第17話:干し肉とそこらへんの草の澄ましスープ
そのパンは.....ゴブリンを撲殺できる程度には硬かった。
麦畑に戻ってみると、先ほどまであった、ゴブリンの死体はなくなっており、地面を赤に染めていた血液もきれいさっぱり無くなっていた。畝は風に撫でられて青い麦がさわさわと波を立て、乾いた土の甘い匂いと鉄の名残りがひやりとした空気に薄く混じる。午下がりの陽は高く、雲は薄く引き延ばされ、畦道の轍には白い砂塵がうっすら積もっていた。
しかし先ほどまでなかったものがそこにはあった。巨大なゲル状の青みがかった物体だ。それはぷるぷると動き、這いまわっている。表面はガラスめいて光を弾き、内側は飴のように重たく流れ、陽光が屈折して地面に淡い青の斑を散らしていた。近づくほど、湿った石の冷たさと金属めいた匂いが鼻の奥に残る。説明を受けずとも、この見た目だけである程度の想定は着く。
おそらくこれはスライムと呼ばれる魔物だ。それは馬車のすぐ近くでうごめいていた。幌の影が涼やかに地面へ落ち、車輪の金具が陽を受けて鈍く光る。
「おいヴェン! 魔物だ!!」
「あれは大丈夫よ。むしろ味方.....って言った方が正しいわ」
慌てて武器を抜こうとする誠二に対して、隣に立つヴェンデッタは非常に冷静だった。外套の赤が風に揺れ、彼女は顔色一つ変えずに、スライムの横を通り過ぎ、馬車の上で小さなメモ帳に何か書き記している御者の元へと歩み寄っていった。紙がめくられる乾いた音と、革の擦れる低い音が、昼の静けさを細く縫い合わせる。
「え.....だい.....じょうぶなの?」
誠二もおそるおそるスライムの横を通り過ぎ、彼女の後を追う。御者と誠二の眼が合う。鋭い、黒色の瞳だった。日焼けした頬に汗が光り、睫毛の影が頬骨に落ちている。
「お疲れ様。こっちも武具の清掃は終わったわ。そっちはどう?」
「ヴェンデッタさん。お疲れ様です。こちらの清掃も終わりましたよ。きちんとゴブリンの耳も回収しています」
御者はそういうと、すぐ隣に置いてあった革袋の中をこちらへと見せてきた。中には切り取られた、大量のゴブリンの耳が詰まっていた。革の匂いにわずかな血の鉄臭が混じり、袋の縁には乾きかけた暗い赤がこびりついている。誠二の背筋に悪寒が走り、顔が青ざめ、口の中が酸っぱくなる。急ぎ手で口を覆う。
「ちょ、これなんだよ.....なんで耳なんか」
誠二はヴェンデッタの方を見る。頭巾の影の瞳は落ち着いていた。
「耳っていうのは大事な器官なの。だから、クエスト達成の印として、報告の為に持っていくの。口頭で倒しました、なんて言っても説得力ないでしょ」
「まあ.....たしかに」
そう告げると、ヴェンデッタは誠二から顔を逸らし、また御者との会話に戻る。彼女の外套の裾が畦道の砂をさらりと払って舞い、すぐさま風に溶けた。
「いまから昼食の用意をしようと思うんだけど、あなたも食べるかしら?」
「いいんですか! それならご一緒させてください」
「あいにく鳥の干し肉と堅パン.....あとはドライフルーツとチーズなんかしかないけどね」
「いえいえ.....いつもみなさん帰りながら馬車の中で食事を取られる方が多いので、冒険者さんと食事を共にする機会って少ないんですよ」
そう言いながら、御者は手帳を閉じ、ペンと共に胸ポケットの中へとしまった。小さな金具が触れ合い、澄んだ音が一度鳴る。
「ただまだ記録の仕事が残っておりまして.....もうしわけないのですが、食事のご用意を任せてしまっても宜しいですか?」
御者は申し訳なさそうな顔でヴェンデッタにそう告げた後、誠二の眼も見て、頭を下げる。
「構わないわ。仕事が最優先」
そういうと、彼女は馬車の荷台へと乗り込んでいった。板がぎしりと鳴り、幌の影がゆっくり揺れる。おそらく例の大きな鞄を取りに行ったのだろう。
「あの.....ちょっといいですかね?」
「はい? どうかされましたか。」
「その.....あそこにいるのって」
誠二は恐る恐るスライムに指をさす。それはまだ動いており、ぷるぷると先ほどから同じ場所で震えている。表面に細かな波紋が走り、内側で何かがゆっくり撹拌されているように見える。誠二たちを襲おうとしている様子はどうやらない。
「ああ、あれはスライムですよ。冒険者ギルドの者たちにとっては大事な掃除屋さんです。ギルドの方々も良くこんなこと思いつきますよね」
「掃除屋?」
誠二はもう一度、つぎは良くスライムのことを観察してみる。よくよく見てみると、スライムの中になんだか残骸が混じっている。それは、ゴブリンの指だった。驚いたのも束の間、シュウっと音を立てて、それは一瞬で溶かされ、消えてしまった。表層に一瞬だけ虹色の光が走り、すぐに澄んだ青へ戻る。
(.....そういうことか。スライムにはああやってものを.....いや、有機物かな?を溶かす特性があるのか。この場に死骸が残ってないのは、あいつが溶かしたから。それで掃除屋さんってわけ.....だと思う。下手に自分の無知を曝すと、転移者ってバレるかもしないからな。ヴェンからああいわれたし、答え合わせはヴェンにしてもらおう)
「たしかにそうっすよね。よくもまあスライムを掃除に使おうなんて思いつきますよ」
誠二はそう答える。
そうやって話していると、案の定、大きな鞄を背負ったヴェンデッタが荷台から出てきた。荷台から飛び降りると、ボフっと鞄が上下に揺れる。とても重そうだ。革の金具が触れ合い、鈍い音を立てた。
「さっきの川辺で食事の準備をするわよ。セイジ、着いてきて」
「あいよ。それじゃあ先行ってます!」
そう言って誠二は、先に歩いて行ったヴェンデッタを追いかけていった。畦を離れれば、草は背丈を増し、川のほうから冷たい風がゆっくりと頬を撫でていく。水音が近づくにつれ、土の匂いは薄れ、湿った石と若い草の青い香りが勝っていった。
そこから先のヴェンデッタの動きはまさしく手慣れており、鮮やかだった。いい感じの椅子になりそうな岩を見つけ、取り出した布切れ三枚を地面に直置きし、その上に堅パンと干し肉、そしてドライフルーツを叩付けた。布の下で小石がこすれ、端が風にめくれてはぱたぱた踊る。
「いや! 流石に雑すぎるだろ!」
唐突な誠二のツッコミに彼女は驚き、身体をびくつかせる。頭巾の影で目を細め、頬がうっすら赤くなる。
「何よ.....いきなり」
「さっきから見てて思ったけど.....」
そこで誠二はなんとか言葉を飲み込む。 (この子は家事能力が欠落している。頼りになるし、強いし、かわいいけど.....すべてにおいて雑。洗濯の仕方、食事の用意)
無造作に布切れの上に置かれたパンを触る。硬い、まるで石のように硬い。表面は粉でざらつき、指で弾けば中の空洞が乾いた音を返す。おそらくこれを使えば、ゴブリンを撲殺できる程度には硬い。
「旅.....なれて.....るんだな」
「.....そりゃそうよ。これでも何年も冒険者やってるのよ、私」
彼女の見せる顔は、いわゆるドヤ顔であった。おおっぴろげなドヤ顔ではない。はたから見えれば、ただの微笑だ。しかし誠二はその奥にあるドヤ顔を見逃さなかった。
「.....ヴェン。俺にもちょっとでいいから手伝わせてくれないか? さっきからヴェンに助けてもらってばかりだしよ! 恩返しっていうかさ!」
「別にそんな気にしなくても.....」
「いや! 手伝う!」
彼女の言葉を無理やり遮る。別に食事に文句があるわけではない。いや文句はある。だが何より、この干し肉は生っぽい。先ほどヴェンデッタは言った。鳥の干し肉だと。腹の底が直感的にブレーキを踏む。
「それじゃあ.....」
「鍋とかって持って無いか?」
「鍋.....ならあるけど」
彼女は鞄をごそごそとあさり、中からそこそこの大きさの鍋を取り出した。縁に煤がこびりつき、底は焦げに黒く染まっているが、厚みはしっかり、まだまだ働けそうだ。金属の冷たさが掌に移る。
「あとは.....火.....ってあったりするかな?」
「まあ魔法でなら出せるけど」
魔法、という言葉に胸がわずかに高鳴るが、今の誠二の頭は“うまい飯”で埋め尽くされている。
「それじゃあ、お願いしてもいいかな。それって時間かかる?」
「いえ、一瞬よ。ふっとやってぼわっとなるから」
「了解。それじゃあ薪を集めてくるから、適当な石を集めて、円形を作っといてくれ」
彼はそう告げると、そそくさと森の方へと歩いて行ってしまった。川沿いの茂みが肩に触れ、葉の裏の冷たさが袖を通して肌に伝わる。
その場に残されたヴェンデッタは少々困惑していた。
「なんか.....いきなり行動的になったわね.....」
「そうだ! 乾燥してる石で作ってくれよ! 水分を含んでる石は破裂するかもしんないから!」
「.....分かったわ!!」
遠くから響く誠二の声に、少女は出来る限りの大きな声で返した。今日一番の大声が、畑に響き渡る。青い麦が風に身をよじり、葉裏が陽を反射してちらちらと光った。
少し経ち、誠二はヴェンデッタの元へと戻って来た。その両手には、たくさんの枝が抱えられている。乾いた枝は指先で軽く鳴り、皮が剝ける粉が掌に白くついた。ヴェンデッタの方も、手ごろなサイズの石を集めて、円形に配置。即席の石コンロを作っていた。石肌はざらりと砂を噛み、日向に温められてぬくい。
「ありがとう、完璧」
「ああやって言われれば、何に使うかも大体察せるわよ」
岩の上に腰かけながら、少し不服そうな顔で、彼女は鼻を鳴らした。誠二は大量の枝をすぐ近くにぶちまけ、中から小さい枝を選び、ヴェンデッタの前に置く。
「それじゃあ火もお願いしていいかな?」
そう言って、誠二も小さな枝を組み始める。それに合わせて、ヴェンデッタも木を組み始める。枝が触れて、こすれる乾いた音が幾重にも重なった。
「ちょっとセイジ、それだと風の通り道無くなるから」
「そうなのか? .....いやごめん。小さいころに父さんに教えてもらったっきりだからさ。」
「そうやって力を入れて、枝を潰して組むと、空気の通り道がなくなるの。だからあくまで上からかぶせる程度でいいのよ」
そう言って、誠二に手ごろな小枝を彼女は手渡す。指が触れた一瞬、枝の冷たさが二人の体温を行き来した。誠二も彼女から小枝を貰うと、指示に従って、枝を組んでいく。何度もヴェンデッタにやり直しを食らいながら。それでも、十分もすれば、立派な焚き木が組み上がった。
ヴェンデッタはゆっくりとその出来栄えを見て頷くと、金色の髪の毛を一本引き抜き、焚き木の中へと落とした。
「.....髪の毛? 着火剤みたいな? 燃えやすいの?」
「これはそういったのとは別。さっきも言ったでしょ。魔法を使うって」
彼女は、今度は包み隠さず、ドヤっとした表情で誠二の横顔を除いたあと、焚き木に手をかざし、目を閉じる。そして一言呟く。
「.....カリド」
すると、組み木の中に放り込まれた、金の糸が一瞬光り、それ自体が炎へと姿を変える。その炎は周りの小枝を焦がし、火の勢いを強めていき、最終的にはしっかりとした焚き木になる。ぱち、ぱち、と小気味よい破裂音。熱が頬に当たり、焦げ香が腹を鳴らす。
「すごい.....これが魔法。ダリアさんに見せてもらったのとは違う。」
「ダリア.....っていうのは」
「神父様だよ。ヴェンが連れてってくれた教会の」
「ああ.....それならこの魔法は少し違うわね。私はね、魔力を持って無いのよ」
少女は目線を燃える火に移し、寂しそうな顔を見せた。火は枝の年輪を舐めるように進み、橙の舌が影を揺らす。そうやって火を見ながら、話を続ける。
「でもね、魔力が無くても魔法は使えるの。血液だったり、髪の毛を使えばね」
彼女は頭巾の中から、金色の綺麗な髪の束を指にからめ、くるくるとまわす。
「.....すごいな、ヴェンは」
「そんなことないわよ。こんなの.....」
「いや、だって.....綺麗だもん。ダリアさんのもそうだったけど、これはこれでめっちゃ綺麗」
そう言って、誠二は彼女に笑顔を向ける。二ッとすると、彼の白い歯が見える。焚火のせいか、ヴェンデッタの顔が赤く見えた。
「そう.....なら.....よかったわ」
彼女は膝を抱えて、顔を膝にうずめて縮こまってしまう。頭巾の縁がわずかに震え、火の粉が小さく舞った。
「なあ、それってさ、俺にも出来んの?」
誠二は目を輝かせながら彼女に迫る。魔術、それは彼にとっては一種の科学のように、好物のように見えたからだ。
「ギルドカード見せて」
丸まったまま、彼女はぼそりとそうこぼす。誠二は急いで自身の鞄の中を漁り、カードを取り出し、ヴェンに見せた。
「ここ.....神秘管ってとこに〇が付いてるでしょ。これがあれば最低限魔法は使えるわ」
「マジか!!」
「.....でも。魔力.....このMPって値があるでしょ。これが低いから、あんまりぽんぽん使えないと思う」
膝を抱えたまま、彼女はそう言って誠二の顔を見る。焚き火の橙が瞳の奥で細く揺れた。誠二はその言葉にショックを受けていた。
「でも、さっきも言った通りよ。使えば使うほど、身体も精神も研ぎ澄まされる。それは魔法に関しても同じ。
頑張って使い続ければ、鍛えられるわ。」
「.....そっか。それじゃあのんびり頑張ろうかな」
彼女は膝を話し、誠二の顔を見る。今度は真剣な表情だ。少し考えたあと、頭を振って、答えを出す。
「それなら教会の人に教えてもらうのが良いわよ。あそこの人は魔法のプロだし。貴方が転移者だってこと知ってるんでしょ。それなら懇切丁寧に教えてくれるわよ」
「そうか、それじゃあ頑張ってみるよ。.....っとあんま話してる暇はなかったな。料理始めちゃいますか」
そう言って誠二は勢いよく立ち上がる。川面が砕けた光を散らし、白い湯気が焚き火へ伸びる風とぶつかった。
そして茂みにある草を眺め始める。どれも似たような見た目の物ばかりだ。誠二にとっては見覚えがあるような草花から、まったくもって見知らぬものまである。
「ヴェン、さっきからいろいろ聞いちゃっててわりいんだけどさ。山菜とかの知識ってある?」
「.....流石にないわね。もしかして食べる気?」
ヴェンも立ち上がると、誠二の横まで歩いてくる。足元で小石がこすれ、葉の露が裾に玉を作った。
誠二は彼女が来ると、しゃがんで目の前の草へと手を伸ばした。そしてぶちっと根本から引き抜く。土がほどけ、白い根が顔を出す。
その山菜は根元が肥大しており、色は白色。まさしくスズナのような姿をしていた。
「やめておきなさいよ。山菜は危険よ」
「.....これ、見たことあるっつうか。まんま春の七草のすずななんだよな。」
「なにそれ?日本にもあるの?」
「.....正直、分からない。でも、おそらくはそうってところだな。」
この世界は日本、地球ではない。しかし全てのものが地球にはないもので形成されているわけではないのだ――誠二はそう確信している。空気は酸素を含み、火は同じように燃え、水は渇きを癒す。ならば、似た草が生えていても不思議はない。
「一応毒が無いかは試してみるけどよ」
そう言って彼は、その根元を少しかじり、舌の上で転がしてみる。繊維の歯触り、微かな辛味。ヴェンデッタは心配そうな顔で、誠二の横でしゃがみ、彼の顔色を除いていた。手には、謎の液体が入った小瓶を持っている。
「.....うん。多分、毒は無い」
少しの間転がしていたが、舌のしびれなどの反応は無かった。
「よし、ヴェン。これと同じ草を集めてもらえないか? その間に俺はあっちの準備しておく」
「いいけど.....お腹壊してもしらないからね」
「あとさ、さっき川の水が危険って言ってたけど、沸騰させても駄目なのか?」
「それは大丈夫よ。スライムは火に弱いから」
「了解。それじゃあ任せた」
そう告げると、誠二は焚火に戻って作業を始める。先ほどヴェンデッタからもらった鍋に川の水を汲んで来る。取っ手が手に馴染み、金属の冷たさが心地よい。
「よし、始めるか」
まずは鍋を火にかけて沸騰させる。中にスライムの幼体が混じっているだとか聞いたから、気持ち余分に沸騰させる。底から細かな泡が生まれ、縁へと走って弾け、白い湯気が草の匂いを連れて立ちのぼる。そして沸騰したところに、干し肉を裂いて入れる。
驚くことに案外簡単に肉がほどける。鶏肉だからだろうか。繊維に沿って綺麗にほどけていく。ゆっくりコトコト煮込んで、肉から味と出汁をだす。残念ながら塩コショウなないみたいだから、なんとかこの肉から塩味を絞り出さなくちゃいけない。勿論灰汁を取るのも忘れずに。湯の表には薄い泡と脂の輪が現れ、木片のへらでそっとすくえば澄みが戻る。
(でも、おたままで持ってるとは、案外料理するのか.....いや、しなさそうだな)
「取って来たわよ。これでいいんでしょ?」
「お!ナイスタイミング」
丁度良いタイミングでヴェンデッタが帰って来た。両手いっぱいとまではいかないが、10本程度は持ってきてくれたようだ。確認してみた感じ、3個は別の物っぽい。試しに切れはしを肌にこすりつけてみたらかぶれた。だからそれは除外。その他は口の中で転がしても問題なし。
ヴェンが鞄の中にしまっていた果物ナイフで適当に皮をむき、斬って鍋の中に放り込む。刃が茎を割るたび、青い香りがぱっと弾ける。
そしてまたじっくりと煮込み、灰汁をとる。白い泡が減り、金色の透明感が増していく。最後に、火から鍋を遠ざけ、地面におく。草の上に置いた鍋の底が、じり、と短く鳴いた。
そしてその中にチーズを砕いて入れる。余熱でチーズを溶かすと、澄んだ色合いになる。掲示板で学んだ豆知識だ。縁から淡くとろけ、膜のように広がって消える。
そしてそれを、これまたヴェンデッタの鞄の奥底で眠っていた器に注げば.....
「干し肉とそこらへんの草の澄ましスープ!!完成!!」
湯気が白く立ち、澄んだ金色の中で白い茎と渦を巻いた若芽が揺れる。表面に散らした青い葉が、小さな星のようにきらめいた。
目の前のヴェンデッタの顔が、あからさまに明るくなった。目をかっと開き、出来上がったスープのボウルを両手で大事そうに抱え、凝視している。唾を飲み込むゴクリという音が誠二にまで届く。
「ごめんなさい。遅れまし.....うわあ!いい香り!!」
丁度良いタイミングで、御者が歩いてきた。土を踏む足音が軽く、風に乗って香りが届いたのだろう、表情がふわりとほどける。
「やっぱあったかい物って欲しいじゃないですか。」
「セイジ.....私あなたのこと見くびってたわ」
「うん、余裕で分かるよそれは」
ヴェンデッタの眼から星がきらきらと出てきているのが分かった。教会のレーネを思い出す顔だ。御者も岩に腰を下ろし、器を受け取る。焚き火が器の縁を朱に染め、川音がさらさらと背景を満たす。
「.....食べて.....いいの?」
物欲しそうな顔で、彼女は誠二の顔を見上げる。顔は下を、手元のスープを見下ろしたままだ。目線だけで彼に訴えかけてくる。
「いや、食材はヴェンの物だし。一口目はヴェンじゃないとって思ってさ。食べちゃってよ」
「それじゃあ.....いただくわ」
彼女は、視線をスープへと落とすと、器を口元に運び、ごくりとスープを流し込む。
口の中に、肉から出た出汁のうまみ、ほんのりとした塩味、濃厚なチーズのとろみが広がる。そして鼻孔からは干し肉の若干のスモーキーな香りが抜ける。火に当てた青い葉のほろ苦さが、後味をきゅっと締めた。
「おい.....しい.....めちゃくちゃおいしい」
彼女の口から、ぽろり、ぽろりと言葉がこぼれだす。よほどおいしかったのだろう、目にはほんのりと涙が浮かんでいる。焚き火の光がその縁で揺れた。
「あの、誠二さん。僕もいただいていいですかね?」
「ええ、どうぞ。」
御者はスプーンでスープを掬うと、口元へとゆっくりと運び、ずずっと飲み込んだ。表情がぱあっと明るくなり、自然と彼の口角が上がっていくのが、見て取れる。
「おいしい!おいしいです!これ!」
「へへっ.....それならよかった。俺もいただこっかな。いただきます」
誠二は小さくそう呟いた。そして器を持ち上げ、口元へ、ずずっとすする。味は薄い、ほんのりとした素朴な味わいだ。正直に言うと、日本人の誠二にとっては薄すぎる味であり、到底おいしい味ではなかった。しかし、湯気に混じる草の青さと、干し肉の温かな塩気、焚き火の熱と、隣で同じものをすする音――それらが一緒くたになって胸の奥を温め、何故だか、彼の顔には笑顔が浮かんでいた。
川は澄み、青い麦は風に揺れ、火は小さくはぜる。三人の食事は、静かに、でも和やかに進んだのだった。
ごめんなさい筆が乗りすぎました。




