ、そのままギルドの外へと歩いていった。赤い頭巾の裾が、足取りに合わせて小さく揺れる。
残された三人はしばし言葉を失い、テーブルの上で揺れる羊皮紙と、出入り口へと消えていった小さな背中を、ただ黙って見送るしかなかった。
こうして――ベテラン冒険者に導かれる、三人の“初めての本当の冒険”が、静かに始まろうとしていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
ウルフドラゴン討伐という初めての大きなクエストに向けて、いよいよ四人の物語が本格的に動き始めます。
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