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赤頭巾のヴェンデッタ〜異世界転移した先で殺された俺、魔王に転生して極悪勇者にざまあする〜  作者: まぴ56


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第18話:もう一つの意味

川辺の帰り支度を通して、誠二とヴェンデッタの距離感と、異世界での“一日目の終わり”を丁寧に描きました。戦いの余韻、風景の匂いと音を味わってください。

 食事を終えた三人は、帰路に就く準備をしていた。焚き火は灰の山となり、赤い芯がときおりぱち、と小さく息をする。川面は傾きかけた陽を砕き、銀の鱗のような反射が岸の草に踊っていた。

 御者は馬車の出発準備に余念がない。馬の鼻息が白くほどけ、革の手綱や金具がかすかにきしみ、車輪の留め楔を確かめる乾いた音が畦道に点々と落ちる。


 誠二は川の水で食器を洗い、ヴェンデッタは受け取った食器をきれいめの布で拭いていく。水に沈めた縁で小さな渦ができ、わずかな脂が虹を描いては流れていく。指先は冷えで赤く、感覚が少し鈍い。布が器を拭うたび、きゅっ、と控えめな音がして、布地に日中の埃と火の匂いが移った。


 ギルドを出発したのは朝だったが、移動と戦闘、そして食事をはさんで、空はもう西から色を変えはじめている。麦畑の穂は風に揺れ、影は長く、川の水がやけに冷たい。時計はないが、体感では午後四時ごろだ。川風が流木の湿りと若草の青い香りを連れて、肌の熱をさらっていく。


「……なあ、ヴェン。ちょっといいかな?」


「ん……なによ」


 誠二が声をかけると、横で器を拭いていたヴェンデッタが顔を上げた。頭巾の影で緑の瞳がやわらかく揺れ、拭き上げた皿の白が夕光を返す。

 誠二は視線を下へ。水の中の器と、自分の手を見ながら話し始めた。冷たさが手首の脈まで染みてくる。


「今日はありがとうな。おかげで、この世界の常識とか、ギルド登録のしかたとか……あとは魔物との戦いかたとか、少し分かった気がするよ」


「……どういたしまして。別に――感謝されるようなことはしてないわよ」


 誠二は手元から顔を上げ、彼女の瞳を見て、はっきりと礼を言う。川面のきらめきが瞳の奥に散り、虹色の欠片が一瞬だけ走った。

 対するヴェンデッタは、照れたのか目線をそらす。指先で布の端をいじり、軽く息を吐いた。


「正直……あの時、ギルドの前でヴェンが声かけてくれなかったら、ビビって帰ってたと思う」


「そこは頑張りなさいよ……」


 呆れながらも、頬はゆるむ。互いの顔を夕陽が照らし、薄く赤く染めた。麦の向こうで、小さな影が低く鳴いて畦へ降りる。


「あのさ……いや……えっと……」


「明日は別のクエストよ。時刻は朝の十時、集合はギルドのバーカウンター。いいわね?」


 言葉を詰まらせた誠二に、彼女はさらりと告げる。手の中の皿を布で包み、鞄の口へ丁寧に収めながら。

 誠二の表情が明るくなる。川の水滴が頬に跳ね、冷たさに目を細めた。


「了解。できればもう少し緩めのクエストがいいな。さすがに初クエストでこれはきつかった」


「そうね……明日は採集クエストでも受けましょう。――でも、その前に治療は受けること。いいわね」


「分かってるよ。今もめちゃくちゃ痛いし。戻ったらダリアさんに治療してもらう」


 誠二は苦笑し、また洗い物に戻る。器の底をなでると、砂粒が指腹でこすれて、しゃり、と小さく鳴った。さっきより水が冷たい。上流から冷気が降りてきたのか、足首のあたりがじんわり痺れる。


「そういえば、今は教会に住んでるの?」


「そうだよ。ひと月くらいは教会でお世話になって、そこから独り立ちの予定」


 洗い終えた皿を手渡すと、ヴェンデッタの手が軽く誠二の手に触れた。水で冷えた自分の手に、彼女の温度がふわりと移る。一瞬だけなのに、驚くほどあたたかい。川音が少し大きくなった気がした。


「実は――」


「お二方! 準備が整いました!」


 彼女のほうへ顔を向けた瞬間、畑の馬車のほうから声が響いた。御者だ。どうやら出発の準備が整ったらしい。馬が地面を蹄で軽く叩き、鈴の小さな音がからりと鳴る。


「っと、急がなくちゃな。ヴェン、これでラスト!」


 最後の器を手渡す。川べりの草が風に倒れ、夕日の帯が水面に長く伸びた。

 横目に映る彼女は、とても美しかった。緑の瞳が川の反射を受けてうねり、本物のエメラルドみたいに光る。


「今、何か言いかけなかった?」


 不思議そうな問い。誠二は今ここで言うことか少し考え、首を横に振る。背で川風が外套を揺らし、焚き火の灰がひとかけ舞い上がって消えた。


「いや、なんでもないよ。ただの雑談だし、今度暇なときにでも話そうかな」


 そう言ってゆっくり立ち上がる。長く中腰だったせいで一瞬ふらつくが、すぐ体勢を整える。両手を組んでぐっと伸びをすると、軽く息が抜けた。背骨が小さく鳴り、強ばりが解けていく。


「そうだ! 最後に一つだけ、いいかな?」


 ヴェンデッタのエメラルドのような瞳が、誠二の黒い瞳と合う。光が交わり、二人の影が足元で重なった。


「ヴェンの……ストーンランクカードの石って、なんだったの?」


「……ちょっと待ってね」


 彼女は布と器を鞄にしまい、底を探る。取り出したのは、ほんのり青みがかった小さな石のカード。表面に細い筋が走り、夕空の色を薄く吸っている。


「それって……俺と同じ」


「そう。私のカードも《グロウマリン》」


「そっか。それじゃあお揃いだな!」


 誠二がぱっと笑う。ヴェンデッタの頬もゆるむが、彼女は目を細め、カードを光に透かして口を開く。背景では川音が細く続き、麦の穂がさらさらと擦れ合う。


「でもね、《グロウマリン》の石占いって、続きがあるの」


 夕陽が頭巾の赤をさらに朱に染めあげる。


「海は……満ちて……引いて……」


「常に光を照らす。朝は陽を……夜は月を……」


「それって、どういう意味なんだ?」


 誠二は素直に返す。彼女の言葉に食い入るように。互いの吐息が、少し白んで見えた。


 ヴェンデッタはいたずらっぽく口角を上げ、ゆっくりと言う。


「――常に監視が必要な、要注意人物♪」


「はあ!? なんだよそれ!! 今の、けっこう感動的な流れじゃなかった!?」


「フヒヒ! いい反応。満足だわ。――ほら、帰りましょう。神父様がきっと心配してる」


 彼女は悪戯っぽく笑い、誠二に背を向ける。大きな鞄を背負い、先に歩き出した。鞄の金具がこつ、と一度鳴き、麦の間の道に長い影がすべる。


「ちょっと! 待ってって!」


 誠二はその後を駆けだした。車輪の跡をまたぎ、土を蹴る足音が軽く続く。

 ゆっくり落ちていく夕焼けと、顔を出しはじめた月明かりが、横並びに歩く二人の頭上を照らす。遠い森からはねぐら入りを告げる小さな声、畑の端では虫の細い音がはじまり、道の上では蹄の律動が刻まれた。


 ――長かったが、ようやく、田中誠二の異世界生活の一日目に終幕が下りた。明日の朝十時、またギルドのカウンターから始まる。今度は、治療のあとで、少しやさしい依頼を。

読了ありがとうございます。今回は《グロウマリン》の“要注意人物”占いで、ふたりの関係に少しだけ光を差し込みました。次回は治療を挟んでの採集クエストへ。ご感想・気になった箇所など、一言でもいただけると励みになります。

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