第1話「赤い女はいつも居る」
「待ってよ、待ってよ!」暗いトンネルの中を一人の少年が走っている、少年の目線の先には二人の男女が居た。少年は必死に叫びながら追いかける。だがいくら走っても二人は遠ざかる。
「待ってよ!お父さん!お母さん!」少年の声を無視するかの様に二人は歩いて行くそして二人の先に暖かい光が指していた。
「置いていかないでよ!僕も連れて行ってよ!」少年の懇願を聞き母親が振り向くだが母親は申し訳無さそうな表情をして言った。
「ごめんね隆也あなたは連れて行けないのごめんね」
母親はそう言った後再び歩き出す。そして少年の前から消えた。取り残された少年はただその場で泣く事しか出来なかった。
「母さん!」叫びと共に目が覚めた、何時ものあの夢を見た。時計を見ると時計の針が午前3時を指していた。
「またか、もう受け入れたと思ったんだけどな」
少年はそう言うと汗でビッショリになった布団から抜け出し部屋を出た。下の階に降りて台所の冷蔵庫に来て開ける。そして中にあった麦茶を取り出しコップに注ぐ。夏の気温のせいかコップに水滴ができ滴り落ちていた。少年は一気に飲むと流しに置いた。
「ねぇ、ねぇ、気付いているんでしょ?ねぇ?」
少年は声を無視して部屋に戻ろうとするだが声は更に大きくなる。
「見えてるんでしょ!こっちを見てよ!ねえったら!ねえ!」少年は一瞬だけ声のする方を見た、すると居間に繋がる入り口の磨りガラスに首が折れ曲がった何かが居た。少年は直ぐに部屋へと戻り布団を被るすると階段から、キシ、キシ、、、キシ、キシ、キシ!と一気に登って来る音が聴こえた。
そして部屋のドアの前に止まると、ドン!ドン!ドン!ガタ!ガタ!と激しくドアを開けようとする。
「開けろ!開けろよ!私の事が見えているんだろう!?無視するなよ!」少年は布団の中で震える、消えろ!消えろ!消えてくれ!少年は必死に心の中で懇願する。するとピタリとさっきまでの騒音が止んだ。
少年が恐る恐る布団から顔を出すそこには何もおらず、部屋の中には虫の声だけが聴こえていた。
「助かったか」少年が安堵して天井を見ると。
「やっと私を見てくれたね」そこに首が捻れて長い髪を振り乱した女が居た。
「止めてよ!夢に出てきそうじゃない!」
学校の教室で3人の男女が話していた。
「怖がり過ぎだぜ八千流、隆也はどうだった?」茶髪の少年がケタケタ笑いながら二人に言う。
「最悪だよ相変わらず翔也はその手の話が好きだな。」黒髪の少年隆也が悪態をつく。
「そうよ、翔也のバカ!夜中目が覚めたらどうしてくれるのよ!」長い黒髪を後ろに結んだ少女八千流が怒る。
「ごめんなそんなに怖がるなんて思わなくってよ、でも大丈夫今の話はネットの掲示板に書かれてた話だからさ作り話だよ、それに幽霊なんている筈ねえよ。なあ隆也?」
翔也の問いかけに「あ、ああいる訳ないよ」隆也は少し引き攣った顔で答えた。二人には見えていない様だがさっきから教室の隅に赤い服を着た女が立っているのが気になっていたからだ。女は翔也の言葉を聞きこちらを向くその顔には生気が無くこの世の者とは思えなかった。
「それよりも今日で6月20日だろう?夏休みまであと少しなんだし何処か遊びにいかないか?」隆也が咄嗟に話題を変えた事で女はまた下を俯き何かを呟いてた。
放課後になり3人は一緒の方角へと歩いていた。3人は昔から仲が良く何時も一緒に居た。お調子者で何にでも興味を持つ翔也、そして隆也の従姉妹で男勝りな八千流、そして普段何処か寂しげな雰囲気の隆也と一見それぞれタイプは違うが。3人共よく一緒につるんでいた。
「それじゃあ俺こっちだからまた明日な!」商店街の入り口で翔也と別れて二人で帰ることになった。昔は活気があった商店街も軒並み店を畳んでしまい今ではほとんどがシャッターが降りていた。
「翔也ったら本当に子供よね、夢に出てきたら張り倒してやる!」八千流の話を聞き隆也が笑う。
「あいつも悪気があってやった訳じゃないよでも本当に出たら苦情を言わないとな」二人は談笑しながら商店街を歩く。
「隆也前も聞いたと思うけど本当に私の家で暮らさないの?」八千流が心配そうな表情で言った。
「気持ちは嬉しいけどあの家には色々と思いでもあるし、それに爺ちゃんが遺してくれた場所だからさ。」
隆也は7歳の頃に旅行中に大きな事故にあった。隆也は何とか助かったが両親は即死で助からなかった。そして一人になった隆也を父方の祖父が引き取り育ててくれていたのだ。そんな祖父も去年病気で他界し今は隆也が一人で暮らしていた。
「そうだよね、おじいちゃんが死んだ時に私も悲しかったよでも隆也をまた一人で居させる訳には行かないって思うんだ。」八千流の両親は隆也が良ければ何時でも来て良いと行ってくれた。だが隆也は祖父の家を離れたく無いと言って断っていた。
「俺なら大丈夫だよ八千流に翔也、それに叔父さんと叔母さんも居るからね」そう言って笑って見せた。
「そっか、何か困った事があったら言ってね例えば今日の話で怖くて誰かにいて欲しいとか」八千流の言葉を聞き隆也も返す。
「それは八千流の方だろ?逆に俺が傍にいてやろうか?」隆也からのカウンターを食らい八千流が頬を染める。
「え、え!いや、別にそれはそれで有りなんだけどでもまだ心の準備が」八千流が一人何やら言っている内に商店街を抜け最寄りの駅まで着いていた。
「それじゃあ、俺こっちだからまたな八千流」
「あ、う、うん待たね隆也」八千流は何だか慌てた様子で駅へと向かった。
隆也はそのまま歩いて行った。
「ただいま」隆也は帰って来ると祖父の仏壇に行き線香を刺した。そして風呂の準備を初めて夕食の準備をしていた。祖父と暮らして居た頃に料理人だった祖父に教わり自炊は得意になっていた。祖父は厳しい人だったか同時に優しさもあり何時も俺の為に色々な事を教えてくれていた。そんな祖父も去年発作で倒れそのまま亡くなってしまった。
「こんなもんでいいか」夕食が出来るとそれを居間に運び先に風呂に入った。そして夕食を食べた後片付けをしていた時だった。突然ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。隆也は直ぐに玄関に行った。
「はい、どちら様ですか?」玄関を開けるとそこには誰も居なかった。イタズラか?そう思って玄関を閉めようとした時だった。
「貴方、私が見えているんでしょう?」その言葉と共に教室で見た赤い女が玄関の戸を掴んでいた。
「うわぁ!離せ!離せ!」隆也は直ぐに玄関の扉を閉じた。
「開けてよ!開けなさいよ!私の話を聞いてよ!」玄関の扉が叩かれる。磨りガラスには赤い服が透けて見えていた。
「俺は何も知らない帰れ!」隆也が叫ぶとピタリと音が止まるそして女はこう言った。
「見てるからな」その言葉を最後に玄関の気配が消えた。隆也が八千流の誘いを断った理由それは彼には事故の後遺症で人ならざる者が見えてしまうからだった。彼らは何時もそこに居る、こちらから干渉しなければ害は無いが一度奴等に目を付けられると面倒な事になるのだ。
「明日翔也に苦情を入れないとな」隆也は静かに呟き部屋へと戻って行く、だが隆也は気付いて居なかった。もう1人彼を見て居た存在が居た事に。
第1話 完 第2話に続く