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記録と鍵

白い天井が、じわじわと視界を侵食してくる。

 静寂。無機質な灯り。低く唸る監視装置の音。


 「……またここか」


 エリオットは独房のベッドに横たわりながら、呟いた。

 拘束されたのは、リリーの“命令違反”によって暴走が止められた直後のことだった。


 彼女は処罰対象として連行され、エリオット自身も“記憶干渉の疑い”で隔離された。

 記憶。紅羊。声。――曖昧に残るその残響が、胸に刺さっていた。


 (あれは……俺の記憶なのか? それとも……紅羊の……?)



 一方、リリーは処分会議室に座らされていた。

 鉄の椅子。冷たい床。周囲を囲む軍服の男たち。


 その中央に、ヴァレンが立っていた。


 「命令違反、戦術規定逸脱、違法薬剤の使用。軍規第11条により、即時廃棄も可能だ。」


 ヴァレンの声は変わらず冷徹だった。

 だが、リリーはその視線を真正面から受け止める。


 「私がやらなければ、彼は“壊れて”いた。あなたも、それを分かっていたはずでしょう。」


 「感情で動く兵士は、長くは保たない。」


 「でも、感情のない兵士は、人間じゃない。」


 その言葉に、一瞬だけ沈黙が生まれた。

 ヴァレンは目を伏せると、懐から一枚の記録データを机に置いた。


 「……見せるつもりはなかった。だが、もう制御できないなら、真実を知れ。」


 リリーは手を伸ばし、映像を再生する。


 ――そこに映っていたのは、研究室。

 ベッドに横たわる少年。その顔は、エリオット。

 彼の隣には、幼い少女が立っていた。リリー自身だ。


 「……私と、エリオット……?」


 ≪被験体E-07およびD-13、適合率92%。精神同調実験、継続認可≫


 機械音声が読み上げていた。


 「私たちは……最初から、“選ばれて”いた……?」


 「記憶は封じられた。“戦場に不要なもの”と判断されてな。」


 ヴァレンは椅子に腰を下ろすと、指先を組んで呟いた。


 「紅羊に接触し、記憶が戻りかけた者は、全員暴走か自壊する。だが……エリオットは違った。」


 「……なぜ、彼は壊れなかったの?」


 「“鍵”があったからだ。」


 ヴァレンはリリーを見つめた。


 「お前だ。お前との記憶が、彼の意識を“人間の側”に繋ぎとめた。」


 リリーは黙っていた。全てが繋がっていく。


 ――なぜ自分だけが彼に強く干渉できたのか。

 ――なぜ、彼の中に懐かしい感情が芽生えるのか。


 「君たちは、“観測者”であり、“触媒”でもある。」


 その言葉に、彼女はわずかに目を細めた。


 「……あなたは、何を知っているの?」


 「まだ話す段階ではない。」


 そう言ってヴァレンは立ち上がった。


 「だが、必要があれば“記憶封鎖”を解除する。君が本当に、それに耐えられるならな。」


 リリーは唇を噛み、静かに言った。


 「私は逃げない。エリオットの過去が、私の過去でもあるのなら……」



 その夜。

 エリオットの独房の扉が開き、リリーが現れた。


 「……出られるわよ。釈放命令が出た。」


 「……あの男の仕業か?」


 「ええ。でも、ただの温情じゃない。これから“もっと深いもの”に触れることになる。」


 エリオットは立ち上がる。

 体は重い。けれど、先ほどまでの暴走とは違っていた。


 「……お前、俺の中に入ってきたんだな。」


 「ごめん。でも、どうしても救いたかった。」


 エリオットは一瞬、目を伏せた後、ゆっくりと彼女を見た。


 「……あの光景。雪の坂道、子供の俺と……お前……あれは、夢じゃなかったんだな。」


 「そう。あれが、あなたの“始まり”よ。」


 沈黙の中で、エリオットはかすかに笑った。


 「なら……俺は、もう一度“始める”。」


 リリーはその瞳を見て、頷いた。


 「ここからよ。戦うだけじゃなく、“取り戻す”戦いを。」


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