目覚めの時
――これは、命令で動くしかなかった少年兵の“目覚め”の記録。
記憶を失い、敵とされた存在と出会い、
真実を知ってしまった者たちの戦いが始まる。
ディストピアSF×戦争×人間性。
『紅羊戦記』、第1話をお届けします。
重い――そう思った。
目が覚めると、世界はまだ黒一色だった。いや、そもそも目が開いているのかすら分からない。上下の瞼の区別も曖昧なまま、彼はただ、自分の存在だけを感じていた。
冷たい。
体全体が、凍てついた金属の中に封じ込められているかのようだ。手足は感覚が鈍く、まるで誰か別人の身体を操っているような違和感があった。
どこかで機械音が鳴っていた。低く、くぐもった音だ。空気は湿気を欠いており、鼻腔の奥に鉄と薬品が混ざった匂いがへばりつく。
「……ここは……?」
自分の声が、知らない誰かの声のように耳に届いた。濁っていて、重く、震えていた。
わずかに身体を起こす。重力が、まるで圧力のようにのしかかってくる。手を目の前にかざすと、そこにあったのは――あまりに無機質な、異形の自分の手だった。
人間のものに見えなくもない。だが、それはもう“人間だったもの”の名残に過ぎなかった。
背後で音がした。金属を踏む、規則正しい足音。
そして――その声が響いた。
「エリオット・カラム。目を覚ませ。」
その名に、反射的に振り向く。黒の中に一つ、浮かび上がるように現れた人影。冷たく、整った顔立ち。感情のない眼差し。
男の名は、記憶の奥底から引きずり出された。
「……ヴァレン……?」
そうだ。この男を知っている。軍の上層部、任務と命令だけで動く機械のような男。
だが、彼は微動だにせず、ただ冷徹な声音で言った。
「お前が目を覚ましたということは、計画は順調だということだ。」
言葉の意味が掴めない。だが、そこに込められた感情のなさだけは、鮮明に伝わってくる。
エリオットは立ち上がろうとした。だが膝がわずかに震え、軋む音が響いた。自分の体から、肉ではない何かの音がする。
「ここは……どこだ?」
問いに、ヴァレンはわずかに眉を動かした――それが感情かどうかすら判別できない。
「施設だ。お前はここで作り直された。」
「作り……?」
「お前は一度、死んだ。」
その言葉が落ちた瞬間、エリオットの胸の奥が凍った。
「――死んだ……?」
「そうだ。そして今は、再び目を覚ました。
人間ではないものとして。」
エリオットの口が、わずかに乾く。「……何を言ってる……?」
彼の腕が掴まれた。冷たい掌だった。ヴァレンはわずかに引き寄せ、機械のように言い放つ。
「お前はグールだ。死を越え、戦うために改造された兵士だ。」
「グール……」
その言葉が、耳の奥で何度も反響した。物語の中でしか見たことのない怪物の名。
だが、今、その言葉は現実として突き刺さる。
エリオットは、自分の顔に手をやった。硬い。皮膚の下には、血の温もりではなく、冷たい回路が通っている気がする。
「お前は、戦うために蘇った。」
ヴァレンの言葉は、心臓に杭を打ち込むようだった。
「だが、俺は……何のために……」
「その問いに意味はない。」
即答だった。
「お前の過去は、もう関係ない。必要なのは命令に従う力、そして戦場での勝利だ。」
エリオットは、言葉を失った。
すべてが奪われていた。記憶も、感情も、名前さえも。残されたのは、“使い物になるかどうか”だけの存在。
けれど――それでも、心のどこかが叫んでいた。
これが自分の望んだ姿じゃない。
誰かが、そうしろと命じたから、こうなったんだ。
ヴァレンが、冷たく言う。
「お前には二つの道がある。戦うか、死ぬかだ。」
「死ぬ……?」
「それがお前に与えられた自由だ。」
しばらくの沈黙の後、エリオットはようやく一言、吐き出した。
「……分かった。」
その声は、震えていた。
だがその奥には、小さな炎のような決意があった。
戦う。ただ、それしか残されていない。
だとしても、自分の中にある何か――それが何なのかを、必ず取り戻す。
ヴァレンは背を向け、歩き出しながら、最後に一言だけ告げた。
「戦士として、目を覚ませ。」
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
世界はすでに壊れていた。
それでも、人は“誰かを救いたい”と願う。
補足
(╹◡╹)以後のこの顔を筆者とします。
(╹◡╹)紅羊→敵 グール→自分たちという設定です。細かな話はネタバレになるのでまた、
また、次回、物語設定の補足を描きます。
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