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赤頭巾のヴェンデッタ〜異世界転移した先で殺された俺、魔王に転生して極悪勇者にざまあする〜  作者: まぴ56


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第11話:赤頭巾と青外套

ここから物語は「出会い」から「同行」へ。

ビビり倒していた田中誠二が、ついに赤頭巾――ヴェンと真正面から言葉を交わします。

勇者の影、転移者への偏見、そして十日の猶予。笑いと緊張が同居するギルド前のやり取りを、どうぞお楽しみください。

 そこに立っていたのは、冒険者と呼ぶにはあまりにも頼りない青年だった。

 肌は日に焼けた気配がなく、不気味なほど白い。装備で見栄えこそ誤魔化しているが、服の上からでも分かるほど全体の線は細い。――それでも、さらりと落ちる黒髪と、凛と澄んだ黒い瞳。その取り合わせは、このアルカディアで「勇者」と聞いて誰もが思い浮かべる典型の風貌でもあった。


 青年は冒険者ギルドの開け放たれた扉の前に立ち尽くす。

 中では逞しい連中が酒をあおり、笑い声と木卓を叩く音が渦を巻いている。ひとりと目が合った瞬間、青年は踵を返し、そそくさと来た道を戻った。数分後には、またとことこ引き返してきて扉の前に立ち、逡巡する。誰かと視線が交わる――逃げる。戻ってくる――青ざめる。

 どう見ても、挙動不審者だった。


(入るんだ……この扉をくぐって、俺は――冒険者に。

 ……いや、怖すぎるだろ!! どうなってんだよ、異世界!!)


 田中誠二は、ひどく怯えていた。一年間の引きこもり生活で、彼はほとんど誰とも接していない。修道院の人々は誰もが柔らかな笑みを向け、誠二にも親切だった。だが扉の向こうにいるのは、まるで別の種族だ。冒険者と呼ばれるだけのことはある。男は皆、身長一八〇を優に超え、着込んだ服の上からでも分かる厚い筋肉。女の冒険者も少なくないが、どの顔も彫りが深く、目つきは鋭い。

 この世界の平均身長や体格が高いのだろう。室内の連中と比べれば、今の誠二は小学生ほどにさえ見える――それほどの差があった。


(いや、外に出ただけでも俺、頑張った。今日はもう修道院に戻って手伝いして――明日でも、いいんじゃないか?)


 胸の内で言い訳をひねっては、頭をかいて思考を散らす。そんな挙動不審をいつまでも続けていれば、人を呼ばれるのも道理だった。

 カツン、カツン――軽い足音が近づく。


 赤い頭巾を被った少女が、ギルドの奥から現れた。

 開け放たれた扉越しに、まだ距離のある二人の視線がかち合う。冷や汗と脂汗で顔を蒼白にした誠二。対する赤頭巾は、別の意味で汗ばんだ額に、呆れ半分のじと目を向けている。少女は立ち止まったまま、左手でギルドの奥を示した。


「えっと……お手洗いなら、あっち」


「違う! 冒険者になりに来たんです!!」


 その言葉に、少女は目を丸くした。顔面蒼白のもやし男が、突然「冒険者になる」と言い出したのだ。


「み、見てください。この剣、このマント。まさしく――冒険者、でしょう……」


 威勢よく言い出した割に、後半へ行くほど声はしぼみ、顎も引けて、まるで蛇に睨まれた蛙の様相だ。


「あなたが……冒険者?」


 ギルドの中から、どっと笑いが上がる。嘲りというより、酒の肴を見つけたような反応だ。

「おう、いい度胸だ!」「入ってこい! 宴だ宴!」

 ひやかしが飛ぶ中、赤頭巾だけは笑わず、心配そうに誠二を見ていた。


「えっと……冒険者ってどういう仕事か分かってる? というか、ここが冒険者ギルドってのは理解してるわよね。勘違いじゃなくて?」


「冒険者になりに来たって言ったでしょ! 俺は……本気……だぜ。です」


 驚き、羞恥、強がり。諸々が混線して語尾が迷子になる。目はぐるぐる泳ぎ、赤頭巾にも戸惑いが手に取るように分かった。


 それでも誠二は、目の前の少女を観察する――それは彼の癖だ。

 特徴的な赤い頭巾、紅の外套。そこからこぼれるブロンドの髪。切子細工のように光を裂く緑の瞳。

 直感する。――あの時、自分を救ってくれた少女だ。


「あの……あなた、もしかして」


 誠二の知った口ぶりに、少女のまつげがわずかに震えた。


「昨日、俺を助けてくれた方……ですよね?」


 数秒の思考ののち、少女ははっとして、誠二を足先から頭まで舐めるように見上げる。


「あなた……昨日の人。怪我は、もう大丈夫なの?」


「おかげさまで、元気です」


 誠二はぎこちない得意顔で肩をぐるぐる回して見せた。昨日まで折れていそうだった腕も脚も、血塗れだった顔も、いまは嘘のように戻っている。


「気づかなかったわ。昨日のあなた、顔が血だらけで形が分からなかったから」


 理解してもらえたと知ると、誠二は両足を揃え、背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。角度はほとんど直角――美しい礼だった。


「昨日は本当にありがとうございました! さっきは……焦ってて、失礼な態度をしてすみません!」


 突然の礼に、赤頭巾は思わず一歩引いた。慌てて両手をぱたぱたさせ、なだめる。


「べ、別にいいから。頭、上げて」


 ゆっくり顔を上げた誠二は、今度は真っ直ぐに彼女の瞳を見た。


「頭下げるのは、やめます。……恥ずかしいんで」


「羞恥心はあったのね」


「ただ、何でもいいんで、恩返しをさせてください」


「恩……? いいわよ。あなたのために助けたわけじゃないし。見捨てたら、ご飯がおいしくなくなるから、助けただけ」


 しれっと言う割に、声は少しやわらかい。

 誠二はそれでも引かない。


「お願いします。軽いことでも、なんでも」


 彼の胸中は複雑だった。目の前の少女が困っていることは分かる。だが何より、日本に残してきた両親に「ありがとう」を言えずにここへ飛ばされてしまった彼には、受けた恩を返さないことが、ほとんど恐怖に近かった。


「……そう言われてもね」


 少女は誠二の体つき、顔つき、挙動までゆっくり確認し、何かを決めたように、つかつか近づくとその腕をがしと掴んだ。


「ちょっと来て」


 引かれるまま、近くの路地へ。人目がないのを確かめると、少女は誠二の腕を放して向き直る。表情は先ほどより硬い。


「えっと……俺、これからボコられます?」


「返答次第では、ね」


 声と同時に、瞳の色が切り替わった。外套の中でもぞりと腕が動き、短剣の柄がちらりとのぞく。警戒している――と同時に牽制でもある。


「あなた、転移者よね」


 高く澄んだ声だが、底に冷えた殺気を忍ばせている。

 しかし誠二にとって、彼女は命の恩人だ。全身に力を入れて恐怖を押し込み、失礼のない言葉を選ぶ。


「多分……そう。まだ来たばかりで、この世界の用語も分かってないけど。“日本から来た奴”って意味なら、その転移者で合ってる」


「いいわ、次。――いつ、このアルカディアに来たの?」


 誠二はこくりとうなずき、簡潔に答えた。


「つい先日。あなたに助けられた、あれの数分前に目が覚めた」


「路地裏で?」


「うん。起きたらチンピラがいて――」


「ぼこぼこにされていた、と」


 頷き。少女の視線がさらに鋭くなる。


「三つ目。『アイギスの勇者』、もしくは『イチノセ・レン』に覚えは?」


 一ノ瀬蓮。日本では珍しくない名だ。

 頭の中で人名を並べてみるが――


「覚えがない。一ノ瀬って苗字は日本でも少ない方だし、会った記憶もない」


「そう」


 鋭さがほどけ、外套の下の手から力が抜けた。短剣は影に退く。


「最後。――あなたの“ギフト”は?」


(ギフト……神から与えられる力。いわゆるチート能力、か)


 問題はそこだった。

 彼は女神に会っていない。ギフトも受け取っていない。常識外れの召喚。ここで正直に言えば、信じてもらえるはずがない。むしろ、より怪しまれるだろう。

 だから、誠二は異世界に来て初めて、嘘をついた。凛と顔を作り、呼吸を整えて。


「言えないんだ……それに関しては」


 警戒が、瞬間に戻る。


「どういうこと?」


(考えろ。真実を混ぜろ。完全な嘘は割れる)


「――分からないんだ。この力の“意味”が。何ができるのかも、まだ」


 “分からない”のは本当だ。

 “力があるかもしれない”も、本当だ。

 嘘は、もっと根の部分――“そもそも力があるのか”。そこだけを曖昧にした。


 少女はしばし唸り、やがて短剣から手を離した。


「……分かったわ」


 彼女は、信じた。――というより、信じる必要があった。魔王軍が迫る今、黒髪黒目という“印”は、古来この世界で強さの証。異世界からの来訪者――日本人の特徴だ。彼らは例外なく、常識外れのギフトを持つ。目の前の青年がその“最後の一片”である可能性に、賭けない理由はなかった。


「信用してくれたようで良かったよ。……って、俺、そんなに不審者みたいに見える?」


「一応、転移者だってことは隠しなさい」


「どうして?」


「今、この国では転移者への当たりが強い。昨日あなたが襲われたのも、その顔立ちのせいでしょう」


「ええ!? なんで」


「理由は色々。詳しくはあとで」


 少女はとことこ二歩寄り、つま先立ちになると、誠二の顔に手を伸ばした。透きとおる緑の瞳が間近に迫り、誠二の心臓が跳ねる。次の瞬間、視界が青一色で埋まった。既視感――青い外套だ。


「んぎゃ! な、なにするんだ!」


「顔と髪を隠すの。――また絡まれたいの?」


「……それも、そうだ」


 器用に外套の端を引き上げ、フードのように被せる。目元だけを残して覆う手際は見事で、一瞬でそれらしい装いに整えられた。


「冒険者がマントをつける理由は、雨風や砂から顔を守るためでもある。覚えておきなさい」


「ありがとう」


「それと、名前も極力隠しなさい。偽名でも冒険者登録はできるから」


「分かった。何から何まで、本当に」


「――それから。あなたが冒険者になるなら、これから十日間、私が指導員になる。いいわね?」


「ああ、構わ……え、どういうこと?」


 勢いで押し切れなかったのが悔しいのか、少女は少しだけ睨みを利かせる。

 湿地帯の“魔王軍の拠点”――ギルドが抱える現状を伝えるべきか。今ここで話して逃げられては困る。起死回生の戦力を、失える。


「規則よ。新米は、経験者の研修を受ける。期間は十日」


「そうなんだ。思ったより手厚いんだ――です」


 口調の崩れに気づいて、即座に敬語へ戻す。

 少女はふっと口角を上げた。


「敬語はいい。私はヴェンデッタ。――ヴェンでいいわ。よろしく」


 話を早くまとめるべく、右手の皮手袋を外して差し出す。白く小さな手は、冒険者のものとは思えないほどしなやかだ。誠二も慌てて手袋を外し、その手を握り返した。

 細い骨張りと小さな掌――けれど握りは意外に、強い。


「俺は田中誠二。よろしく、ヴェン……デュェ」


「言いにくいでしょ。ヴェンで」


「ありがとう。よろしく、ヴェン」


 ヴェンは手を放すと、その掌でパン、と軽くハイタッチをした。くるりと踵を返し、ギルドの方へ歩き出す。


「ついてきて。――まずは冒険者登録から」


 誠二は歩幅の差に置いていかれないよう気をつけながら、追い抜かない程度に並んで歩いた。

 青く縁取られた視界の端で、扉の向こうの喧噪が、少しだけ違って聞こえた。

 ――怖い。けれど、進め。

 青外套の下で、彼は小さく息を吸った。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

ついに赤頭巾ヴェンと誠二が“正式に”出会いました。

ここまではタイトル詐欺気味の展開でしたが、ここからが本当の『赤頭巾のヴェンデッタ』です。

二人の関係がどのように変化し、世界の歯車がどう噛み合っていくのか――ぜひ見届けてください。


もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマーク・評価・感想などで応援してもらえると、とても励みになります。

これから物語は一気に動き出します。どうか、その瞬間を一緒に見届けてください。

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