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赤頭巾のヴェンデッタ〜異世界転移した先で殺された俺、魔王に転生して極悪勇者にざまあする〜  作者: まぴ56


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第12話:オカマとドワーフ

扉の向こうは、酒と鉄と人いきれ――まさに「冒険者のいる場所」。

臆病なセージと、赤頭巾のヴェン。二人の距離が、ギルドの喧噪の中でほんの少しだけ縮まります。

 古びた木の扉を押し開けると、むっと鼻を打つのは麦酒と油と革の匂いだった。

 昼だというのに明かりは乏しく、梁の煤に陽の筋がかすかに揺れている。薄暗さとは裏腹に、内部は活気に満ちていた。木製のジョッキを掲げて肩を組む者、簡易な樽卓を囲み羊皮紙に顔を寄せる三人組――腰に剣を帯びた若い剣士、黒いローブに身を包み身長ほどの杖を携えた魔法使い、全身を鉄で固め背中を覆い隠す大盾を負った巨躯の戦士。

 剣士、魔術師、戦士――絵に描いたような冒険者パーティだ。恰好がいい。胸が少しだけ熱くなる。


「すごいな……まさしく“異世界”って感じだ」


「あら、温室育ちのお坊ちゃんには刺激が強かったかしら?」


 前を歩く赤頭巾――ヴェンデッタが振り返る。茶化す口ぶりに、けれど頬はほんのり赤い。


「ヴェンさんもそういうこと言うんだな」


「冒険者ギルドの通過儀礼なの! 空気、読みなさい!」


 純粋すぎる返しに、彼女はさらに赤くなる。頭巾を深くかぶり直すと、足早に奥へ。


「いや、ごめんって! なんかさ、ヴェンって冗談言わないタイプかと思って……」


「その話はもういいから!」


 彼女が顎で示した先――広間の最奥に、磨き込まれた長いカウンターがある。

 そこだけ別の空気が流れていた。黒髪をすっと下ろし、銀縁の眼鏡をかけた女性職員が正面に座っている。紺のジャケットに白のシャツ。周囲の荒くれ者たちの中で、そこだけが凛と清潔だ。


「あれがギルドカウンター。あのお姉さんに声をかければ、たいていの手続きは済むわ。依頼クエストの受注、報告、他国へ渡る時の書類――冒険者として生きるなら、毎日のように世話になる」


「分かった。……って、変なちょっかいは出さないでね、って顔だな」


「あなたの性格なら大丈夫だと思うけど……念のため」


 受付の女性と目が合う。彼女はにこりと微笑み、小さく手を振った。――そりゃ勘違いする奴も出る。


「ところで、あの大きな板は?」


 誠二が指したのは、壁に据え付けられた巨大な掲示板だ。横四メートル、縦二メートルほどの木板に、びっしり羊皮紙が留め釘で打ち付けられている。


「依頼掲示板。紙を外してカウンターへ持っていけば受注できる。完了したら“戦利品”と一緒に提出。報酬が出る。――で、その紙を破ると弁償になるから気をつけなさい。釘を外して丁寧に」


「弁償……やっぱりここじゃ紙は貴重なんだな」


「もちろん。だから見栄張ってビリッとやらないの。……昔、パーティの誰かがね」


 言い捨てて、とことこカウンターへ。誠二はひよこのように後ろへ張り付く。好奇の視線がちらちら刺さるのも無理はない――青い外套を目深にかぶり、小娘の後をべったり、なのだから。だがこの空間の空気はまだ彼にとって異物で、心は細く凍えていた。


 受付前に立つと、銀縁の女性が明るく声をかけてくる。


「クラフト王国冒険者ギルドへようこそ、冒険者様!」


 ヴェンに背を押され、一歩前へ。

 ……人と対面するのに、さほどの緊張はない。鼓動も落ち着いている。誠二は息を整え、口を開いた。


「はじめまして――俺はたな、うぐっ」


 脇腹に衝撃。肺から空気が抜ける。横目で見下ろすと、ヴェンのじと目が刺さる。


(そうだ。転移者であることは隠せって――!)


 誠二は言葉を整え、咳払いをひとつ。


「俺は“セイジ”です。冒険者になりたくて、今日伺いました」


 ちら、とヴェンへ視線を送る。彼女は無表情のまま目を閉じ、外套の陰で小さく親指を立てた。正解だ。


「冒険者登録ですね。承知しました。これからいくつかお伺いしますので、正直にお答えください」


 女性は手元の用紙を取り、羽ペンを取る。


「お名前と年齢をお願いします」


「名前は……セイジです」


 苗字はいいのか、と喉の奥がひやりとする。職員は気に留める様子もなく、柔らかく続けた。


「ご年齢は?」


「あ、えっと……今日で二十になりました」


「それはおめでとうございます。では登録カードを作成しますので、空いているお席で少々お待ちください」


 ――拍子抜けするほど、あっさりだ。


「手続きはこれで完了。カードが出るまで少し待つから、何か飲んで待ちましょ」


 ヴェンは別のカウンターへ向かう。

 八脚の高椅子が横一列に並ぶ“酒場側”。座っている者は少ない。中年の冒険者が一人、卓に突っ伏していびきをかいているだけだ。


「マスター、エールを二つ」


 慣れた手つきで注文し、ぴょん、と高い座面に跳び乗る。たぷんと揺れた脚をぶらぶらさせる様子は、少し危なっかしい。


(まずい……常識が日本と違いすぎる)


 誠二も隣へ腰をおろす。


「えっと……聞きたいこと、山ほどあるんだけど」


「顔に書いてあるわ」


 差し出された木のジョッキを受け取る。麦と酵母の匂いが立つ。


「これ、酒だよね。俺はギリ大丈夫だけど……君は」


「クラフトは十八から飲んでいいの」


 横で、ヴェンは一息に半分ほど空けた。一瞬で、彼女の頬がほんのりと赤くなる。幼く見える年頃だが、そこで詮索するのは無粋だと首を振る。


「それにしてもさ……登録、けっこう雑なんだな」


「冒険者って、格好いい名前のわりに、要は非正規の日雇いよ。だから詮索もしない。その代わり――カードの価値は高いの」


 ジョッキを置き、彼女は胸元から一枚の板を取り出した。銅色に光る金属製のカード。幾何学の刻印。中央に彫られたのは猪の紋――ギルド章だ。


「おお、そういうの、もらえるんだ! かっこいい!」


「……子どもっぽいって言われない?」


「言われる」


「これは見栄えだけじゃにゃいの。国境を越えるとき優遇されたり、ギルド運営の施設を割安で使えたり。カード目当てで冒険者になる人も多いわ」


「でもさ、誰でも簡単にもらえるなら、カードの信用、落ちない? 犯罪に使われたり」


「そこでリャ……リャンク……りゃゆくの出番」


 ――と、ヴェンの舌が少し回らなくなってきた。頬がさっきより赤い。あの量のアルコールを一息に飲めば、こうなるのは必然だ。

 代わりに、カウンター内のマスターが口を開く。


「カードは、等級に応じて素材が上がります」


「へえ、いかにも冒険者っぽい」


「導入後は達成意欲が上がって、全体の腕前も底上げされましたよ」


「それで、そのランクって?」


 身を乗り出した瞬間、横にドスンと誰かが腰を下ろした。

 装備は派手――革のノースリーブには棘付きの肩当て、頭はほぼ剃り上げ、ショッキングピンクのモヒカン。濃い化粧。口元は艶やかに笑う。そんな、ゴリゴリマッチョなオカマだった。


「そこから先は、あたしが話すわ!」


「だ、誰ですか!」


 マスターは「また始まった」という顔で、無言のまま一杯を置く。


「あたしは“初心者狩り”のゴッデス!」


「初心者狩り!?」


 誠二は本能的にのけぞり、椅子から落ちかけた――が、後頭部が空中でぴたりと止まる。

 太い腕が支えていた。


「あんた、その誤解を生む自称やめなさいよ!」


 低い怒声。振り向けば、小柄な童顔の女性が立っていた。

 赤銅色の髪を太い三つ編みに束ね、琥珀の瞳がきりりと据わっている。肩幅は広く、露出した前腕は縄のように太い筋が走る――まるで若い樫の幹。腰には金槌の刻印が入った工具袋。鼻梁は低めで頑丈、頬にはすすの痕。

 典型的な鍛冶の氏族――赤髪のドワーフだ。


「悪かったね兄さん。こいつは口が悪いが悪気はない。……悪気は、ない」


 三つ編みのドワーフ女は誠二の背を軽々と押し上げ、元の姿勢に戻す。そのままカウンターを回って、ゴッデスの隣――誠二から一つ空けた席に腰を落とした。分厚い椅子が、みし、と控えめに軋む。


「こいつの言う“初心者狩り”ってのはさ、狩られる初心者を『狩られないように守る』って意味で――いや、半分は危ない」


「なによ! 右も左も分からない子を、路頭に迷わせないように手を貸してるだけじゃないの!」


「それで若い男を宿に連れ込んで――」


 ゴッデスはノールックでドワーフ女の顔を掌で塞いだ。ムフッと満面の笑みで誠二を見る。背筋に冷水が落ちる。


「離せコラ! きったない手で触るな!」


「落ち着きなさいよ、ラン。はしたないわよ」


 ゴッデスが手を離す。ドワーフ女は肩で息をし、誠二に向き直った。


「ったく……あたしはラン。見ての通り、ただのドワーフの鍛冶屋さ。で、兄さん――ランクに興味があるんだって?」


「はい! すごく!」


 隣の“オネェ口調のモヒカン”に喋らせると、展開がとんでもない方向へ行く――さっき学習したばかりだ。


「ランクは九つ。下から――ストーン、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン。上の三つは伝説の領域だ。覚えなくても困らん」


「カードもそれに合わせて素材が上がりますの。特権も増えるわ」


 ゴッデスが割って入る。ウィンク。ぞわり。


「たとえば国境を越えるとき、使えるのは“アイアン”から。最下位のストーンには権限はほとんどない。けど、ランクを上げるには、相応の依頼をこなす必要がある。――つまり、カード自体は取りやすいけど、“使えるようにする”のは難しい。だからカードの信用は落ちないの」


「最初は何の役にも立たない。実績で上げていく。……でも、入口の敷居を低くすることで母数が増え、結果として優秀な人材が多く集まる――ってことですか?」


 二人は目を見合わせ、感心したように口を揃えた。


「あんた、飲み込みが早い」


「ホント驚いた。言い方は悪いけど、応募を増やして“釣る”確率を上げたのよ。向いてない人は登録無料だから、簡単に抜けられるし。よく考えたものだわ」


「だからこそ……外じゃあ、安心して酔っ払ってられないのよね」


 背後から声。振り返ると、卓に突っ伏していたヴェンがいつの間にか起き上がっていた。まだ頬は赤いが、声は澄んでいる。


「ああいうのはダメよ……貴重品を手に持って寝落ちるなんて、盗ってくださいって言ってるようなものだから」


 ゴッデスは胸の前で太い指を交差させ、バツ印を作って見せた。

 ヴェンは手に持ったカードを投げ、カウンター上を滑らせてゴッデスの前へ。そこにあったのは、何も刻まれていない銅色の板だ。


「フェイクよ。でも、うかつだった。ちょっと気が緩んだわ」


 誠二はカードを手に取り、指で弾く。軽い。金属なのに、妙に軽い。裏には幾何学模様があるが、表には何も刻まれていない。


「嬢ちゃん、見ない顔だね。赤頭巾の子は、どこから――」


 ランが話を振りかけたその時、受付カウンターから朗々とした声が響いた。


「セイジ様! 冒険者カードの発行が完了しました。受付までお越しください!」


 ヴェンは椅子からぴょい、と軽やかに降りる。


「ごめんなさい、呼ばれたから行く。セイジ、早く」


 彼女はぱたぱたと先に駆けていく。誠二も慌てて後を追おうとして――背中に、野太い声が落ちた。


「セイジちゃん」


 ゴッデスだ。

 ゆっくりとジョッキを掲げ、コバルトの瞳を細める。


「冒険者ギルドへ、ようこそ。お坊ちゃん」


 その一言が、酒と鉄の匂いの中で、妙に胸に浸みた。胸の奥で何かがカチリと噛み合う。

 青外套の陰で、誠二は小さく拳を握った。

セージは“青外套”を整え、ついに冒険者として最初の一歩を踏み出しました。

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