第11話:共同戦線
熱気に満ちた岩場で、セリーナは肩で息をしていた。
胸は焼けるように熱く、呼吸のたびに灰が肺を刺す。裂けたドレスは火山灰と血で汚れ、透き通る白い肌には黒い焦げ跡が点々と残っている。
隣に膝をつくリオネルも、剣を杖代わりに辛うじて立っていた。普段は鉄のように硬い彼の眼差しにも、わずかな疲労の翳りが浮かんでいる。
魔族の血なのか、疲弊しているセリーナとは違い息は整いつつある。見れば、体の損傷もすでに治癒が始まっていた。
「……情けない姿を、お見せしてしまいましたわね」
セリーナはかすれた声で笑う。気丈な態度は崩さないが、指先の震えが本音を物語っていた。
その返答を待つ間もなく、影が岩の上から降りてきた。
赤髪をかきあげ、余裕めいた笑みを浮かべる青年――カイゼル。
竜族の血を引く男は、無造作に着地すると、二人に歩み寄った。
「おっと、無理に喋るな。今は治療が先だーーーーっと、そっちの野郎は大丈夫そうだな」
そう言いながら、彼は腰の袋から黒紫色の薬草を取り出す。
葉を裂いた瞬間、鼻を突く強烈な芳香が漂い、熱気に紛れても鮮烈に感じられた。
「“火炎草”って呼ばれてる。火山帯じゃ傷薬代わりだ」
器用に葉を揉み潰し、セリーナの裂けた腕に塗り込む。
瞬間、焼けるような痛みが走り、セリーナの肩が震えた。だが、呻き声は上げない。眉を寄せながらも、唇の端を上げて耐えきった。
やがて痛みは和らぎ、心地よい温もりとともに麻痺が溶けていく。
さらにカイゼルは、躊躇なく自らの腕に牙を立てた。
赤黒い竜の血が滴り落ち、ためらいなく彼女の傷へ垂らされる。
「……っ、これは……」
「竜の血だ。人間には毒だが……お前みたいに魔力が濃けりゃ、逆に治癒の触媒になる」
見る間に焦げ跡が淡い桃色の肌へと再生し、血のにじむ裂傷が閉じていく。
セリーナは驚愕に瞳を見開いた。
「すごい……信じられませんわ」
リオネルは剣先を岩に突き立てたまま、一歩前に出る。赤い瞳に険しさを宿して、カイゼルを睨み据えた。
「なぜそこまで……? お前は竜王の息子だろう」
その言葉に、カイゼルは肩をすくめ、あっけらかんと笑った。
「そりゃまあ、あのクソオヤジの息子ってのは否定しねぇ。だけどよ――」
急に笑みを収め、真剣な声音が落ちる。
「俺はオヤジのやり方が気に入らねぇんだ。力で押さえつけ、弱者を駒みたいに踏みにじる。竜族を兵器扱いし、魔族を恐怖で縛り上げる……そんな光景、もう見ちゃいられねぇ」
言葉とともに、これまで軽薄に見えた表情が剥がれ落ちる。
露わになったのは、真っ直ぐな怒りと悔恨。
カイゼルは語り始めた。
竜王の影に身を隠し、正体を伏せて村々を巡った日々。
竜族の兵に傷つけられた民を背負い、血にまみれながら治療した夜。
命を狙われた魔族を密かに逃がし、隠れ里へ食料を運んだ数え切れぬ日々。
「……けどな、どれだけ小細工しても根本は変わらなかった。オヤジの圧政がある限り、何も救えねぇ」
その声は熱を帯び、軽薄さを覆い隠すほどの真実味に満ちていた。
「だから……ぶっ壊すしかねぇんだよ。あの絶対王――ドラグノアを!」
火山の熱風よりも激しい激情が、彼の胸から噴き出す。
赤い瞳には、誤魔化しのない覚悟が燃えていた。
セリーナは黙って聞いていた。
初めは軽薄で口先ばかりの男に思えた。だが、この熱情は嘘ではない。
胸の奥で鼓動が早まり、やがて唇が開かれる。
「……あなたの真意、確かに受け止めましたわ」
扇子を閉じ、真っ直ぐに見つめ返す。
「私もリオネルも、弱き者を救うためにここまで来ました。ならば――同じ志を抱く者として、歩む道はひとつですわね」
リオネルもまた剣を引き抜き、灰にまみれた顔を上げる。
「俺も異論はない。……お前の言葉に偽りがないのなら、共に戦おう」
カイゼルはにっと笑い、拳を差し出した。
「なら、話は早い。俺たちでオヤジを倒す。――そのための共同戦線だ」
セリーナがためらいなく白い拳を重ね、リオネルもその上に大きな手を添える。
三つの拳がひとつに集う。
「――打倒、ドラグノア!」
「――打倒、竜王!」
「――打倒、クソオヤジ!」
「ふふ、わたくし達、息ピッタリですわね」
セリーナの瞳に光が戻った。
火山の熱風に、その誓いが溶け込み、岩壁に反響する。
こうして奇妙な三人の同盟が結ばれた。
それは竜王の支配に挑む反逆の狼煙であり、やがて魔族領の運命を変える第一歩となるのだった。




