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第9話:竜王顕現

 

 ◆


 灼けつく大地を進むたびに、靴底がじりじりと焦げ付くような感覚が伝わってくる。


 赤黒い火山灰が風に舞い、視界を曇らせる。ここは〈火山領〉――竜族の牙が支配する地。辺りには岩肌がむき出しになった大地が延々と広がり、時折、地の底から噴き上がる炎が空気を震わせた。


「……重いな、この空気」


 リオネルが吐き捨てるように言う。

 濃密な瘴気と熱気が混ざり合い、肺を焼くように体へ入り込む。彼の黒衣が揺らめき、銀の髪が汗に濡れて張り付いていた。


 その横でセリーナ・フォン・アルトシュタインは、頬に付いた火山灰を手袋で軽く払う。


「まぁ……暑苦しいこと。こんな土地で好んで暮らすだなんて、竜族というのは随分と趣味が偏っておりますのね」


 涼やかな声音で告げるその姿は、地獄のような火山地帯にあっても優雅さを失わなかった。


 リオネルが苦笑し、ちらりと彼女を横目で見る。

 この灼熱の中でなお背筋を伸ばし、令嬢らしい余裕を纏う姿は、彼の目に不思議と頼もしく映る。

 だが同時に、心の奥底でふと問いかける。


「……本当に、怖くはないのか?」


 セリーナはくすりと笑みを浮かべた。


「恐れよりも、やるべきことが先にありますわ。弱き者が虐げられているなら、わたくしが動かねばなりませんもの」


 その言葉に、ルゥナやゴラスといった竜族・獣族の民の姿が脳裏をよぎる。


 だからこそ二人は歩みを止めなかった。


 ◆


 突如、空気を裂く羽音が轟いた。

 赤黒い空に点のような影が現れ、それがみるみる大きくなる。

 やがて翼を広げたワイバーンの群れが姿を現した。背には竜族の騎兵が跨り、鋭い槍と鎧で武装している。


「竜騎兵……ドラグノアの尖兵か」


 リオネルの声に緊張が混ざる。


 ワイバーンの咆哮とともに、炎の槍が大地へと降り注いだ。火柱が連続して立ち昇り、熱波が二人を襲う。

 だがセリーナは一歩も退かず、指先を鳴らした。


「エクスプロージオ!」


 閃光と轟音が同時に爆ぜ、視界を覆うほどの光が広がった。

 瞬間、前列の竜騎兵が光ごと爆散し、翼を失ったワイバーンが悲鳴をあげて墜ちていく。

 その凄絶な光景に、後列の竜騎兵が息を呑んだ。


 リオネルは剣を抜き放ち、赤黒い闇が刃を包み込む。


「黒閃刃――ッ!」


 振り抜かれた一撃は黒い稲妻と化し、正面から迫る竜族兵をまとめて両断した。地を駆け抜ける衝撃波が、岩盤をも裂く。


 背中合わせに立つ二人。

 セリーナの指が鳴るたび爆光が咲き、リオネルの剣が振るわれるたびに黒き閃光が走る。

 竜騎兵たちは次々と墜落し、炎と瓦礫に覆われた戦場には、もはや二人の影だけが残っていた。


「……ふぅ。これで序の口、かしら?」


 余裕ある微笑みを浮かべるセリーナだが、白い額にはかすかな汗がにじんでいた。

 リオネルはその横顔を覗き込み、胸の奥にざわめく感情を抑え込む。

 彼女は本当に、どこまで強いのだろう――。




 竜騎兵の残骸が火口の風に舞うなか、大地が揺れた。

 最初は地震のような振動。だが、それは次第に鼓動のような規則性を帯びていく。


 ――ズン……ズン……ズズン……。


 リオネルとセリーナが顔を上げたとき、火山の稜線に巨大な影が姿を現した。


 燃えるような溶岩を背景に、その影は天を覆うほどに広大で――漆黒の翼を広げ、黄金の瞳をぎらつかせた巨竜だった。


 竜王、ドラグノア。


 その存在感は、先ほどの竜騎兵とは比較にならない。

 ただ一声の咆哮で、周囲の岩壁が崩れ、火山の噴煙が震え上がる。


『……貴様らごときに、我が領土を荒らさせはせん』


 声は大地そのものを揺るがす重圧を帯び、肺を押し潰すように響いた。

 セリーナは一瞬だけ背筋を震わせる。

 ――これは、いままでの敵とは違う。


 その圧倒的な威圧感の前に、さすがの彼女も唇をかすかに噛んだ。


「……これが、四天王の圧力」


 リオネルは横で剣を握り直し、彼女に視線を送る。

 その目は「退くか」と問うようで――セリーナは震える胸を押さえ、毅然と顎を上げた。


「わたくしは……誰かの声を踏みにじる権力など、許せませんわ。たとえ、あなたが竜王であろうとも」


 だが、その宣言を嘲笑うように、ドラグノアの黄金の瞳がぎらりと光る。


 次の瞬間、灼熱の咆哮が大地を覆い尽くした。


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