異形の刃
金属の扉が開くと、冷たい風が肌を刺した。
エリオットは訓練棟と呼ばれる巨大な空間に足を踏み入れた。天井は遥か高く、無数の照明が白い光を放ち、人工的な風音が機械の肺のように響いていた。
壁際には様々な兵器、模擬戦用の標的、そして……人間の形を模した戦闘用ダミーが並んでいた。
「来たわね。」
リリーが声をかけてきた。すでに戦闘服に着替えており、その動きには一分の無駄もない。
彼女の背後には、同じような改造兵士――グールたちが並んでいた。全員、目の奥に光がなく、生気のない機械のような面持ち。
「今日は“起動試験”。戦闘に必要な感覚が、まだ機能するかどうかを試すの。」
リリーは手元のパッドに触れ、数列の命令を入力した。すると天井から降下した巨大な扉が開き、訓練用フィールドが姿を現す。
その瞬間、エリオットの中で何かが「反応」した。
心臓が跳ねたのではない。脳に冷たい刺激が走り、視界が一瞬で研ぎ澄まされた。
空間の奥行き、敵の動き、障害物の位置、すべてが“自動的に”浮かび上がってくる。
――まるで、戦うことが本能であるかのように。
「行って。」
リリーが言った。
エリオットの足が、自然と前へ出た。意識の外で筋肉が反応し、体が動く。
敵ダミーが前方から迫る。鋼鉄製の人型機械。その瞬間、彼の右腕が脈動した。
「……っ!?」
腕が変形した。
まるで意志を持つかのように金属が蠢き、骨格がきしみ、右腕が長く鋭い刃に姿を変えた。
その異形の武器が、次の瞬間、ダミーの頭部を切り裂いた。
――軽い。あまりにも、軽すぎた。
ダミーは音もなく倒れ、冷たい油が床に流れる。
それを見た他の兵士たちがざわめいた。だが、誰も言葉を発さない。ただ、リリーだけが小さく呟いた。
「……やっぱり、異常ね。」
異常。
その言葉が、エリオットの耳に深く突き刺さる。
「やめろ……」
息が荒くなり、視界が歪んだ。自分の体が、自分のものでない感覚。
右腕の刃が脈動している。何かを「求めている」ようにさえ感じる。
「戻れ……!」
自分の声が、虚空に吸い込まれた。
突然、別のダミーが起動した。不規則な動きで迫ってくる。だがエリオットは動かない。いや、動けなかった。
次の瞬間、背後から閃光が走った。
「下がれ!」
リリーの声とともに、赤い閃光がダミーを撃ち抜いた。煙と火花が散り、フィールドが一時停止する。
「まだ制御できないなら、無理に動かないで!」
リリーが駆け寄ってくる。怒っているのではなかった。むしろ――怯えているように見えた。
「あなたの中にある“兵器”は、まだ安定していないのよ。少しでも刺激を与えれば、自壊する可能性だってある。」
エリオットは黙ったまま、自分の腕を見る。
刃はゆっくりと戻り、元の形に“擬態”した。だがその過程さえ、彼にとっては恐怖だった。
「これは……俺なのか?」
その問いに、リリーは沈黙したまま顔を伏せた。
「たぶん、まだ“あんた”は全部残ってる。でも――それがどこまで持つかは、分からない。」
彼女の声が、かすかに震えていた。
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