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赤頭巾のヴェンデッタ〜異世界転移した先で殺された俺、魔王に転生して極悪勇者にざまあする〜  作者: まぴ56


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第10話:物語の始まり

長らくお待たせしました。

いよいよ物語の主軸が動きはじめます。

ここまで「タイトル詐欺じゃないか……?」と首をひねらせてしまった皆さま、安心してください。今日から、看板に偽りなし――本編、加速します。

 修道院から麓へと延びる石段を、ひとりの青年が駆け下りていた。

 呼吸は荒い。ふくらはぎは悲鳴を上げている。それでも、胸の奥は羽のように軽い。踏み外して朝露の芝に尻もちをついても、彼は笑った。――この世界の空気そのものが、冒険へ背中を押してくる。長いあいだ胸に沈んでいた重石が、どこかへ落ちていくようだった。


 * * *


 同じ頃、冒険者ギルドの来賓応接室。

 広さはないが、異様なほど整えられた空間だ。白壁は日の光を柔らかく映し、深紅のカーペットが足音を吸い込んでいる。ギルドで唯一のガラス窓から射し込む陽が、磨き上げられた長机の表面で揺れ、二客の茶器に白い反射を落とした。向かい合う革張りのソファには、二人が腰掛けている。


 ひとりは、白髪を後ろへ撫でつけた大男。二メートル近い体躯に雪のような髭、獣めいた金の双眸。

 もうひとりは、深紅の外套とフードを脱がない少女。足元に置かれた鞄は成人でも持て余す重さに見えるが、彼女は気にも留めていない。皿のクッキーにも、湯気の立つ紅茶にも手を出さないまま、視線だけを静かに相手へ向けていた。


「……私の名はガンガス・テスタロッサ。この冒険者ギルドのマスターだ。此度は貴殿の助力に――」


「まだ助けるとは言ってないわ。今日は話を聞きに来ただけ」


 ぴしゃりと遮られ、ガンガスは渋面で頭をかく。気まずさをごまかすように皿を少女の方へ寄せ、自分も一枚つまんで口へ放り込んだ。


「……茶でも。ここの焼き菓子は評判でな」


「食べ物で釣っても無駄。どうせ“食ったからには逃がさん”って言うんでしょ」


 図星を刺され、ガンガスは骨ばった手で顔を覆う。だがすぐ羊皮紙と羽ペンを取り出し、きりりと表情を作った。


「いやはや、実に気品のある嬢さんだ。実はワシ、君のファンでな。サインを――」


「帰る」


「ま、待て! 後生じゃ!!」


 捨て犬のような目で手を伸ばす大男。赤頭巾の少女は無言で立ち上がり、帰り支度の仕草だけして、まるで生ごみを見るような視線をひとつ落としてから、ふわりとソファへ戻った。もふ、と小さな音。


「話は聞く。次に妙な真似をしたら帰るわ」


「わ、わかった……まったく最近の若いもんは礼儀が――」


「じゃ、帰る」


「そこをなんとかっ!」


 数秒の沈黙。やがてガンガスは地鳴りのような溜息を落とし、声色を切り替えた。


「近くの湿地に“魔王軍”の影がある。先遣を出した。規模は小さかったが、奴らは拠点化を始めておる」


「なら叩けばいいじゃない」


「最後まで聞け。兆候を掴んだのは一週間前。だが数日のうちに勢力は膨張し、今は百体近い魔族と魔物が周辺を占拠している。――この国への侵攻は時間の問題だ」


 少女は黙ってクッキーをひとつ摘み、粉の立つ生地を指先でひらつかせた。


「討伐に向かえない理由が、あなた達の側にあるのね」


「察しがいい。兵も冒険者も、装備不足で戦力が落ちている」


 少女はクッキーを皿へ戻す。


「武器も糧も足りない? 国の問題よ。自業自得じゃない」


 その一言で、大男の眉がぴくりと動いた。室内の空気が一瞬だけ重くなる。すぐに、沈滞は引いた。


「……“アイギスの勇者”のせいだ」


 少女の瞳がわずかに細くなる。


「詳しく」


 彼女はクッキーを二枚、頬いっぱいに押し込み、ほんの少しだけ表情を和らげた。ガンガスは低く続ける。


「半月ほど前、あやつが現れた。勇者の皮を被った強盗だ。『アイテムボックス』とかいう収納魔法で、国の物資を根こそぎ持ち去った。売った連中も愚かだが……」

 ガンガスの拳が机の上で震える。紅茶の表面が波打った。

「それだけじゃない。王女殿下を――辱めた」


 熱のこもった息が室内の温度を上げる。少女の顔から笑みが消えた。


「ワシらは冒険者。理不尽は拳で正す生き物だ。勇者が国を出た翌日、討伐を“決行”した。信頼できる兵と冒険者を集め、秘密裏にな」


「――負けたのね」


 短い言葉が、刃のように沈む。

 ガンガスは顔を覆い、かすれ声で吐き出した。


「多くの命を散らせた……誇り高い者らを。以来、転移者への風当たりも強まった。強豪パーティは次々と他国へ移った」


 骨の軋む音が、静けさのなかでやけに響いた。

 そのとき、少女の鼻に鉄の匂いが刺さる。視線を落とすと、カーペットに濃い赤がにじみ、ゆっくりと広がっていた。


「……ガンガスさん、それ」


「おっと、すまん。力みすぎたようだ」


 彼が脚をソファへ引き上げる。右膝から先は、なかった。赤黒い包帯が幾重にも巻かれている。

 胸ポケットの小瓶を取り出し、液体を包帯へ垂らす。しゅう、と音を立てて血が止む。反対の脚にも同じ処置を施し、彼は淡く笑った。


「脚は、あの“勇者”に持っていかれた。……斬った刃の冷たさは、まだ夢に出る」


 少女は言葉を飲み込んだ。喉に熱い塊が降りていく。

 ガンガスは両足を床に下ろし、両掌を机につき、ゆっくりと――深々と頭を下げた。


「頼む。都合のいい話なのは百も承知だ。それでも、この国を助けてほしい。アイギスにも、他国のギルドにも報せは入れてある。だが奴らは“勇者”の本性を知らん」


「知る者は――皆、死んだから」


 赤頭巾の瞳に、光の消えた感情が一瞬、ぎった。


「上に立つ者が苦しみを引き受けねばならぬ。支える者たちに最初の犠牲を強いてはならん。魔王軍が動けば、真っ先に傷つくのは彼らだ。だから……どうか」


「どうか――“赤頭巾のヴェンデッタ”と呼ばれる名高き冒険者の力を、我らに貸してくれ。」


 それは、国そのものの重みを背負う者の姿だった。


「――はっきり言うわ。私ひとりでは無理」


「……っ」


 さらに頭が深く沈む。机が軋む。

 少女は視線をそらし、やわらいだ声音で続けた。


「“私ひとり”では無理。……このギルドで、戦う気がある者は何人?」


「十八人。等級は――ストーンが三、アイアンが八、ブロンズが五、シルバーが二」


「知性のない魔物ならアイアンでも押し切れる。けれど“魔族”が数体いるなら、最低でもブロンズ以上が欲しい。他に戦力は?」


 ガンガスは腕を組み、目を閉じ、ひとつひとつ候補を思い浮かべては落とす。王国兵は侵攻が確定するまで動けない――抑止の駒は温存されるべきだ。


「隣国の冒険者は?」


「呼べん。情報の伝達そのものが阻害されておる気配がある」


「アイギスの連中に回線を握られてる。理由は不明――でも筋は通るわね」


 ガンガスの口が言いかけて止まり、はっと顔を上げた。


「……“魔族”だ。この国に根づく魔族の氏族に助力を求める。彼らの身体能力と魔術適性は、人の前に即戦力だ」


「ちょっと待って。敵は“魔王軍”でしょう? 手を貸すと思う?」


「この国は他と違う。古くから“種の呼び名”で隔てない。エルフ、ドワーフ、ハーフリング、リカント、そしてバイリング――それぞれの氏族と(バイリング)が共に暮らしてきた歴史がある。少なくとも、この国で“魔族”は、人と同じ住民だ」


 大男の眼に、消えかけていた火がふたたび灯る。部屋の温度が一度、上がったような錯覚。


「……交渉はあなたの役目。私にはできない」


「もちろん、任せろ」


「いつまでに形にできる?」


「十日。十日で準備を整える。十日後の早朝、馬を出し、総員で湿地の拠点へ奇襲する」


 熱を帯びるガンガスと対照的に、少女は一定の温度で策を組み立てる。


「じゃあ、こうしましょう。今から“緊急依頼”としてギルド全員に状況を告知。ブロンズは先遣隊として圧をかける。嫌がらせ、攪乱、情報取り。――ただし無茶はさせない」


「残るアイアン以下とシルバーは?」


「正直、アイアン以下は現状では戦力にならない。だから十日間、シルバーが教官。徹底的に叩き直す。最低限、魔物の群れに押し潰されないところまで引き上げる」


「戦力のすり潰しを避けるためにも、それが最善だな」


「見込みがある子は、私が直々に育てる。十日で“使える”ようにする」


 少女は立ち上がり、ガンガスに右手を差し出した。

 大男はその小さな手を、ばしん、と掴む。骨と骨がぶつかる音が、奇妙に心地よく響いた。

 ここに、“赤頭巾の冒険者”と“クラフト国冒険者ギルド”は握手を交わした。


 その時――扉が、こん、こん、こん、と三度ノックされた。

 続いて、そっと開いた隙間から若い職員が顔をのぞかせる。


「どうした?」とガンガス。


「……ギルドの前に、不審者が。黒い髪に黒い目、薄い顔立ち――転移者らしき青年です」


 場に緊張が走った。

 赤頭巾の少女は外套の裾を払って姿勢を正す。


「私が行く。ガンガスは通達と編成、交渉の準備を。……それと、私の寝泊まり場所も確保しておいて。荷物もお願い」


「承知した。気をつけろ」


 少女は頷き、応接室を出た。

 廊下を抜けると、昼の光が一段と強くなる。

 階段を降りきった先、掲げられた看板には、磨かれた金文字が踊っていた。


 ――冒険者ギルドへようこそ。


 その看板の下、門の影に、青年がひとり立っている。漆黒の髪と瞳。旅支度も覚束ない、場違いなほど細い肩。

 赤頭巾の少女は、外套の内側に指を差し入れ、癖のある刃の感触を確かめながら、ゆっくりと歩みを進めた。

ついに、赤頭巾と田中誠二が邂逅しました。

ここまでの寄り道と溜めは、すべてこの瞬間のため。ここから先は、二人の選択が世界の歯車を本当に回し始めます。

次話からはテンポを一段上げて、謎と戦いと感情を濃くお届けします。どうぞ引き続きお付き合いください。

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