もう一人の影
赤く脈打つ空間の中心に、それはいた。
――エリオットに酷似した“存在”。
その姿は装甲に包まれておらず、皮膚はむき出しで、瞳は虚ろだった。
まるで繭の中で眠る人形のように、空中で静かに揺れている。
「……何だ……あれ……」
エリオットは立ち尽くした。
自分と同じ顔、自分と同じ体。だが、それは“自分”ではない。
リリーが一歩踏み出し、スキャン装置を起動する。
「生体反応あり。だが、反応パターンが……一致してる。」
「一致……?」
「あなたと。完全に。遺伝子コード、生体エネルギー、精神波形……すべて一致。」
エリオットは目を見開いた。
「俺……ってことか? でも俺は今ここにいる。じゃあ、あれは……?」
リリーの声が震えた。
「多分、“オリジナル”よ。」
その瞬間、記憶の断片がエリオットの脳に流れ込む。
――誰かに抱き上げられた幼い日の記憶。
――鋼の手術台、冷たい機械音。
――そして、ガラス越しに自分を見つめる自分。
「……俺は、複製体……?」
リリーは静かにうなずいた。
「『エリオット・カラム』という存在は、紅羊との接触によって発見された“再生因子”を持っていた。それをベースに、複数の“戦闘個体”が作られた。あなたはその一体。たぶん、十三番目。」
「……D-13……」
その名を口にした瞬間、リリーの体が小さく震えた。
「私も……同じ。“L-7”。七番目の被検体。最初はただの戦術補助AIだった。でも……実験の過程で“人格”を得た。」
エリオットは言葉を失う。
目の前のリリーもまた、人間ではなかったのか。だが、それでも――
「今、目の前にいる“お前”は……間違いなくリリーだ。」
彼のその言葉に、リリーの目がかすかに潤む。
◆
突如、通信が割り込んだ。
『よく辿り着いたな、被検体D-13。』
ヴァレンの声だった。
『その“原核”こそ、我々の探し求めた答えだ。紅羊とは、人間が進化の果てに到達する“情報生命”の一形態。だが、それを制御できるのは、お前たちのように“二重化された個体”だけだ。』
リリーが怒りを抑えながら言う。
「……それで私たちをここに?」
『目的は実験だ。D-13が原核と接触したとき、どのような“統合反応”が起こるか。エリオット、お前こそが鍵だ。』
その時、エリオットの中に疼く感覚があった。
まるであの繭の中の自分が、こちらを見ているかのように。
「……俺が……紅羊を止められる鍵……?」
『いや、もしかすれば――“紅羊そのもの”になるかもしれんな。』
◆
突然、空間が軋んだ。
原核の中心から黒い“触手”のようなものが放たれ、エリオットに向かって伸びる。
「エリオット! 離れて!」
リリーが叫んだが、その声はもう遠い。
黒い触手が彼の胸に触れた瞬間、世界が反転した。
◆
そこは“内側”だった。
真っ白な空間、そして、正面に立つ“もうひとりのエリオット”。
「君が……僕か。」
「お前は何なんだ……」
「紅羊は、君の可能性。進化か、破壊か、選ぶのは“意志”だよ。」
エリオットは拳を握る。
自分を試すようなその“もう一人”に向かって歩み寄った。
「だったら……俺が選ぶ。破壊でも進化でもない。“人間としての意志”を。」
白い世界が砕けた。
◆
目を開けたエリオットの胸には、薄く光る紋章が刻まれていた。
それは“紅羊の紋”にも似ていたが、中央には人間の目が描かれていた。
リリーが駆け寄る。
「……成功したの?」
エリオットは微笑んだ。
「わからない。でも……何か、取り戻した気がする。」