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短編集

高校生の姫島瑠夏は、姫魔王の生まれ変わりである。

作者: 白井 緒望

短編作品なのに、仕組みを理解してなくて連載作品になってしまいました。一部、修正・編集して投稿しなおします。

★(1ページ目)


 

 彼女は姫魔王サイフォニア。


 悪魔国と勇者国の終わりなき戦が続く戦乱の世。悪魔の王族として生まれ、生まれし日から、全ての善行を禁じられ、あらゆる悪行教育を強いられし者。


 おれ、勇者エイルは彼女を追い詰め。

 そして今この瞬間。


 彼女の心臓に聖剣を突き刺している。

 あと数センチ切り込めば、彼女は絶命するだろう。


 その刹那、俺は彼女を不憫に思い、言った。


 「言い残すことは? 最後の思い、俺が持ち帰ろう」


 彼女の口から出た言葉は、信じ難いものだった。目に大粒の涙をためて、微笑んでいるように見えた。


 「我、また生きられるなら、普通の女の子として……」


 「……そうか。お前の想い、しかとこの胸に刻んだ」


 俺は柄をもつ手に力を込めた。

 彼女の心臓は動きを止めた。


 その直後、姫魔王の周りに巨大な魔法陣が展開され、転生の秘術が発動される。

 


 勇者として元老院に遣わされた俺の使命は2つだ。


 1つ目は、姫魔王を倒すこと。

 2つ目は、転生の秘術を阻止すること。


 俺は2つ目の使命に従い、聖剣の退魔防護結界を展開する。しかし、彼女の最後の顔が頭から離れなくて。


 結界の発動が一瞬遅れてしまった。


 「……しまった」


 俺がその言葉を口にした時は、既に遅かった。姫魔王の転生結界は不完全ながらに完成し、姫魔王は姿を消した。



 数日後、おれは元老院のお偉いさんに呼び出され、詰められていた。


 「勇者エイルよ。そなたの不手際で姫魔王の転生の秘術は発動された。その責任はどうとるのじゃ?」

 

 「すみません。ですが、魔法陣展開を阻害した為、転生先も他の世界になり、姫魔王の魔力は奪われていると思われますが……」


 「ええい。愚か者。目が届かぬ世界に行ったことこそ問題なのだ。かの世界で力を蓄え、また我ら……正義を脅かすかもしれぬ」


 この爺さん、本音言っちゃったよ。

 正直、姫魔王の魔王国よりも、お前らの領土の方が餓死者多発で大荒れだと思うぞ。


 何はともあれ、俺の役目は果たした。

 あとは褒美の王姫(グラマラス美人)をもらいうけ、放蕩の余生を送るだけだ。


 「とにかく、姫魔王は殺しました。俺の役目は終わりです。報告も終わったので、失礼いたします」


 俺は立ち上がった。

 すると、背後から高圧的な声が響いた。


 お前らの言うことなんて聞く必要は……。


 「勇者よ。姫魔王は転生したのだから、そなたの使命②は失敗じゃ」


 「え?」


 「責任をもって姫魔王を監視し、その野望を阻止するのじゃ」


 「えっ?」



 こうして、何故か俺も転生し、姫魔王の監視をすることになってしまった。



★(2ページ目)



 俺は西園瑛流にしぞの えいる

 姫島高校に通う新一年生だ。


 今日は入学式だ。


 姫魔王の生まれ変わりである、姫島瑠夏ひめじま るかを監視するために、日本に送り込まれ、同じ高校に入学した。


 赤子から始まり、今日のこの日に辿り着くまでに、俺は16年を費やしている。


 16年間のサービス残業とか、ほんと最低だ。


 元老院のくそじじいどもめ、戻ったら皆殺しにしてやりたい。


 ちなみに、俺は勇者としての力を引き継いでいる。これは、いざという時に、姫魔王を倒すための力だ。だが、現状の姫島瑠夏は、至って普通の女の子。魔力も感じない。


 だから最近は、監視もストーキング気分だ。通報される前に、やめようかな。


 今日も物陰からターゲットを監視する。

 対象は、姫島瑠夏。


 身長155センチの日本人女子。

 黒髪ロングのまつ毛長め。


 華奢でバストは発展途上だが、それ故に、黒と紫を基調としたセーラー服が妙に似合っている。


 ……よくもまぁ。こんな美少女に転生したものだ。まぁ、前世でもかなりの美人だったしな。


 俺が見ているとも知らずに、瑠夏は1人で何か呟いている。


 「……闇から生まれし眷属よ。いまこそ、我を守護する使い魔となれ……。フフッ。闇の眷属よ。そなたの名前は、チョチョ丸じゃ……。フッ。我が魔王城に戻ったら、この血の贄を与えるからの……」



 ……あれは!!

 使い魔召喚の秘術!!


 姫魔王め。

 やはり、魔力を隠していたのか。


 俺は聖剣(刃渡り5センチ。日本国内適法バージョン)の柄に親指を添えた。


 やばい。

 こっちはまだ戦闘準備ができていない。


 だが。

 使い魔の規模によっては、今討伐しなければ、日本が崩壊しかねないっっっ!!!!


 俺は意を決し、物陰から飛び出した。

 瑠夏は、こちらに気づき動きを止めた。


 そこで目の当たりにしたのは。


 子猫を両腕で抱きあげる、ただの女子高生の姿だった。


 ねこ?


 あれ、どーみても普通の猫だぞ?

 しかも、瑠夏の右手には小袋。


 小袋には「愛猫大好き、にゃんにゃかキャットフード(試供品)」と書いてある。


 瑠夏は目をぱちくりさせている。

 直後、頬をりんごのように真っ赤にし、口をパクパクさせた。


 「ま、ま、まま、まさかっ。我……わたしの独り言を聞いたの!?」


 すっげー気まずい。

 俺は頬を掻いた。

 

 「あぁ。厨二病全開の召喚呪文みたいなのをな……」

 

 瑠夏の手先は震えている。

 

 「その制服……。もしかして、姫島学園の生徒ですか?」


 嘘をついても仕方ない。

 調査のために、わざわざこの高校に入学したのだ。

 

 「あぁ。今年の新入生だ。あんたは?」


 瑠夏は涙目になった。


 「ああ。わたしの高校生活終わった。もう学校やめたい……」


 ちょっとぉ。

 勝手に高校やめられたら、俺の苦労が水の泡になるんですが?


 ご機嫌をとらないとヤバい。


 「いや、誰にも言わないからさ」


 瑠夏は俺を指差した手を下げない。


 「あなたみたいなスケベそうな顔をした人、信じられませんっ。きっと、弱みにつけこんで、エッチなお願いする気でしょ?」


 ……魔王にスケベとか、本気で言われたくないんですが?


 しかもこいつ。

 転生して魔力がなくなった分、妄想力が振り切ってる。


 「おまえな。とにかく、その手を下げろ。初対面の人を指さすのは、普通に失礼だぞ」


 瑠夏はキッと俺を睨むと、さらに涙目になった。

 

 おいおい。

 指くらい、睨まずに普通に下げてくれよ。


 こいつ。

 転生して、16年間で色々こじらせてるのか?


 女の子を泣かせて……、これじゃ俺が魔王みたいなんだが。


 俺は続けた。


 「もう入学式はじまるぞ? とりあえず、行こうぜ」


 「さっきのをみて、ドン引きしないんですか?」


 「誰しも心に闇の1つや2あるだろ。別に気にねーよ」


 瑠夏はついてきた。

 勇者の耳をもつ俺は、瑠夏のボソッと独り言を鮮明かつ明確に聞き取ってしまった。


 「今日は、猫ちゃんと出会えて。さっそく喧嘩からの仲直り……。幸せ友達作ろうマニュアルに書いてあったとおりだ。生まれて初めてのお友達もできたし。わたしグッドジョブ」


 生まれて初めての友達って。

 まさか、前世通算じゃないよね?


 それに。

 お友達作ろうマニュアルって。


 ネットで買ったのかな。

 すごくボラれてそう。


 「姫島さん。そのマニュアルいくらしたの?」


 「えっ……。さんまんえ……」


 「ごめん。やっぱ言わなくていい」


 聞いたら俺が傷つきそうだ。



★(3ページ目)




 入学から1ヶ月。

 瑠夏は、俺にだけは話しかけてくれるようになった。


 ……しかし、小憎たらしい。さすが元魔王。悪行の英才教育を受けているだけのことはある。


 「瑠夏 昼飯どうするの?」


 「わたし、お友達とランチの予定が入ってる」


 「まじか。お前、俺以外に友達いたのな」


 「フッ。当然……。あっ。そうそう。聞きたいことがあるんです」


 「なに?」


 「友達って、なんですか?」


 これまた抽象的なの来たな。

 友達いない人の質問だよね。


 「愛用の攻略本には書いてないの?」


 「本によると『友達の何たるかは友達にきけ』とのことでして……」


 禅問答みたいな本だな。


 さて、世間知らずの瑠夏さんには、ふつーの回答が最適だろう。


 「俺が思うに、本当に困ってる時に助けてくれる人かな」


 「ふむふむ……」


 瑠夏はメモしている。

 生真面目な性格だ。


 魔王時代、瑠夏……魔王サイフォニアは、時間の大半を民や政治の勉強ために費やした。そのため、己の武力に関しては後回しだった。


 俺は時間のほとんどを自分の強さのためだけに使った。俺がコイツに勝てたのは、単に俺の方が自分本位だったからに他ならない。


 そんなコイツは、魔王なのに名君と言われていた。それを元老院のジジイどもが正義の名の下に討伐したのだ。


 魔界の名君を、暴君の正義が討つ。


 世の中で一番救いようがないものは、他を許容しない正義なのではないかと思ってしまう。


 正直、好き嫌いでいったら、俺はジジイ共より、コイツの方が好きだ。

 


 すると、物騒な噂が絶えないクラスの問題女子3人組が、こっちに来た。


 「姫島。ちょっとツラ貸せや」


 「はい。ぜひ!!」


 これが例のランチの約束?


 どうみてもイジメられっ子を呼び出す時のテンプレートにしか思えないんですが、俺だけですか?


 瑠夏は軽い足取りで教室を出て行った。


 「はぁ……」


 俺は一応、勇者なのだ。

 これからイジメられる人を目の当たりにして放置はできない。


 瑠夏の後を追った。


 すると、瑠夏達は屋上にいた。

 


 ってか、瑠夏、胸ぐら掴まれてるけど。

 大丈夫か?


 あいつポンコツだからな。

 心配が尽きないぜ。


 3人組の真ん中にいる女子が瑠夏に何か言っている。


 「あたしら、足いたくてさ〜。代わりにパン買ってきてくれない? ツケでさ〜」


 取り巻きの2人もキャハハと笑う。


 瑠夏はニコニコして自分の財布を出すと、階段を降りて行った。すれ違いざまに聞こえてしまった。


 「困った時はお互い様。頼みごとは断らない。これも本に書いてあった通りだっ」


 どうも俺には、幸せマニュアルのせいで不幸一直線に見えるんだが、大丈夫なのだろうか。


 ……胸糞悪い。

 ただの使い走りじゃねーかよ。


 それを嬉々としてこなす瑠夏もどうかと思う。

 いや、瑠夏にとっては、それすら嬉しいことなのか。


 隠れていると、瑠夏が戻ってきた。

 

 「桐さんはミルクパン、えと、エミさんはカステラ……、涼子さんは梅干しパン」


 涼子のパンを間違えたらしい。

 涼子は激昂した。


 「ワタシのパンだけ梅干しって……わたしはバーさんかっ。。てめぇ。ふざけてるのか!!」


 1人だけ梅干しって(笑)。

 正直、涼子の言い分がもっともだと思う。


 涼子は瑠夏を踏みつけた。


 「あぅ……」


 おいおい。

 瑠夏さんよ。普通にイジメられてるじゃないか。


 本当なら本人が自力で克服するのを期待したいが、友達経験値ゼロの瑠夏には無理だろう。


 瑠夏は攻略本を開いている。

 目の前にブチギレ涼子がいるのに大した度胸だよ。


 「あっ」


 瑠夏は何かを見つけたらしい。 

 何かブツブツと言っている。


 どれどれ勇者の耳で……。


 「えと、たまに殴られたりも友情を深めるための大事なステップって書いてある……」


 あの本、ダメだ。

 すぐに捨てさせよう。


 すると、誰かが入ってきた。


 九条だ。

 九条はクラスの女の子で正義感が強い。

 

 九条は、涼子の前に立ちはだかった。


 「あなたたち、こんなことしてタダで済むとおもってるのっ?!」


 すると、涼子が一歩、前に出て凄んだ。


 「いつもカッコつけて良い子ちゃんぶりやがって。わたし、あんたのこと前から嫌いなんだよ」


 九条は怯まない。


 「やめなさい!!」


 すると、涼子はニヤニヤした。


 「これからタダじゃ済まなくなるのは、お前の方なんだよ。キリ、エミ。九条を押さえつけて脚を開かせろ」


 2人はニタニタしながら従った。

 涼子は気分良さそうに言った。


 「これからアンタのパンツ脱がせて、あんたのアソコを撮影するからさ。今後ワタシらに逆らったら、クラスの男子全員に送るから。皆の夜のアイドルだねっ。九条さん」


 「やめてよ。。。」


 九条は脚を押さえつけられると、俯いてポロポロと涙を流した。


 瑠夏は……。

 一生懸命、友だちマニュアルをめくっている。

 このパターンの対処法を探しているようだ。


 「……出てない」


 そりゃあそうだよ。

 出てたらむしろ怖いわ。



 チッ。

 俺が出ていくしかないか。


 できれば、目立つことはしたくないんだがな。



 すると、瑠夏は立ち上がり、スルスルとセーラー服を脱ぎ始めた。


 「王族の子女たるもの。陵辱を受けた時の心構えは学んでいます。わたしを撮りなさい。ただし、地獄の果てまで追いかけ、あなたを必ず殺します。覚悟なさい。さあっ撮れっ!!」


 涼子は後ずさりした。


 「コイツやべーよ。頭おかしい。ちっ。いこー」


 3人は逃げるように立ち去った。


 正直、俺もドン引きだった。

 残念ながら、今回も涼子の意見が正しい。


 こいつやべーよ。



 瑠夏は九条を抱きしめた。

 九条は涙を拭って言った。


 「助けてくれてありがとう」


 瑠夏は自信満々で答えた。


 「友達とは、困った時に助けてくれる存在なのです。わたしの親友が言ってました」


 え。

 親友っておれ?


 電話番号も知らないし。

 学校以外で殆ど話したことないんですが……。


 でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。


 九条と瑠夏は意気投合し、手を繋いで階段を降りていった。


 

 俺は目を瞑る。

 

 「あの3バカは今、体育館か。腹いせに他のヤツに絡んでる。……ゴミは始末しとくか」


 俺は屋上の柵を飛び越えた。



★(4ページ目)




 あれから涼子は俺の奴隷になった。


 どうやったかって?

 ふふっ。


 詳細は省くが、当然「目には目を」だ。


 すると、なぜか、涼子に変化が起きた。放課後待っているし、手を繋いできたりする。



 それと、新事実が分かった。

 元々は居なかった生徒が、ある時から「前から居たこと」になってるのだ。


 その生徒とは、隣のクラスの『神里乃亜かみさと のあ』だ。亜という文字は、勇者国では「戦士」を意味する。


 つまり、神の里の戦士。

 非常に怪しい。というか確定だろう


 でも、コイツ、何しにきたのだろう。

 瑠夏を殺しにきたか、それとも俺か。


 そして、どうやら。

 神里は、瑠夏の家の隣に住んでいるらしい。


 こういうことは先手必勝。

 週末に、瑠夏と神里の家に突撃訪問することにした。


 当日、待ち合わせに指定されたのは、どデカいマンションだった。


 俺の家は、中の下って感じなのだが。

 随分と扱いが違くないか?


 元老院のクソジジイども。

 ケチったな。


 瑠夏は先に待っていてくれた。


 「よっ」


 「……」


 「どしたの?」


 「しらないっ」


 昨日、涼子と手を繋いでいるのを見られてから、どうも機嫌が悪い。


 「知らないなら、不機嫌にもなるなよ」


 「別に。エイルが誰と手を繋いだって、わたしに関係ないし」


 分かりやすいヤツだなぁ。

 こいつ、こんなので外交の駆け引きとかちゃんと出来てたのかな。


 俺は瑠夏の手を掴んだ。


 「ち、ちょっと……」


 「なんだよ? 俺の手はイヤか?」


 「つなぐなら、ちゃんと指を交互にして欲しい……」


 どうやら恋人繋ぎをご所望らしい。

 希望に沿ってあげたら、瑠夏の機嫌は直った。


 エレベーターの中で、おれは神里が勇者陣営の刺客だった場合について考えていた。


 瑠夏は……、戦力外だ。

 俺1人でなんとかせねばならない。


 勇者は対魔特化スキルが多い分、PVPは苦手だ。


 大丈夫かな。おれ。

 死ぬのかな。


 どうせ死ぬなら、美女の胸を鷲掴みにしてから死にたい。


 瑠夏の胸をみた。

 残念だが、ストンとしていた。


 揉む余地がなさそうだ。

 前世ではリンゴくらいはあったと思うんだけど。今後の発育に期待なのだろうか。


 瑠夏がこっちを見ている。

 

 「ウチ、寄って行く?」


 瑠夏の家の中に入ったら劣等感で泣いてしまいそうだ。


 「いや、いいや……。それより、神里の家となりだろ? さっさと済ませようぜ」


  

 ピンポンをする。

 出てこない。


 ピンポンを30回ほど連打した。

 1分ほどしてドアが開いた。


 中から、気怠そうな女の子が出てきた。

 頭ボサボサでジャージのズボンかズリ下がっている。


 下着は紫らしい。

 

 ん?

 コイツ。どこかで見たことあるぞ。


 パタンッ。


 俺と目が合うと、無言のままドアが閉まった。

 そして、ドアの向こう側から何やら声が聞こえる。


 「エイル。なんで。ちょっと。ウチ、普段はもっと可愛い服きてるから。来るなら言ってよ」


 俺は確信した。

 コイツは里の幼馴染のアイリスだ。


 コイツに負ける気がしない。

 千回やって万回勝つ自信がある。


 用は済んだ。


 俺は満足して帰ることにした。

 身体を翻すと、中からバタバタという音とともに声が聞こえてきた。


 「ちょっと待ってよ。ウチのイメージ、ボサボサパンツのままで帰らないで!!」


 「いや、別にお前に用事ないし」


 つか。同じ勇者の陣営なのに、男女で待遇違いすぎだろ。あのジジイ共、やっぱり皆殺し……。


 そこで、おれはある事に気づいた。


 「瑠夏。お前さ。さっきからふうーに馴染んでるけど、いきなり神里の家に行ったり、俺のこと不審に思わないわけ?」


 瑠夏は首をかしげる。


 「なんで? だってエイルは勇者だし」


 「え? いつから知ってたの?」


 まじか。

 今までの苦労はなんだったんだよ。


 「わりかし最初からだよ。だって。エイル同じ名前だし」


 「分かってるなら言えよ!!」


 「……」


 でた。コミュ障。

 意味わかんないところで会話が進まない。


 俺は黙った。

 沈黙でプレッシャーを与えるのだ。


 瑠夏は耐えかねて口を開いた。


 「だだだだって。魔王が勇者を好きとか恥ずかしいじゃん……」



★(5ページ目)




 おれは半信半疑だった。


 「ほんき?」


 瑠夏は頬をさくらんぼうのようにして答えた。


 「すっごく本気。魔王が勇者好きになったっていいじゃないか……」


  

 本気なのか。

 だって、俺はアナタを殺した相手だよ?


 ありえないでしょ。

 究極のドM?

 やっぱ、こいつやべーかも。


 瑠夏は続けた。


 「あのね。わたし小さな頃から、みんなと遊ぶの禁止されてて。友達いないし、いつか会いに(殺しに)来てくれる同年代の勇者候補の子(つまり、おれ)のことを、いつも水晶玉で見てたんだ」


 「おれって、子供の頃から見られてたの?」


 瑠夏は恥ずかしそうに頷いた。


 「その子は、善行を禁止されてる私と違って、困ってる人をたくさん助けて、毎日笑顔で」


 瑠夏は続ける。


 「気づいたら、その子のことを好きになってた。だからね。わたし刺されちゃったけれど、会えて、とてもとても嬉しかったんだよ?」


 なんか、とんでもなく愛されてるっぽい。

 でも、姫魔王の心臓を貫いた刹那、俺もその美しい表情に心を奪われていた。


 あれ。

 ちょっと待てよ。


 「それって、トイレとか風呂も見られてたの?」


 瑠夏は恥ずかしそうに頷いた。


 ってことは、まさか……。

 俺の心拍数は跳ね上がった。


 「まさか、夜の1人のプライベートタイムは覗いたりしてないよな?」


 瑠夏は真っ赤になった。


 「エイルの気持ちよさそうな顔も、ちょっと早めなとこも。かわいくて好き……」

 

 おーい。

 生涯最悪のプライバシー侵害を受けてるんですが?


 

 すると。


 「おーい。わたしのこと忘れてるぞー?」


 振り向くとノアがむくれていた。


 そうだった。

 こいつに元老院の内情を聞こうと思ったんだ。


 ノアは、なぜか俺の手を握って続ける。

 

 「姫魔王のこと。元老院もだけど、魔界はもっと問題視してるよ。次の魔王候補は、瑠夏さんを殺したくて仕方ないみたい」


 そりゃあそうだよな。


 前魔王が名君じゃ、何かにつけて比較されるだろうし。魔力がなくても、存在自体が邪魔ということか。


 これは……。

 魔界からの刺客が来るのは時間の問題だな。



★(6ページ目)


 

 あれから半年。

 平和だった。


 色々あって、俺は瑠夏と付き合うことになった。口下手だけど優しくて、いつも俺を優先してくれる。そんな瑠夏との毎日は、すごく楽しい。


 今日はクリスマスだ。

 あちこちがライトアップされて、今日だけは普通が特別になる。


 雪がチラついているのに手は温かい。

 瑠夏の小さな手が、恋人繋ぎで俺の手を握っている。


 瑠夏の顔を覗き込んだ。


 「なぁ。瑠夏。このあとレストランの予約とってあるんだけど……」

 

 瑠夏はにっこりとして、無言で頷いた。



 前を向くと。

 空が赤黒かった。


 赤黒い煙が四方から舞い上がり、それが渦を巻いて天頂に続いていく。禍々しい。


 俺は、瑠夏を背中に隠し聖剣を構えた。



 空から何か降りてくる。 


 黒い髪に額からは2本の角。蛇のような肌に、黄色く猫のような瞳孔。


 瑠夏が囁いた。


 「……あれは、レヴィアタン。七大悪魔よ。物理攻撃は通らない。気をつけて」

 

 レヴィアタンは呻くように呟いた。


 「…ほしい。サイフォニア。お前の持つ全てが欲しい」


 レヴィアタンが腕を上げると、何もない地面から水柱が上がった。


 「くそっ。瑠夏を守りながらじゃ苦戦しそうだ」



 「エイル!! 瑠夏さんのことは任せて」


 ノアだ。

 異変に気づいて駆け付けてくれたらしい。


 「助かる。……退魔隔離結界……」


 俺は隔離結界を張った。





 それから数時間。

 激闘の末、レヴィアタンを追い詰めた。

 

 「ほしい。ほしい……」


 「たまには、違うこと喋れよ。まぁ、そんな知恵もないだろうがな。……シャイン•ブレード」


 おれは、刃にありったけの聖気を纏わせると、レヴィアタンの胸を突き刺した。


 ラヴィアダンは絶命した。


 なんとかなったな。

 魔力は全て使い切ってしまったが。


 性も根も尽きた。

 俺は、すぐにでも膝をつきたい衝動を抑えて、瑠夏にピースサインをした。


 「どうだ? 瑠夏。惚れ直してもいいぞ?」


 すると瑠夏は、必死の形相でこちらに手を伸ばした。



 ん?


 直後、背中に熱い何かが侵襲した。

 俺は刺されたようだ。


 その何かは炸裂し、俺の身体の中を駆け巡った。聖気の流れが阻害される。何かに心臓を握りつぶされたように、急速に息が苦しくなるのを感じた。


 後ろを振り返るとノアだった。


 「どうして?」


 それは、自分でもびっくりするくらい間の抜けた声だった。


 ノアは舌を出した。


 「ごめんね。エイル。このタイミングを待ってたんだ。貴方に刃は通らない。だけれど、あなたが消耗した今なら違う」


 ノアは続けた。

 その顔には、歓喜と絶望が混ざり合っていた。


 「あなたが好き。姫魔王に取られるくらいなら、殺した方が良い。これは対勇者用の武器。勇者の聖気は無効になる。貴方の身体は回復不能。あと数秒の命。さよなら。エイル」

 

 数秒の命というのは本当なのだろう。

 不死者に近い勇者の権能は、無効にされた。


 俺は瑠夏の方をみた。

 

 「瑠夏。ごめん」


 すると、瑠夏からおびただしい魔力が吹き出した。


 「瑠夏。ダメだ!」


 ダメだ。瑠夏。

 魔力を使っては。


 お前は一生、命を狙われる事になる。


 それだけはダメだ。

 どうせ、俺はもう助からない。



★(7ページ目)




 地を這うような魔力の脈動を感じる。

 

 ノアは高笑いをした。


 「今更なに? あなたは所詮悪魔。彼を助けることはできない。悪魔に魅入られた勇者など死ぬことが正義。この剣に刺された彼は、いかなる回復も蘇生も受け付けない。永遠にさようなら」


 その声を聞いて、悪魔より卑しいと思った。


 瑠夏は目を閉じると両手を前に突き出し、まるで祈るように身体の正面で組み合わせた。そして唱えた。


 「堕ちた怨嗟の神よ。我が望みは永遠。そのためならば、この命、贄として差し出そう」


 それは聞いたことがない呪文だった。


 ……禁呪か。


 瑠夏の身体から凄まじい魔力が吹き出し、世界を覆い尽くす。


 「刹那よ、永遠となれ。ディー•エー…ヴィゲ ヴィーダーケーア •デス…グライヒェン」



 その瞬間、世界が止まった。

 俺と瑠夏を除く、世界の全てが止まったのだ。



 「瑠夏。これは?」


 瑠夏はニッコリと笑った。


 「ふふっ。惚れ直した? わたしに貴方の命は助けられない……貴方の最後の数秒を、2年間に引き延ばしたの」


 つまり、時は止まったのではなかった。

 極限まで停滞されたのだ。


 この中ではノアの剣の効果も止まり、俺の傷は塞がった。だが、俺の命は既に死神に捉えられていて、2年が過ぎると死んでしまうとのことだった。


 これは瑠夏が命を賭して作り出した、泡沫の夢。


 2年間、瑠夏と日常を過ごした。

 本当に幸せだった。

 1日もかかさずに「愛してる」と伝えた。


 そして、2年まであと数日となったある日。


 瑠夏が俺に告げた。

 彼女はお腹をさすっている。


 「ねぇ。エイル。子供ができたの。この子の名前を決めて」


 俺は、瑠夏のお腹に触れた。


 そうか。

 子供ができたか。


 あと数日で尽きる俺の命は。

 この子に新しい命を与えたか。


 この子は、俺が瑠夏と生きた証。

 全てが肯定された気がした。


 「そうだな。おれのエイルから繋がる命。ルーク。この子の名前はルークにしよう」


 瑠夏は微笑んだ。


 「フフ。りしとりみたい。でも、良い名前」


 瑠夏の顔が涙でぼやける。


 「瑠夏。ごめんな。俺は、この子を抱くことも育てることもできない。ごめんな。この子のことを頼む」


 瑠夏は俺を抱きしめた。


 「うん。本当は。貴方が居なくなったら、わたしも死んじゃおうと思ってた。でも、それはできないね」


 瑠夏は俺の髪を撫でながら続けた。


 「わたし、この子の為に魔界に帰るよ。そして、誰もこの子を傷つけられないように、魔界を統べる。ねぇ。エイル。わたしにも、この子を守るための名前をちょうだい。あなたのくれた名前と共に、永遠を生きたいの」


 俺は瑠夏を抱き寄せキスをした。


 「おまえは、リリス。悪魔の王リリス。うん。我ながらカワいカッコいい名前だ」


 「リリスかぁ。かわいい名前。わたし、貴方からもらったこの名前とともに、ルークを見守っていくよ」


 

 …………。


 そして最後のとき。


 俺は白昼夢をみた。

 これは、瑠夏に初めて会った日の記憶。

 

 春の日差しの中、満開の桜が咲いている。

 セーラー服を着た瑠夏は、こちらを向いて微笑んだ。



 「エイル。大好き。ずっと愛してる」



 (おわり)












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