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赤頭巾のヴェンデッタ〜異世界転移した先で殺された俺、魔王に転生して極悪勇者にざまあする〜  作者: まぴ56


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第21話:帰る場所、軋む身体

 夜の街と月明かりの中で、誠二が「人助けっていいな」と思い出す、ほんの小さな一歩の回です。さくっと読める分量ですが、雰囲気を楽しんでいただけたら嬉しいです。

 少女をがっしりと抱きしめていた腕から、ゆっくりと力を抜く。

 その瞬間、背中に走っていた痛みが、一気に全身へとじわじわ広がっていった。石畳に叩きつけられた衝撃が、鈍い余韻となって骨の芯まで染み込んでいる。呼吸をするたび、肺の奥できしむような痛みがした。


 それでも誠二は、胸の中に納まっている小さな体に向けて、かすれた声を絞り出す。


「だい……じょうぶ……か?」


 涙でぐしょぐしょになった瞳が、薄暗い路地の中で月の光を受け、宝石みたいにきらりと揺れる。夜空を流れる薄い雲の切れ間から、ちょうど月光が差し込んでいた。狭い路地の上には建物がせり出し、黒く重なった屋根の隙間から、細い光の筋が降りている。

 その細い光が、少女の頬に伝う涙の筋をなぞるように照らしていた。


「……っ、ひぐ……」


 鼻をすする小さな音が、しんと静まり返った路地裏にやけに大きく響く。近くの家の壁は年月を経て黒ずみ、ところどころ石が欠けている。湿り気を帯びた石の匂いと、日中の熱を失った土埃の冷たい匂いが混ざり合っていた。


 少女の身体はまだ小刻みに震えていたが、その震えも、時間と共に少しずつ収まってきているようだった。

 ……とはいえ、目の前――いや、今は自分の“下敷き”になっている男に対する警戒だけは、まだ完全には解けていないようだ。少女の視線には、怯えと戸惑いがまだ色濃く残っていた。


 それを察して、誠二はそっと腕をほどいた。

 胸元から完全に手を離し、そのまま地面に両腕を投げ出して、大の字になる。


 冷たい石畳が、革の鎧越しに背中へと押しつけられる。

 痛みが強くなり、思わず顔をしかめながらも、彼は無理やり口角を引き上げた。


「もう大丈夫だよ。俺は君に危害を加えるつもりはない。てか、全身ボロボロで、そんな余裕ないしさ。だから、大丈夫! エヘヘ」


 冗談めかした声を出したつもりが、自分でもわかるくらい情けない笑い方になった。けれど、その不器用な笑顔に、少女はぴくりと肩を震わせ――その震えは、恐怖からではなく、ほっとした安堵から来るものに変わっていく。


 呼吸と一緒に震えていた少女の体が、次第に落ち着いていくのがわかった。

 鼻をすする音はまだ止まらないものの、今の彼女であれば、言葉をやり取りできるくらいには落ち着いているように見える。


(……よかった。とりあえず、落ち着いてくれたみたいだな)


 そう思った、そのときだった。


 少女がはっとしたように目を見開き、ゆっくりと自分の体勢を見下ろした。

 視界の中で、自分の膝と靴先、その下にあるのは、誠二の胸と腹。

 小さな自分の体が、彼の上にずしりとのしかかっている。


「……っ」


 喉の奥で、かすかな息を呑む音がした。

 さっきまで涙と熱で火照っていた顔から、すうっと血の気が引いていく。指先が強張り、肩がきゅっとすぼまる。


 まるで、とんでもない無礼を働いてしまったかのように――

 少女は、その場から弾かれたみたいに離れようとした。


 膝に力を込め、一刻も早く誠二の身体から退こうとして、ほとんど跳ねるような勢いで立ち上がろうとする。だが、足元はまだ震えている。地面をしっかり踏みしめきれず、踏み出した足がぐらりと揺れ、その小さな身体が後ろへ大きく傾いた。


「キャッ!」


「あ、あぶない!!」


 誠二は、とっさに少女の腕を掴んだ――


 その瞬間――掴んだ腕に、信じられないほどの重みがのしかかる。

 見た目はどう考えても、幼稚園児くらいの小さな身体なのに。

 それなのに、その腕一本を支えるだけで、まるで成人男性の全体重を片腕で受け止めているような圧がかかってくる。


「う、うおおおおお……!? ぐぬぐ……お、おぐ……!」


 掴んでいる腕の筋が悲鳴を上げ、肘から先がぶるぶると震える。

 それでも、指先だけは離すまいと必死に力を込めた。

 石畳に擦りむいた背中がさらに痛むが、ここで手を離せば、彼女はそのまま尻もちでは済まないだろう。頭でも打ったら、せっかく助けた意味がない。


「ぐ、ぐぬぬ……っ、ぐ……ぎゅ……!」


 喉から妙な声が漏れたが、気合と根性でどうにか踏ん張る。

 誠二が腕を引き寄せると、それに引きずられるようにして、少女はふらつきながらも体勢を立て直した。


 ちいさな靴が、石畳の上でキュッと音を立てる。

 少女は、ようやくしっかりと両足で地面を踏みしめ、その場に立ち上がることに成功した。


「ふぅ……あぶな……」


 誠二が安堵の息を漏らすより早く、少女はすっと数歩後ろへ下がると、ぺこりと深く頭を下げた。

 月の光を受けて、ちりちりとした赤いツインテールがふわりと揺れ、金属の飾りがかすかにきらめいた。涙で濡れた頬はまだ赤く、鼻をぐずぐずさせたままだが、その仕草は礼儀正しく、必死に感謝の気持ちを伝えようとしているのがわかる。


 そして次の瞬間、少女は踵を返した。

 裸足ではないはずなのに、足音は驚くほど軽く、小さな背中はあっという間に路地の奥へと駆け出してゆく。


「あ……」


 呼び止める暇もなかった。

 狭い路地を抜ける途中で、少女の姿は街灯の消えた角を曲がり、そのまま夜の闇に溶け込むように見えなくなってしまう。


 残されたのは、湿った石畳と、夜風と、鈍く痛む自分の体だけ。


「……あの様子だと、怪我はなかったみたいだな。……ああ、よかったぁ」


 胸の奥から、遅れてじわりと安堵が広がる。

 そこでようやく、張りつめていた緊張の糸がぷつんと切れた。


 誠二は、上体を支えていた腕から力を抜き、そのまま地面に身を投げ出すように再び大の字になった。


 革の鎧越しに伝わってくる、石畳のごつごつとした感触。

 背中に食い込む小さな凹凸が、あちこちで悲鳴をあげている筋肉と骨を、これでもかと刺激してくる。冷え切った石の冷たさが、じわじわと体温を奪っていくのがわかった。


(痛ぇよぉ……寒ぃよぉ……最悪だぁ……)


 そう思うのに――不思議と、胸の奥は嫌な感じがしなかった。


(……でも、なんだろ。やな感じは……しないんだよな)


 夜の空気は冷たく、路地の上を通り抜ける風が頬を撫でていく。

 遠くの大通りからは、もう人の話し声も聞こえない。さっきまで騒がしかった酒場の喧噪も消え、街全体が大きく息を吐いたあとのような、静かな余韻だけが漂っていた。


(引きこもってた頃は……人助けなんて、そもそもできる場所にすらいなかったしな。

 つーか、誰かを助けたいなんて思うことすらなかったし)


 さっきまで胸の上にあった、小さな体の重みを思い出す。

 涙で濡れた瞳。震える肩。

 それが、最後にはちゃんと自分の足で立って、頭を下げて、走っていった。


(人助けって……やっぱ、いいもんだわ。……あ、そういや俺が、)


 心の奥で、ぽつりと言葉が落ちた瞬間――別の現実が、誠二の脳裏を殴りつける。


「って、まずい! こんなところで寝てる場合じゃなかった!」


 誠二は、がばっと上半身を起こした。

 視界がぐらりと揺れ、目の前の路地が二重に見える。慌てて近くの壁に手をつき、ふらつく体をなんとか支える。


 膝は情けないくらいがくがくと笑っている。

 息を吸うたびに、肋骨あたりがずきずきと痛み、胸の内側で骨がきしむような感覚が走った。それでも――まだ、体は動く。


「教会に帰って……みんなのお手伝いしねえと」


 自分に言い聞かせるように呟き、誠二は壁を伝いながら、ゆっくりと歩き出した。


 路地の出口は、少し先だ。

 両側から迫る建物の壁が、夜の闇と溶け合って、細い谷間のように伸びている。足を一歩踏み出すたび、靴底が石畳をこすり、乾いた音が静かな夜に溶けていった。


 ようやく路地を抜けると、視界がぱっと開ける。


 大通りには、もう灯りはほとんど残っていなかった。

 店先のランプは完全に消され、屋台も布をかけられ、通りを行き交う人影もまばらだ。昼間の喧騒が嘘みたいに、世界は色を落としたモノクロの景色に変わっている。


 それでも、空には大きな月が浮かんでいた。

 雲の切れ間から顔を出した月は、銀色の光を惜しみなく降り注ぎ、石畳の一つひとつを淡く照らし出す。建物の影は長く伸び、風に揺れる看板の鎖が、かすかに鳴った。


 人の気配が消えた夜の街は、本来なら不安を誘う静けさを持っているはずだった。

 けれど――誠二の目には、なぜかその道が、やけに明るく見えた。


(……なんだろ。月明かりだけなのに、ちゃんと前が見える気がする)


 痛む脚を引きずりながらも、一歩一歩、確かめるように足を運ぶ。

 腰のあたりに鈍い疲労がたまり、肩も重い。それでも、背筋だけはなるべく伸ばした。


 大通りを外れ、街はずれの方へと向かっていくと、やがて遠くに、暗い空を背景にした大きな影が見え始める。


 丘の上に聳え立つ、教会だ。


 夜空を切り裂くように伸びた尖塔。その先端には小さな十字架があり、月を背に黒いシルエットを形作っている。塔の根元には、柔らかな灯りがいくつか灯っており、ステンドグラス越しに漏れる淡い光が、丘の斜面をぼんやりと照らしていた。


 そこへ辿り着くまでには、まだ少し距離がある。

 足は重く、息も上がってきた。だが、あの光がある限り、自分が戻る場所は見失わない。


「……よし」


 小さく気合を入れ、誠二は階段を登り始めた。

 膝にのしかかる負荷が増し、太ももがじんじんと焼けるように痛む。それでも、足を止めることだけはしなかった。


 冷たい夜風が、汗ばむ額を撫でていく。

 石段をひとつ、またひとつと上るたび、教会の灯りは少しずつ近づいてくる。


 時間はかかった。

 それでも――


 やがて誠二は、丘の上に聳え立つ教会の前に辿り着いたのだった。

 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

ご感想・気になった箇所など、一言でもいただけると励みになります。

次回もまたよろしくお願いします。

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