第12話:炎と嵐と光と
火山の轟音を突き破るように、漆黒の影が空を覆った。
山頂を旋回するのは十数騎――竜騎兵。
先の尖兵とは比べものにならない、純血の竜種にまたがる精鋭たちである。
その鱗は魔力を宿し、上級魔族にも匹敵する戦闘力を誇っていた。
「……来たか」
リオネルが剣を構え、鋭く息を吐く。
セリーナもまた両手に魔力を集中させ、眩い輝きを灯した。
竜騎兵たちは一斉に降下し、火炎と雷鳴をまき散らす。
爆炎に火山の岩壁が崩れ、地を裂く衝撃波が走る。
だが、その奔流の中に一人、軽快に立ちはだかる男がいた。
「俺を置いてくなよ!」
カイゼルが咆哮とともに拳を振り上げる。
その拳は炎を纏い、迫る竜種の顎を打ち抜いた。
同時に嵐のような風が巻き起こり、火炎を散らし、セリーナとリオネルの進路を切り拓く。
「背中は任せな!」
「恩に着ますわ、カイゼル!」
セリーナが頷き、リオネルも剣を煌めかせて疾駆する。
◆
竜騎兵との戦闘は苛烈を極めた。
セリーナの魔法が竜の翼を吹き飛ばし、リオネルの剣閃が鎧を貫く。
カイゼルは嵐を操って仲間を守りつつ、炎を纏った近接戦で竜種の胸を抉る。
三人の連携は初めてとは思えぬほど息が合っていた。
竜騎兵たちは次々と墜ち、最後の一騎が悲鳴とともに火山の闇へ消える。
その瞬間、大地を揺らす重圧が、戦場を支配した。
「愚息が……」
その声は地の底から響くように重く、全身を凍らせる威圧を帯びていた。
火山の奥から姿を現した巨躯――竜王ドラグノア。
紅蓮の鱗に包まれたその姿は、まさに生きる災厄であった。
「牙を剥く相手を間違えたと……その身体に刻み込まなければ分からんらしいな」
金色の瞳がカイゼルを射抜く。
「貴様に王の資格は無い。……骨も残らぬ炎で焼いてやろう――ここで灰燼に帰せ」
轟音とともに、口腔に紅蓮の光が集う。
次の瞬間、火山そのものを焼き尽くす大火が解き放たれた。
「来るぞ!」
リオネルが叫び、二人は同時に飛び退く。
だが炎は広範囲に広がり、退路を断とうと迫る。
「甘ぇな、オヤジ!」
カイゼルが咆哮し、両腕を振るう。
暴風が巻き起こり、炎を押し返した。
熱が渦を巻き、嵐と炎が激突し爆ぜる。
「俺たちは負けねぇよ! お前のやり方を、終わらせてやる!」
カイゼルは嵐を纏った拳を振りかざし、父へと突進した。
その隙を狙い、セリーナが詠唱を終える。
「――《ルクスプロージオ・ノヴァ》!」
蒼白い爆炎が収束し、巨体の脇腹を爆ぜさせた。
「リオネル!」
「応ッ!」
リオネルの剣が閃光となり、傷口へ突き立つ。
竜王の巨体がよろめき、岩盤を崩して膝をつく。
一撃――確かに届いた。
しかし、その巨体からは呻き声ではなく、低い笑いが響いた。
「……なるほど、我が血筋と、余所者が組めばこの程度はやれるか」
竜王はゆっくりと立ち上がり、深紅の炎を身に纏う。
「だが、愚かしいことだ」
彼は嘲りを込めて続けた。
「リオネル。貴様の父、先の魔王は愚者だった。
争いを避け、人間どもと馴れ合い、竜族ですら人間と肩を並べる者が現れた。……笑止千万!」
大地が怒りに震え、炎が天を焦がす。
「竜種は誇り高き存在。人間に膝を屈するなど、恥辱でしかない。ゆえに我は罰を下し、重税を科し、弱き魔族を支配した。それこそが、この魔族領を律する唯一の道だ。我こそが、魔族の王にふさわしい!」
咆哮とともに、炎の奔流が再び燃え広がる。
圧倒的な支配の意志が、戦場を覆い尽くした。
だが、その炎を正面から見据える少女がいた。
セリーナ。
蒼き瞳に恐怖はなく、真っ直ぐに竜王を射抜く。
彼女の声は、熱に呑まれることなく響き渡った。
「ここに芽吹いている命達を――否定する権利は、アナタにありませんわ!!」
その言葉は炎を裂くように鋭く、戦場に轟いた。
竜王ドラグノアが、初めてわずかに眉を動かした。




