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記憶の断片

視界が赤く染まっていた。

 痛みも、重さも、声すらも――何もかもが遠い。


 ただ、切る。裂く。壊す。

 戦場の音が、エリオットの中で崩れていく。


 「やめろ……俺じゃ……ない……!」


 意識の奥で、叫びがこだまする。けれど体は止まらなかった。

 すでに敵は沈黙している。紅羊の“殻”は活動を停止し、周囲は灰に包まれていた。


 それでも、エリオットの腕はなおも変形し、砕けた地面を掘り続けていた。

 何かを探すように。誰かを呼ぶように。


 ≪キヲ……トリモドセ……ワレラハ……オマエ……≫


 また、あの声が聞こえた。



 「プロトコルB、発動。グール兵エリオット・カラム、暴走認定。排除を許可する。」


 ヴァレンの声が、戦場に響く。

 だがその命令を聞いた瞬間、リリーの瞳が激しく揺れた。


 「……ふざけないで」


 彼女は通信装置を切ると、周囲の部隊を無視して駆け出した。

 エリオットの元へ。暴走したその前へ。


 「エリオット!! 聞こえる!? 私よ、リリーよ!!」


 返事はなかった。

 いや、聞こえていないのではない。――彼は、自分すら失っている。


 リリーは歯を食いしばり、腰のホルスターから薬剤を取り出す。

 『深層接続剤β-3』――グール同士の神経共鳴を強制的に発生させる、非公式の違法ツールだ。


 「こんなもの……二度と使いたくなかったのに……!」


 薬剤を自分の首に刺し、神経リンクを起動する。


 ――そして、彼女の意識は暗闇の中へと落ちていった。



 そこは、雪の降る坂道だった。


 古びた家々と、軋む木の階段。夕暮れの風景の中、子どもの笑い声が響いていた。


 「早く、エリオット! ほら、雪合戦始まってるよ!」


 女の子の声。それは紛れもなく、幼い頃のリリーだった。

 そして――


 「待ってよ、リリー!」


 笑いながら駆ける少年。エリオット。

 今の彼とは違う、柔らかく、あたたかい表情を浮かべていた。


 (これは……記憶……?)


 リリーはその風景の中に立ちながら、息を呑んだ。

 エリオットの記憶の奥。彼が忘れてしまった、大切なもの。


 (そうよ……エリオットには、ちゃんと“あった”のよ。戦いの前に……人間としての人生が……)


 だが、次の瞬間。風景が黒く染まった。


 街が崩れ、空が裂け、紅い光が全てを呑み込む。

 幼きリリーが叫ぶ。幼きエリオットが手を伸ばす――その先に、黒く歪んだ影が立っていた。


 ≪ヒト……ワレラ……ナゼ……?≫


 それは紅羊。だが、言葉にならない苦悶と哀しみが、そこにはあった。



 「……っ!!」


 リリーは目を覚ました。

 彼女の前には、地面に倒れ込んだエリオットがいた。暴走は止まり、右腕は人間の形に戻りつつあった。


 「……リリー……?」


 かすかに、彼が呼んだ。瞳に、焦点が戻っていた。


 リリーは、無言でその顔を見つめた。そして静かに言った。


 「思い出して。あなたは……人間だった。今でも、そうよ。」


 エリオットは、しばらく黙っていた。

 だがその目の奥に、確かに“感情”が灯っていた。



 一方、遠くのモニター室。

 ヴァレンは全てを監視していた。


 「……予想外の共鳴か。だが、悪くない。」


 その背後、上層部の会議映像が現れる。


 「計画は継続する。紅羊との接触は第一段階を超えた。」


 ヴァレンは静かに頷いた。


 「次は、彼女の番だ。リリー・ドレイク。彼女もまた、“鍵”の一つだ。」




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