第28話:尊大な自尊心からなる発言は、身を亡ぼす。
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今回は、ギルドにて新米冒険者のフレッドとシェーナが登場し、ウルフドラゴン討伐へのメンバーが揃い始めるお話となります。誠二と“同族臭”のする(?)シェーナにも注目していただけると嬉しいです。
誠二はそのまま、空が白み始める頃までリリーと並んで、黙々とポーションを作り続けていた。夜の冷気が石造りの錬金室に滲み込み、薬草の青臭い香りと湯気に混じって肌にまとわりつく。窓の外で鳥の声が聞こえ始めた頃には、机の上には色とりどりの小瓶がずらりと並び、小さな虹のように朝の光を受けてきらきらと輝いていた。
その後、修道院での決まった仕事を一通りこなし、皆で簡素ながら温かい朝食を済ませると、誠二は赤頭巾の少女――ヴェンデッタとの約束を果たすため、修道院の門をくぐった。
外へ出ると、今日もまた雲一つない快晴だった。青空はどこまでも高く澄み、修道院の壁を眩しく照り返している。石畳の道を渡るそよ風が、温かい食事で火照った頬をやわらかく撫でた。通りには、露店の準備を始める商人や、水汲みに出たらしい子どもたちの声が少しずつ増え始めている。パン屋の焼き立ての香りと、遠くの市場から流れてくる香辛料の匂いが混じり合い、街全体がゆっくりと朝の顔へと切り替わっていく。
昨日よりも少しだけ早く、誠二は冒険者ギルドの前へとたどり着いた。
重々しい木造の建物は、朝日を浴びて壁や看板の木目がくっきりと浮かび上がっている。二階の窓からは薄暗い室内の影がのぞき、昨日と変わらぬ場所にあるはずなのに、どこか空気が違って見えた。
だが、外から感じる冒険者ギルドの気配が、何故だか昨日とは違う。昨日はこのくらいの時間には、もう中から豪快な笑い声や怒鳴り声が漏れてきていたのに、今日は妙に静かだ。聞こえてくるのは、時折響く椅子の軋む音と、遠くで誰かが咳払いをする気配くらいである。
(もう空いてる時間だよな?)
ギルドの掲げる看板を一度見上げてから、誠二は扉に手をかけた。分厚い木の板に鉄の取っ手が打ちつけられた扉は、押し開くときにギギッと低く軋む。隙間から、冷えた酒と油と、人の汗が混ざった、いかにも「酒場」といった匂いが鼻をくすぐった。
中へ足を踏み入れると、昨日よりも明らかに冒険者の数が少ないのが一目で分かった。陽の光が射し込む窓際を中心に、ちらほらと人影が見えるものの、その数は片手で数えられるほどだ。テーブルと椅子の多くは空席のまま、朝の光に照らされた木目だけが静かにそこにある。
だが、そのおかげもあって、ヴェンデッタの姿を見つけるのは難しくなかった。
ギルドの片隅――壁際に並ぶ木製のテーブルと、年季の入った木のベンチが並ぶスペース。その一番奥、ほとんどギルドの角といっていい位置で、赤い頭巾の後ろ姿がぽつんと座っている。その向かい側には、彼女に相対するように二人の冒険者が腰掛けていた。三人で何やら話している……かと思いきや、空気は妙に張りつめている。
(ヴェンの知り合い……なのかな?)
誠二はそちらへ向けて歩き出した。足下で、石床に打ち付けられた分厚い板がぎしりと鳴る。
二人の冒険者は、片方が男性で、もう片方が女性のようだ。
男性冒険者は背中に大きな弓を負い、身体にはオレンジ色に染められた革鎧を身にまとっている。明るい茶色の髪は無造作に切りそろえられ、澄んだ青い瞳がよく目立つ、二十歳前後の青年だ。革鎧の隙間から覗く腕や首には、まだ少年の面影を残した細さがあるものの、弓を引き慣れた者特有の筋肉の張りも感じられた。
もう一人の女性の方は、背中に自分の身長ほどもある大きな杖を背負っている。杖の先端にはオレンジ色の大きな宝石がはめ込まれており、朝の光を受けてぼうっと灯火のような光を放っていた。装備は、濃い緑色の長めのローブ。裾は椅子に座った彼女の足元までゆったりと垂れ、ところどころに魔術紋様らしき刺繍が施されている。頭には、これまた濃い緑色の、とんがり帽子――いわゆる「魔女帽子」をかぶっていた。
桃色の髪を三つ編みにして、後ろへ二本垂らしている。その様子は、まるでふわふわした尻尾が二本生えているかのようで、帽子のつばの陰で小さく揺れていた。
ある程度距離が詰まったところで、誠二はふと違和感に気づく。どうやら三人で談笑しているわけではなさそうだ。
ヴェンデッタは終始無言のまま、木製のジョッキを持った手を口元へ運び、淡々と飲み物を口にしているだけ。その視線は、目の前の二人ではなく、窓の外のどこか遠くを見ているようにも見えた。
対して、彼女の前に座る二人の冒険者はといえば、額から尋常ではない量の汗を流し、背筋をこれ以上ないほど伸ばしたまま微動だにしない。握りしめられた両手は膝の上で固まり、指先にまで緊張が滲んでいるのが分かった。
「ヴェン、おはよう」
誠二は後ろからヴェンデッタに声をかけた。
赤い頭巾がふわりと揺れ、彼女はゆっくりと誠二の方へ振り向く。毎度のことながら、その頬はほんのりと赤く染まっている。
「ああ、おはよう。……とりあえず座りなさいよ」
彼女は「ここに座れ」と言わんばかりに、窓側へとすっと身を寄せ、ぽんぽんと隣の空席を軽く叩いた。外から差し込む斜めの朝日が、彼女の赤頭巾の端を淡く縁取る。
状況がさっぱり理解できないが、とりあえず言われるままに、誠二も彼女の横へ腰を下ろす。ギシッと軋む音と共に、古びた木のベンチが軽く沈み込んだ。
正面の二人の冒険者の様子は、先ほどと変わらない。いや、女性の方はさっきよりもさらに顔色が悪くなっているかもしれない。緊張で表情が固まり過ぎて、逆に無表情に見えるほどだ。
「ええっと……どういう状況、これ?」
思わず小声で尋ねると、ヴェンデッタは肩をすくめた。
「話すと長くなるわよ。それでもいい?」
「……できるだけ簡潔にお願いしてもいいか」
「だいたい、あなたが来る一時間くらい前だったかしらね……」
ヴェンデッタはゆっくりと、事の経緯を語り始めた。
――おおよそ一時間ほど前までさかのぼる。
ギルドが開店してすぐ、彼女はバーカウンターの席で、木製のジョッキを片手に、だらだらと誠二が来るのを待っていた。早朝のギルドは珍しく静かで、酔い潰れて床で寝ている冒険者のいびきと、カウンター奥でグラスを磨くマスターの手元の音くらいしか聞こえない。
そんな時だった。
ギルド職員が二人の冒険者を連れて、彼女の元へと歩み寄ってくるのが視界の端に入った。
「どうしたの、何か用?」
視線をそちらに向けて、彼女が一言こぼすと、職員の背後で背筋を伸ばしていた二人の冒険者が、同時にびくっと体を震わせた。薄暗い室内でも分かるほど、顔には尋常ではない量の汗が浮かんでいる。
「何よ、あなたたち……別に取って食ったりしないわよ……私は」
「「は、はい! 失礼しました!」」
二人は同じタイミングで、勢いよく頭を下げた。声まできれいに重なっている。
ヴェンデッタは一つため息を零し、呆れたように眉をひそめると、次に職員へと視線を移した。職員はいつもの事務服の上から薄手の外套を羽織り、書類の束を抱えたまま、いかにも「頼み事がある側」の顔をしている。
「おはようございます、ヴェンデッタさん。本日は折り入って頼みたいことがございまして」
「……なによ。もしかしてさらに面倒ごと?」
「ええと……はい。現状、例の緊急クエストの影響で冒険者が枯渇しておりまして、ヴェンデッタさんに、とある依頼をお願いしたくてですね」
「そんなかたっ苦しくしなくていいわよ。ここに協力すると言った以上、無碍な態度はとらないわ。私への指名ってことは、どうせ討伐クエストでしょ?」
彼女が木製のジョッキを片手にそう言うと、職員の表情からいくぶんかの緊張が抜け、口元が少しだけほぐれた。だが、その後ろに控える二人の様子は、未だ氷のように固い。
「実は、近辺の村でウルフドラゴンが出没したとの報告がありまして。それの討伐をお願いしたいんです」
「ウルフドラゴン、ね……。たしかにここら辺は、あいつらの生息地だものね。でも、あいつらって人里にはあんまり降りてこないんじゃなかったかしら?」
「そうなんですよね。普段なら、こんなことあり得ないんですけど……」
「何か不測の事態が発生した場合の保険も兼ねて、私が指名されたってわけね」
ヴェンデッタの言葉に、職員はゆっくりと頷いた。
「それは別にいいんだけど、さっきから固まってる後ろの二人は何なのよ」
ヴェンデッタの軽い指摘に、二人はまた同時にびくりと体を震わせた。一瞬だけ、女性冒険者の方と目が合ったが、彼女はすぐに慌てて視線を逸らしてしまう。
(……そこまで怖がることないでしょ)
先ほどからの、まるで鬼を前にしたような態度に、ヴェンデッタは多少の呆れと、ほんの少しの苛立ちを覚えながら、再び職員へ視線を戻した。
「こちらは、つい先日この冒険者ギルドに入会したお二人です。……ほら、お二人とも、自己紹介を」
職員に軽く背を押され、二人はヴェンデッタの前へ半歩進み出た。二人とも膝がわずかに震えているのが分かるが、それでも男性冒険者の方が、先に口を開いた。
「は、初めまして。僕はフレッドと申します。この国の出身で、実家はパン屋です。その……この国が今、危ないと聞いて冒険者になり……ました。よろしくお願いします」
フレッドは勢いよく頭を下げた。下げた頭がなかなか上がってこないので、ヴェンデッタはそのまま隣の女性冒険者へと視線をずらす。
彼女は一瞬びくっと肩を震わせたあと、ゆっくりと深呼吸をした。胸元のローブが大げさに上下する。
「ひゃ、ふぁ、ふぉふぁあ!」
「落ち着いて」
謎の奇声をあげていた彼女は、ヴェンデッタの一言でハッと我に返り、一度口をつぐんだ。大きく深呼吸を三回ほど繰り返し、それから後ろを振り向いて「オエェ」と軽く空気を吐き出すような仕草をする。まるで吐き気を追い出す儀式のようだ。
そして、再びヴェンデッタの方へ向き直った。
「は……はじめまして。あたし……シェーナって……」
そこで突然、彼女の言葉が途切れた。
見る見るうちに冷や汗で濡れていた顔から、血の気が引いていく。さっきまで真っ赤だった頬がみるみる青ざめ、唇まで震え始めた、その瞬間――。
後ろに控えていた職員が、どこから取り出したのか分からない木製の桶を、素早くシェーナへと差し出した。
シェーナは考えるより先に桶を掴み取ると、そのまま後ろを振り向き、しゃがみ込んで「オエエッ」と、今度は本当に何かを桶の中に吐き出した。嫌な水音が、静まり返った冒険者ギルドの空気に妙に響き渡る。カウンターのマスターが、「またか」という顔でこちらをちらりと見るのが分かった。
しかし、それで少しはすっきりしたのか。しばらくしてから、シェーナはゆっくりと立ち上がり、今度は先ほどよりも少しきりっとした表情で振り返った。
「はじめまして。シェーナって言います。あたしもこの国の出身で、両親は国の魔術研究室で働いてます。その……国が危ないんだから、家でだらだらしてないで働けって言われて……家を追い出されました。よろしくお願いします」
最後の方は、若干恨み言が混じっていたが、一応自己紹介は成立した。
「……あの、職員さん。それでこの二人……いや、まあいいわ。この二人は何なの?」
ヴェンデッタは呆れた顔でそう尋ねる。
「ええと……ですね」
言い淀む職員の態度を見て、ヴェンデッタの頭には、おおよその予想がすでに浮かんでいた。
「もしかして、この二人もそのクエストに連れて行けってわけじゃ……」
「その通りですぅ!!」
これまでの緊張を振り払うかのように、職員は満面の笑みでそう言い切った。肩の力が抜けきった、やけに晴れやかな笑顔だ。長時間抱えていた爆弾を、ようやく他人に押し付けられた人間の表情でもある。
それに相対して、ヴェンデッタの顔には苦悶の色が濃く浮かんでいた。
それもそのはずだ。ウルフドラゴンは「ドラゴン種の中では弱い部類」とは言え、全魔物で見れば上位に入る強敵。そんな相手の討伐に、冒険者になりたての初心者を連れて行ったところで、役に立つどころか守らなければならない分だけ足手まといになるのは目に見えている。
誠二は連れて行くつもりでいるのだから、実質的にお守りをしなければいけない人数は、彼を含めて三人に増えることになる。フレッドはまだ戦えそうだが……問題は、シェーナの方だ。
ヴェンデッタは再びシェーナへと視線を向けた。
彼女は、いつの間にかまたしゃがみ込んでいて、さっき渡された木桶を抱えながら、再び「オエオエ」と何かを吐き出している。もはやためらいがなくなったのか、振り向いて隠そうとすらせず、ヴェンデッタの視界の中で堂々と体内の液体を放出し続けていた。
「あのね、二人とも。ウルフドラゴンはたしかにドラゴン種の中では弱い部類よ。でも、全魔物の中では上位に入るような化け物。安全は保障できない。だから、降りるなら――」
「いいえ!」
ヴェンデッタの言葉を、フレッドの強い声が遮った。
「確かに危険でしょう。でも、それを承知で頼んでいるんです。今、この国に危険が迫っている中、少しでも役に立つには、急いで強くなるしかない! そして強くなるには、より多くの戦闘経験を積むほかない! それならば、危険な死地にも赴きましょう! 怖いからと断るなんて、そんな奴、人間じゃねえ!! 僕たちはこの国で育った人間なんです! だから、ついて行かせてください!!」
フレッドは一息に言い切った。胸を張り、青い瞳を真っ直ぐにヴェンデッタへと向ける。その顔には、決して揺るがない覚悟が刻まれていた。
――そのすぐ後ろで、シェーナが「人間じゃねえ!!」の部分で、さらなる絶望の表情を浮かべていることなど、彼は露ほども気づいていない。
「フレッド。あなたがそうでも、横のシェーナって子は……」
「は、は……」
シェーナがか細い声を漏らしかけたところで、職員が慌てて口を挟む。
「問題ありません! 彼女は国を守る、国に忠誠を誓う魔術師の家系と聞きました。彼女自身も凄まじい魔術の才能を持っていると。見くびられているだけで、本当はすごく強いのだと!! 先ほど、ご本人から聞かせていただいたんです!!」
職員は、ここぞとばかりに畳みかけるように言葉を重ねる。
「ですから、シェーナさんのことも信頼してあげてください!! 彼女は、すごい方なんです!!」
シェーナの表情は、もはや通常の人間の理解を超えるものへと変貌していた。褒められたことへの喜び。逃げられなくなったことへの絶望。尊大な自尊心から生まれた発言を公の場で暴露されたことへの羞恥心。
その三つがぐちゃぐちゃに混ざり合い、彼女の顔は一瞬ごとに別人のように変わる。笑いそうで泣きそうで、今すぐにでも再び桶に向かいそうな、混沌の沼がそこにあった。
「その……先ほどから、フレッド様にこのクエストに連れて行ってほしいと頼み込まれてしまって。現状、人手不足で、お二人の教育をできるような人材もおらず……」
職員が申し訳なさそうに付け加える。
「ああもう……分かったわよ。でも、何が起きても知らないわよ」
ヴェンデッタはこめかみを押さえながら、観念したようにため息をついた。
「はい!!」
「ふぁい……」
フレッドは力強く、シェーナは半分魂が抜けたような声でそれぞれ返事をする。
――これが、現在に至るまでの経緯だそうだった。
話を聞き終えたところで、誠二はすぐに理解した。目の前で、再びそっと桶を抱え、こそこそと「オエエ……」と胃の中身を確認しているシェーナの姿を見ながら、確信する。
このシェーナという人物――。
(……完全に、同族の匂いしかしないな)
誠二は、心の中でだけ、静かにそう呟いた。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
フレッドの一直線な熱さと、シェーナのポンコツ(?)ぶりで、一気にパーティ感が強くなってきました。次回はいよいよウルフドラゴン討伐に向けて、準備や作戦会議に入っていきますので、引き続きお付き合いいただけると幸いです。




